怠惰な刺客4
「確保した! 雨宮さんは無事だぞ結城!」
「……っ!ありがとうございます!」
俺は小さく口角を吊り上げ、再びスタブルへと向き直った。
「あ、ああ……俺の、俺の髭が……! なんで、なんでただのヒゲに戻っちまったんだぁっ!?」
スタブルは自分の顔から伸びる毛の束をかきむしりながら、半狂乱になって後ずさった。
「お前が他人の力に寄生してるだけのダニだ、その寄生先との『繋がり』をぶった斬ってやったってわけだ」
俺は首をポキリと鳴らし、スタブルに向かってゆっくりと歩み寄る。
「さて、人質もいなくなったことだし。……もう手加減する必要はないよな?」
「ひ、ヒィィッ! ま、待て、悪かった! 謝る、俺が悪かっ――」
「遅えよ」
ドンッ、と。
ギルドを破壊しないよう、威力を極限まで一点に圧縮した俺の右ストレートが、スタブルの鳩尾に深々と突き刺さった。
――ドゴォォォォォンッ!!
一拍遅れて、スタブルの背中の服が衝撃波で弾け飛ぶ。
内臓を完全にシェイクされたスタブルは、白目を剥き、胃液を吐き出しながら、大理石の床に大の字になってぶっ倒れた。
床には彼を中心にして、蜘蛛の巣状のヒビが走っていたが、建物全体に被害が及ぶことはない完璧なコントロールだ。
「……ふぅ。これで終わりだ」
俺が右手の拳を軽く振って残心をとった、その時だった。
「ガ、アァァァァァァァッ!?」
大の字に倒れて完全に気絶していたはずのスタブルが、突如として奇声を上げ、激しく痙攣し始めたのだ。
「なんだ!?」
周囲の冒険者たちが再び身構える。
スタブルの口から、どろりとした黒い霧のようなマナが溢れ出し、それが空中で一つの「顔」のような形を作り上げた。
そして、その口から、あのひどく気怠げな男の声が響き渡った。
『あー……もしもし? うん、僕だよ、スロース。……いやぁ、見てたよ。君、本当に凄いや』
それは、昨夜電話越しに聞いた、NULLの幹部『怠惰』のスロースの声そのものだった。
スタブルの肉体をスピーカー代わりにして、直接話しかけてきているのだ。
「スロース……。手下をボコボコにされて、随分と余裕だな」
俺が睨みつけると、黒い霧の顔は、フハハ、と気味の悪い笑いを漏らした。
『だって、手駒なんていくらでも代わりがいるし。それよりも、君のその【概念剥離】の力……すごいね、ますます君のことが欲しくなっちゃったよ』
「生憎だが、俺は男に興味はない。
それに、お前のアホな手下のおかげで、ギルド全体がお前らNULLを完全に敵と認識したぜ。これで裏に引きこもってられなくなったな」
『んふふ……そうだねぇ。流石に、これ以上ギルドの中で騒ぎを起こすのは、僕としても面倒くさいかな。
……ねぇ、強欲くん。僕に会いたいのかな?』
スロースの声が、ふっと一段低くなった。
『だったら、おいでよ。このギルドから数キロ先にある、東京の郊外……第4廃材置き場まで。
そこなら、どれだけ暴れても誰にも迷惑かからないでしょ?』
「……果たし状のつもりか」
『ただの招待状だよ。まぁ、来ないなら来ないでいいけどね。……ああ、そうだ。この使えないスタブルくんだけど、もう用済みだから、僕の力は全部回収しておくね』
スロースがそう宣言した瞬間。
足元で痙攣していたスタブルが、肺の底から絞り出すような、絶望的な悲鳴を上げた。
「ア、アアアァァァァァァァッ!! スロ、スロース様ァァッ! お助け、お助けをォォォッ!!」
スタブルの肉体が、急速に干からびていく。
怠惰のスキルによって与えられていた魔力だけでなく、彼自身の生命力や魂の根源すらも、無理やり吸い上げられているのだ。
「おい、待て! てめぇ、自分の部下を――」
俺が手を伸ばそうとしたが、遅かった。
スタブルの肉体は完全にミイラのように乾燥し、そのままパラパラと音を立てて、細かい砂となって崩れ去ってしまったのだ。
後に残されたのは、彼が着ていたボロボロの衣服と、ただの砂の山だけだった。
『それじゃあ、待ってるからねぇ……。ふわぁ……眠い……』
黒い霧が空中に溶けるように消え去り、ギルドのロビーに再び静寂が戻った。
「……自分の手駒の命すら、ただの使い捨てかよ。とことん胸糞悪い野郎だ」
俺は足元に残された砂の山を見下ろし、強く拳を握りしめた。
他人の力に寄生する者と、他人を使い捨てる者。その果てにあるのは、あまりにも空虚な末路だった。
「……結城」
背後から、重厚な声が声をかけてきた。
振り返ると、騒ぎを聞きつけて最上階から下りてきたギルドマスター片桐豪が、険しい顔で立っていた。
その横には、救出されて青ざめている雨宮さんもいる。
「ギルマス……すいません、ギルドの中がこうなってしまって」
「いやむしろ、被害を最小限に抑え、雨宮を救ってくれたことに感謝する。
……今の声、俺にも聞こえていたぞ。NULLのスロースだな」
片桐の問いに、俺は無言で頷いた。
「どうする気だ。奴の指定した廃材置き場に向かうつもりか? 明らかな罠だぞ」
「罠でも何でも構わない。奴が俺に興味を持ってるうちに、その根っこから全部ぶち抜きます。
……俺の恩人をどん底に突き落とした野郎の情報を吐かせるためにも」
俺はジャージの襟を正し、ギルドの出口へと向かって歩き出す。
「すいません、行ってきます」
大罪スキルを狩り、魂の格を上げる。
そのためには、目の前に立ち塞がる特異点を、片っ端からねじ伏せるだけだ。
周囲の冒険者たちが息を呑んで道を開ける中、俺は静かに、だが確かな闘志を燃やしながら、夏の強い日差しが照りつける外へと足を踏み出した。
目的地は、第4廃材置き場。
『怠惰』との直接対決が、今、始まろうとしていた。




