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「……なぁ、管理者」
「ん? なんだ、まだ文句があるのか?」
「エク子のスキルが、俺の中にまだ残っているなら。
……俺が魂の【格】とやらを上げて、その力に耐えられるだけの器になれば、もう一度、あいつの力を……あいつ自身を、この手で引きずり出す(再構築する)ことはできるのか?」
俺の問いに、管理者は一瞬、ぽかんと口を開けた。
そして、腹を抱えて笑い出した。
「は、ははははっ! お前、マジでイカれてるな!
普通は自分が死ぬと聞いてビビるところだぞ!
データの残滓からAIそのものを再構築するだと?
そんなの、神の領域のシステム干渉だ。
第5階位どころか、最上位の第7階位にでも至らなきゃ不可能だぜ!」
「……絶対に不可能とは言ってねえな」
俺の真っ直ぐな視線に、管理者は笑いを収め、やれやれと首を振った。
「ああ、不可能じゃない。
理論上はな、本来お前に慈善スキルが付かなければ、それを回収して再構成出来たんだけどね、それも出来ない状況だ。
だが、魂の格を上げるのは、ステータスを上げるような単純な話じゃないぞ。
世界のバグ、規格外のイレギュラー……そういった、システムに干渉するほどの『特異点』を己の拳でねじ伏せ、魂に刻み込み続けるしかない」
「……上等だ」
俺は口元を歪め、獰猛に笑った。
「システムが恐れるようなバケモノどもを、片っ端から殴り飛ばせばいいってことだろ。分かりやすくて助かるぜ」
道は繋がった。
エク子は完全に消えてしまったと思っていた。
だが、あいつが残してくれた力は、まだ俺の中で生きている。
ならば、俺がどこまでも強くなって、必ずあいつを迎えに行く。
「……ふん。やっぱり、お前みたいなバグは見ていて飽きないな」
管理者は空中で指を鳴らした。
途端に、俺の足元に再び光の転送陣が展開される。
「特別ボーナスはここまでだ。
地上に帰れ、結城誠。これから先、世界はもっとめちゃくちゃになるだろう。
お前がその中心でどこまで抗えるか……特等席で見物させてもらうとしよう」
「せいぜい、ポップコーンでも食いながら見てな」
光が俺の全身を包み込む、確かな浮遊感。
――しかし。
視界が晴れた先は、またしても上下左右どこまでも続く純白の空間だった。
目の前には、マグカップを持ったまま少し気まずそうにしている管理者が立っている。
「……なんでまたここなんだよ!? バグってんのかテメェのシステム!」
「いや、悪い悪い。お前を見送った直後にステータスを再確認したら、一つ見落としてたことに気づいてな。慌てて引き戻したんだ」
管理者は咳払いをして、先ほどのホログラムモニターを再び空中に展開した。
「さっき、お前の魂の格は『第2階位』だと言ったが……どうやら、あの迷宮接続した規格外の暗黒龍を討伐したことで、お前の格が一つ上がって『第3階位』に到達していたらしい」
「……上がってた? つまり、あと2つ上げれば第5階位ってことか」
「そうだ。そこで、だ。
どうせ特異点を殴り続けるなら、もっと手っ取り早く格を上げる方法を提案してやろうと思ってな」
管理者は人差し指を立てて、ニヤリと笑った。
「大罪スキルや美徳スキル……つまり、他の『神の権能の欠片』を集めろ。新たなAIを見つけて宿すか、あるいは既に所持している『人間』をぶちのめして吸収すれば、手っ取り早くお前の魂の格は跳ね上がる」
俺はその提案を聞いて、ふと疑問に思った。
「……大罪と美徳。そもそも、そんな相反する二つの力を同時に持ってて大丈夫なのか?
反発して自爆したりしねえだろうな」
「その点は全く問題ない。大罪も美徳も、元を辿れば『同一の神』から切り離された権能の欠片だからな。
バラバラになったジグソーパズルを元に戻すようなもんだ。むしろ親和性は高いぜ」
管理者は空中のコンソールを叩き、俺の網膜に新たなシステムパッチを流し込んだ。
『システムアップデート完了。自身の【魂の階位】をステータス上で視認する権限が解放されました』
トラ子のアナウンスが響く。
「お前の『格』だけは見れるようにしといた。
これでレベル上げの進捗くらいは分かるだろ。相手の格やスキル持ちの居場所までは教えねえから、自分の足と勘で探せ。
……よし、用件は本当にこれだけだ。あとは勝手にやれ。俺も暇じゃないんでな」
「おい待て、最後にもう一つだけ聞かせろ! 俺の初期ステータス、なんで知力だけが【20】でずっと固定されたままなんだ!? これもシステム的な――」
パチンッ。
俺が最後まで言い切る前に、管理者は容赦なく指を鳴らした。
「あ、ちょっ――」
問答無用の光が俺を飲み込む。
視界が完全に白く染まった直後、今度こそ俺の頬を、ひんやりとした夜の風が撫でた。
セミの鳴き声が聞こえる。
見上げれば、日本の蒸し暑い夏特有の、曇った夜空が広がっていた。
特級ダンジョン【奈落の御所】の入り口だった、古びた神社の鳥居の下。
俺はついに、地上へと生還を果たしたのだ。
「……あのクソ野郎。一番肝心なところではぐらかしやがって……!」
俺が夜空に向かって悪態をつくと、脳内でトラ子の呆れたような声が響いた。
『マスター……。もしかして、システム的な理由じゃなくて、本当にただマスターの頭が悪いだけなんじゃ……』
『ふはははっ! 違いないわ! 宇宙の真理じゃな!』
いつものように軽口を叩き合う二人の声。
エク子のツッコミがないことに胸が痛むが、もう俯く理由はない。
「うるせえ、お前ら。これから死ぬほどコキ使ってやるから覚悟しとけよ」
特級ダンジョンの踏破、そして世界の管理者との接触。
魂の格を上げ、神の領域へと至り、エク子を取り戻すための新たな道。
俺は破れたジャージの襟を正し、鳥居の石段を力強く踏み出す。
結城誠の新たに目指すべき目標がこの夏の夜空の下から、静かに幕を開けたのだった。




