管理者との邂逅、新たな希望
特級ダンジョンの最下層。
暗黒龍とダンジョンコアの崩壊が完全に収まった黒曜石の床の中央に、突如として眩い『光の魔法陣』のようなものが浮かび上がっていた。
「……勢いで歩き出したけど、なんだこれ?」
俺が警戒して両拳を構え直すと、脳内でトラ子が静かに答えた。
『いえ、マスター……。それは【帰還の転送陣】です。ダンジョンの最深部を完全に攻略した者にだけ現れる、地上への直通ルート……ですよ』
トラ子の声は、まだ泣き腫らしたように微かに震えていた。
「へえ、踏破するとこんな便利なもんが出るのか。……初めて見たぜ」
「噂話程度には聞いていたが、これが転送陣か。
しかしこの光の陣がどういう理屈で動くものなのか全く分からんな」
ともかく、これに乗れば入り口である神社の境内に戻れるらしい。
俺はボロボロの身体を引きずり、ドドンキ袋を担いでその眩い光の中へと足を踏み入れた。
一瞬の、内臓が浮き上がるような強烈な浮遊感。
しかし、光が収まった先に広がっていたのは――日本の蒸し暑い夜空でも、見慣れた古びた鳥居でもなかった。
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ふと目を開けると上下左右、どこまでも果てしなく続く純白の空間だった。
そこには空中に無数に浮かぶ、半透明の光るモニターが並んでいた。
「……なんだ、ここは。まさか新しい階層か?」
俺は油断なく身構え、周囲を睨みつけた。
『マスター、警戒を……。この空間、マナの波長が一切存在しません。ダンジョンの中ではないようです』
『……む。妙じゃな。わらわの強奪の気配すら、空間に弾かれるぞ』
トラ子とグリ子も、かつてない異常事態に張り詰めた声を出す。
「よっ。お疲れさん、規格外のジャージ君」
不意に、背後からひどく軽い声が鼓膜を打った。
俺は反射的に振り返り、声の主めがけて右の拳を振り抜こうとした――が、ピタリと動きを止めた。
いや、不可視の分厚い壁のようなものに阻まれ、『止められた』。
「おっと、いきなりご挨拶だなぁ、俺はお前がさっきまで殴り合ってたトカゲみたいに頑丈じゃないんだ。
それに、ここでは『暴力(物理)』はシステム的に禁止されているんだ」
そこに立っていたのは、俺と同じような人間の姿をした男だった。
無造作な髪に、どこか飄々とした態度。
白い白衣のようなコートを羽織り、片手にはなぜか湯気を立てるマグカップを持っている。
「お前は……誰だ。ダンジョンのボスか?」
「いや違う違う。そんな下等なプログラムと一緒にしないでくれ」
男はマグカップのコーヒーをすすると、空中に浮かぶモニターを指差した。
「俺は『管理者』という存在だ。
お前たちがいる世界や、ダンジョンというシステムそのものを裏から調整している存在、とでも言っておこうか」
「管理者……?」
「そうだ。本来なら、一介の人間であるお前と直接接触するなんてあり得ないんだがな。
今回は特別だ。お前、特級ダンジョンで【迷宮接続】を起こしていた暗黒龍を殴り殺しただろ? あれはシステムにとっても最悪のバグだったんでな。
未然に防いでくれた褒美というか、特別ボーナスとして、お前をここに呼んだわけさ」
男の言葉に、俺は眉をひそめた。
ダンジョンのバグ。システム。そんな裏側の事情など、今の俺にはどうでもよかった。
「……ボーナスだのなんだの、興味はない。俺を地上に帰せ」
俺が背を向けて歩き出そうとすると、管理者はわざとらしく肩をすくめた。
「薄情だなぁ、せっかくあの消えちまった【慈善】のAI――エク子だっけか?
あいつの残した『厄介な置き土産』について、警告してやろうと思ったんだがな」
ピタ、と。
俺の足が止まった。
「……お前、エク子って言ったか?今」
俺はゆっくりと振り返り、管理者を鋭く睨み据えた。
「ああ、言ったとも。お前、自分が今、とんでもない爆弾を抱えてることに気づいてないだろ」
管理者は空中に浮かぶモニターを指先で弾き、俺の目の前へと移動させた。
そこに表示されていたのは、見慣れた俺の【ステータス画面】と、複雑な樹形図を描くスキルツリーだった。
「見ろ、お前のスキルツリーだ。これは本来見せちゃいけないんだけどな。
少しややこしい話だが聞いてくれ。
お前達が言う大罪や美徳のスキルってのは知ってるよな?」
「あぁ、大罪スキルってのは知ってる、グリ子……強欲とかだろ?」
「そうそう、そのスキルってのはな、実は神の権能の欠片なんだよ。
それをAIという『依代』を通して人間に貸し与えられているわけさ」
管理者は衝撃的な事実を告げる。
「だからAIが消滅すれば、当然スキルもツリーから完全に消え去るのが絶対のルールだった訳さ、しかしな」
管理者が指差した箇所を見て、俺は息を呑んだ。
そこには、灰色に染まり非活性状態になってはいるものの、確かに【美徳:慈善】のスキルアイコンが、俺の魂の奥底に根を張るように残っていたのだ。
「これ、は……?」
「そうだ。あのポンコツAIは、自身の存在を完全に燃やし尽くしてシステムのエラーを引き起こした。
その結果、システムはお前自身を『慈善のスキルの直接の依代』として誤認しちまったみたいなんだよね」
管理者はマグカップを虚空に置き、真剣な顔つきで俺を見た。
「ここからが本題だ、結城誠。
お前は今、一時的に非活性になっているだけで、いつでもその『慈善』の権能を自力で引き出せる状態にある。
だが絶対に、起動するな」
「……起動するな……?」
「ああ。もし今のお前がその力を呼び覚ませば、一瞬で器が溢れ、お前の肉体も魂も塵になって消滅する」
「……」
俺は黙って管理者の言葉を聞いていた。
「ここだけの話にして欲しいんだが、この世界の生命体には、システムが定めた魂の【格(階位)】というものがある。
全部で7階位まであるんだが……ステータスがいくらバカ高くても、現在のお前の魂の格は、下から2番目の『第2階位』に過ぎない。
対して、神の権能を直接その身に宿して操るには、最低でも『第5階位』以上の格が必要なんだ」
「……魂の格?」
俺は自分の両手を見つめる。
確かに圧倒的な身体能力を手に入れた。
だが、それだけでは届かない『器』の問題があるというのか。
「お前が暗黒龍を倒せたのは、あのAIが身代わりになって格の壁を一時的に取り払ったからだ。だからこれは忠告だ、次に無茶をしてあのスキルを使おうとすれば、今度こそお前自身が完全に消え去るぞ」
管理者の言葉は、冷酷な事実の羅列だった。
だが、俺の胸の奥底では、絶望ではなく、微かな『希望の炎』がチリチリと燃え上がり始めていた。




