不穏な気配
エク子がいないことで少し静かになるかと思ったが、こいつらは相変わらず騒々しい。
だが、その騒がしさが、今の俺には少しだけ救いでもあった。
「まあいい。称号なんてただの飾りだ。実害がなきゃ放っておくさ」
俺は気を取り直し、ウィンドウのさらに下、【ユニークスキル】の欄へと目を向けた。
俺が最も気になっていたのは、そこだった。
「……トラ子。この『フフフフ』と『フフフフフフフフフフ』って文字化けはなんだ?」
俺の問いに、トラ子は少しだけ真面目なトーンに戻って答えた。
『おそらく、ただのバグかと。管理者がマスターの魂の格を視認できるようにパッチを当てた際、システムの表示領域に一時的なエラーが発生したものと思われます』
「まったく、あのクソ管理者。ドヤ顔でパッチ当てといて、このザマかよ。ちゃんと仕事しろってんだ」
俺は悪態をつきながら、文字化けしたスキルをじっと見つめた。
『予想ですが……一つは文字数的に、非活性化してマスターの魂に残っている【慈善】スキルではないかと。
もう一つの長い方は……現在の私の演算でも、全く正体が分かりません。もしかすると、特級ダンジョンを踏破したことによる未知の報酬スキルが、バグで隠れているのかもしれませんね』
「なるほどな。
まあ、よく分からないけど、特に俺の身体に悪さをしないならこのままでいいか。
今度もしあのふざけた管理者に会うことがあったら、直接クレームを入れておくとするよ」
とりあえず、致命的な問題はなさそうだ。
俺はウィンドウの一番下、堂々と輝く【格:第三階位】という文字を指でなぞった。
「そういえば、トラ子。魂の格が一つ上がったって言ってたけど、なんか具体的な恩恵はあるのか?」
『はい、確認しました。魂
の器が大きくなったことで、マスターの中に宿っている【大罪スキル】と【美徳スキル】の性能が底上げされています。
最も大きいのは、使用時の制約……つまり、ペナルティの緩和ですね』
「ペナルティの緩和? ってことは……」
俺の言葉に、今度はグリ子が我が意を得たりとばかりに高笑いをした。
『【存在強奪:概念剥離】とかそうじゃな。
あれは本来、全ステータスを継続的に削り落とすという重い代償が必要じゃった。
だが、格が上がった今の宿主の器と、この桁外れのステータス量ならば……これまでの通常出力程度の概念剥離であれば、完全に【ノーリスク】で使用できるようになったということじゃ!』
「マジか! それはデカいな」
俺は思わず身を乗り出した。
概念剥離は、実体のない魔法やエネルギーを物理的に殴り飛ばせる、俺の最大の武器だ。
あれがノーリスクで使えるとなれば、今後の戦い方は劇的に変わる。
『くっくっくっ。喜ぶのはまだ早いぞ、宿主。わらわの【強欲】の力は、ただ奪うだけではないのだからな』
「奪うだけじゃない? どういうことだ?」
『強欲とは、すなわち底なしの欲望。
世界そのものを喰らい尽くす力じゃ。
この力を使えば、自らの欲望を【具現化】し、ある程度の願いをシステムに強制的に叶えさせることもできる。
例えば、失った四肢を瞬時に再生させたり、何もない空間から武器を錬成したり、な』
「願いを、叶える……?」
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
もし、その力があれば。
『だが、勘違いするなよ。代価は当然必要じゃ。奇跡を起こすには、それ相応の莫大な魔力か、あるいは別の『概念』をシステムに捧げねばならん。
今の宿主の【第三階位】の格では、まだ本当に些細な具現化しかできんじゃろう。
本格的にわらわの権能を使いこなしたければ、さらに格を上げる必要がある』
「……なるほどな。道筋は見えた」
俺は、強く拳を握りしめた。
大罪スキルで欲望を具現化し、奇跡を起こす。
そのためには、格を上げる。他の大罪や美徳の持ち主を見つけ出し、ブチのめしてその力を奪い取る。
やるべきことは、これまで以上にシンプルだった。
「とりあえず内容は分かった。詳しい強欲の使い方は、また後で実戦の中で教えてくれ」
『うむ。期待しておるぞ、宿主』
状況の整理はだいたい終わった。
俺はベッドに大の字になり、天井のシミを見つめた。
疲労がどっと押し寄せてくる。明日はまた、麗奈に連絡して色々と情報収集を――。
そう思考を切り替えかけた、その時だった。
『……マスター。アパートの周囲、半径500メートル以内に、複数の異常なマナ反応を検知しました。数は約十。こちらを完全に包囲する形で展開しています』
トラ子の警告が、脳内に鋭く響いた。
「……あ?」
俺はゆっくりと身体を起こし、窓の外へ視線を向けた。
時刻は深夜三時。
外は静まり返っているが、闇の中に潜む『殺意』と『敵意』をはっきりと捉えていた。
『ただの冒険者ではありません、この淀んだ気配……ギルドの連中とも、正規の軍とも違います。まるで、闇そのものが蠢いているような……』
「……さて」
俺は首をゴキリと鳴らし、ベッドから立ち上がった。
「一息つこうと思ったのに、さっそく客のお出ましだったか。せっかく風呂上がりでサッパリしたってのによ」
クローゼットを開け、予備のジャージを引っ張り出して袖を通す。
格が上がり、ステータスが跳ね上がった今の俺の力を試すには、丁度いいサンドバッグになりそうだ。
窓をそっと開けると、夏の夜の生ぬるい風が部屋に吹き込んできた。
俺は窓枠に足をかけ、闇夜に包まれた住宅街へと、音もなく飛び降りた。
初期化をしてないとこうなります。
ちゃんと初期化をしましょう。
今は要らないんでしたっけ……。




