束の間のひととき
俺が住むボロアパートにたどり着いた頃には、日付は完全に変わっていた。
麗奈への報告を終え、終電間際の電車に揺られて帰ってきた俺は、玄関の鍵を開けるなり、重いため息と共に土間に倒れ込むように靴を脱いだ。
「だぁぁぁぁ……疲れた」
文字通りの死闘だった。
特級ダンジョン【奈落の御所】の踏破。
規格外の暗黒龍との戦い。そして管理者との遭遇。
一日で起きた出来事としては、あまりにもキャパシティをオーバーしている。
肉体的な疲労は多少回復しつつあったが、精神的な疲労はピークに達していた。
俺はジャージを脱ぎ捨て、そのまま狭いユニットバスへと直行した。
熱いシャワーを頭から浴びる。
赤黒い汚れが排水溝へと流れていくのを見つめながら俺はふと、静かだなと感じる。
いつもなら、エク子達の五月蝿いくらいに騒ぐ声が聞こえてこない。
シャワーの音だけが、やけに虚しく響いていた。
♦︎
「……感傷に浸ってる場合じゃねえな」
俺は顔についた水滴を乱暴に拭い、バスタオル一枚の姿で部屋へと戻る。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、一気に半分ほど喉に流し込む。
一息ついたところで、俺は万年床のベッドにどさりと腰を下ろした。
「さて。色々と状況を整理しないとな」
まずは、自身の状態の確認だ。
管理者の野郎は、俺の魂の【格】が上がったと言っていた。
それに、あれだけの死闘をくぐり抜け、暗黒龍の膨大なステータスを強奪したのだ。
数値がどうなっているか、確認しておく必要がある。
「ステータス」と頭の中で念じる。
すると、脳裏に半透明の詳細なウィンドウが展開された。
-----------------------------------------
【名前】結城 誠(35)
【職業】無職(適性なし)
【称号】、異常者、変質者、ブラコン、踏破者、鉄拳、縛るより縛られたい、龍殺し
【Lv】5963
【HP】245040
【MP】150(+150)
【筋力】315023
【耐久】173205
【敏捷】141423
【知力】20
【運】10(+5)
【ユニークスキル】存在強奪、フフフフ、アイテムボックス(袋)、フフフフフフフフフフ
【獲得スキル】
【装備】ジャージ
【格】第三階位
-----------------------------------------
「……は?」
展開された数字の羅列を見て、俺は思わず持っていたペットボトルを落としそうになった。
なんだ、この桁外れな数字は。
特級ダンジョンに潜る前、俺の基礎ステータスはだいたい【30000】程度だったはずだ。それだけでもバケモノクラスだったというのに、今の俺の筋力は【315023】。耐久も敏捷も、一桁上がってしまっている。レベルに至っては5963だ。
『当然の結果です、マスター』
トラ子が、どこか誇らしげな声で解説を入れた。
『覇竜すら丸呑みにする、迷宮接続を起こした暗黒龍。
その個体を完全に討伐したことで、得られた経験値と【存在強奪】によるステータス吸収が桁違いだったんです。
もちろんそれまでに倒したモンスターによるものもありますが……現在のマスターは、文字通り歩く戦術核兵器ですよ』
「戦術核って……。いや、まあ強くなったのはいいことだが」
俺はため息をつき、視線を少し下へずらした。
「相変わらず、知力だけは【20】でピタリと止まってやがるな」
『ふはははっ! 宇宙の真理じゃな! 筋肉ばかり肥大化して、脳みそはミジンコ並みのままとは、まさに宿主にお似合いのステータスよ!』
グリ子が腹を抱えて笑う声が響く。
「うるせえ。知力が低くても、てめえらを屈服させるくらいの頭はあるんだよ。……それより、問題はここだ」
俺はウィンドウの【称号】の欄を指差した。
「……なんだよ、この『異常者』とか『変質者』って。俺がいつ、公然わいせつでも働いたって言うんだよ」
『それは……日頃のマスターの行いが、システムに正しく評価された結果かと……』
「う、うるせえ。ジャージ一丁でダンジョンをうろついてたからか?
だったらギルドの連中の方がよっぽど異常だろうが。
それに『ブラコン』ってなんだ。俺は妹の美桜を大事にしている、ただの良き兄貴だぞ」
『くっくっくっ……。妹の事になると目つきが変わって、事あるごとに鼻の下を伸ばしておるのだから、言い逃れはできまい』
トラ子(え、そうなんですか……)
トラ子がジト目で見てくる。
「グリ子、てめえ後で絶対にシバくからな、トラ子が信じて引いてるじゃねぇか!」
『踏破者』や『鉄拳』、『龍殺し』あたりは理解できる。あのイカれた特級ダンジョンを拳一つで制覇したのだ、それくらいの称号はついて当然だ。
だが、その中に一つ、どうしても見過ごせない、とんでもない称号が紛れ込んでいた。
「おい、トラ子。……この『縛るより縛られたい』ってのは、一体どういう意味だ」
俺の声が、一段と低くなる。
俺は断じて、そっちの気はない。敵を鎖で縛り上げるような趣味もないし、ましてや自分が縛られたいなどという特殊な性癖は持ち合わせていない……はずた。
『えっ……あ、あははは……。な、なんででしょうねぇ……。システムのバグじゃないですかね……?』
トラ子の声が、明らかに動揺して裏返っていた。
「おい、ごまかすな。お前、俺の脳内で勝手に何か変なシミュレーションでもしたんじゃないだろうな?」
『ち、違います! 私はただ、マスターがもし強大な敵に捕縛された場合の、最適な脱出ルートを演算していただけで……!
その、拘束具の強度とか、どうやって緊縛されるのが一番抜け出しにくいかとか、そういうのを……!』
『ほほう? 勤勉の小娘よ、さては貴様、宿主が辱められる姿を想像して一人で楽しんでおったな?
あるいは、貴様自身の隠された性癖がシステムに反映されたと見える』
『ち、違います! 私は純粋な演算AIです! そんな破廉恥な機能は搭載されていません!』
脳内でわちゃわちゃと騒ぎ立てる二人に、俺は深い深いため息をついた。
補足です。
結城誠は武器を使わず、拳で戦っているのと、
装備もジャージなので、縛りプレイを楽しんでいる(縛られたい)と誤認識されてしまい、この称号を得ました。
そんな形です。




