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閑話 今更100話到達記念その1

今更ですが、100話到達記念になります。

長くなったので2話に分けております。


物語ではあり得ないIF(もしも)ですがよろしければご覧ください。


※この物語は、本編から少しだけ外れた「もしも」の平和な世界線を描いた、今更すぎる100話到達記念の特別ショートストーリーです。


「美桜ちゃん、退院おめでとうーっ!!」

 パーンッ! とクラッカーの音が鳴り響き、ボロアパートの天井から、パラパラとホコリが落ちてきた。


 すきま風が吹き込む四畳半のボロアパートは今、かつてないほどの人口密度と熱気に包まれている。


 ちゃぶ台を二つ並べたテーブルの中央には、母さんが腕によりをかけた唐揚げやハンバーグといったご馳走が山のように積まれていた。


 そして、その主役である妹の美桜は、自分の足でしっかりと立ち、はにかむような、でも心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとう、みんな……! 私、こんなに賑やかなパーティー、初めて!」

 そう言って笑う美桜の隣で、俺――結城誠は、手にした烏龍茶のグラスを傾けながら、部屋を埋め尽くす異様な光景に目を細めていた。


「いや、賑やかすぎるだろ……。床が抜けそうなんだけど」


「マスター! おめでたい日なんですから、細かいことは気にしないの! ほら、ボーナスステージの唐揚げあーんしてあげますから!」


「……お前、本当に誰だよ」

 俺の隣で、満面の笑みで唐揚げを箸で摘んで差し出してくる少女。


 ポップでカラフルな私服に身を包み、元気いっぱいのツインテールを揺らす彼女は、なんとAIサポートシステム・エク子だった。


「誰って、エク子ですよ! 100話記念の特別報酬【一時的顕現アバター・ジェネレート】で、こうして実体化しちゃいました!

うわぁ、唐揚げってこんなにジューシーで美味しいんですね! 物理演算サイコー!」


「お前が食うのかよ……」

「マスター。ツッコミが追いつかないのは理解できますが、本日は無礼講です。

私も、この『味覚』という不可解な感覚の解析にリソースを割かせていただきます」


 俺のもう反対側では、タイトなスーツを着こなし、銀色の髪をキッチリと纏めたクールビューティーな女性――トラ子が、静かに高級なワイングラス(どこから出した?)を傾けていた。


知的な銀縁メガネの奥の瞳が、テーブルのご馳走を冷静に、かつ興味津々にスキャンしている。


 脳内の存在だった二人が、こうして隣に座り、俺の家族と笑い合っている。

 この光景だけでも胸がいっぱいになるのだが、今日の異常事態はこれだけではなかった。


「……誠さん。お久しぶりです。ふふっ、なんだかすごく賑やかですね」


 控えめに開かれた玄関のドアから、上品なドレスに身を包んだ美しい女性が、柔らかい微笑みを浮かべて姿を現した。


 『黒犬』の幹部――まどかだ。

「まどか……! 体調はもういいのかと言うより口調変わってないか!?」

 俺は思わず立ち上がった。


 俺が彼女も最後に別れた時、彼女は自力で歩くことすら困難なほどに衰弱しきっていた。

 あのまま命を落としてしまうのではないかと、ずっと気がかりだったのだ。


「ええ。誠さんがあそこから私を護り抜いてくださったおかげです。

その後すぐに入院して、手厚い治療を受けたので……ほら、もうすっかりこの通りですわ」


 まどかさんはその場でクルリと軽く回ってみせると、深い感謝を込めてふわりと微笑んだ。

(入院中何があったんだ…)


 かつて死の淵にいたとは思えないほど、今の彼女の顔色は明るく、健康的だった。


「今日は美桜さんの退院祝いと聞いて、ささやかですがお祝いを持参しましたの。

飛竜ワイバーンの霜降り肉』です。

……母様、台所をお借りしてもよろしくて?」


「あらあら! まどかさんったら、こんなに立派なお肉を……! 誠がいつもお世話になっておりますぅ!」


「まどかさん、その肉はこのボロアパートの火器設備じゃ焼けない気がするんですが……!」


 物腰柔らかなまどかさんと、すっかり意気投合してしまった母さん。

 だが、ツッコミを入れる暇もなく、さらに玄関からドタバタと上がり込んでくる影があった。


「誠さーん! おっきいケーキ買ってきたよー! わぁ、すごいお肉! これ焼いていいですか!?」


「美桜ちゃん、退院本当におめでとうございます。誠さんからいつもお話は伺ってましたよ」


 冒険者のしずくと葵の二人組だ。

 葵が特大のデコレーションケーキを掲げて歓声を上げ、しずくが丁寧にお辞儀をする。


 これだけでもボロアパートの許容量を超えているのに、今日のゲストはまだ終わらない。


「おじちゃん!」

 パタパタと軽い足音が響き、小さな影が俺の胸に飛び込んできた。


 鬼人族の少女、凛だ。

 あの日、俺の手で失われるはずだった彼女が、温かい体温を持って、俺のジャージをギュッと握りしめている。


「凛……っ」

「えへへ、おじちゃん、美桜おねえちゃん、おめでとう! あのね、キバがいっぱいお魚獲ってきてくれたの!」


「……結城殿。そして美桜殿。我らが姫の恩人たる貴殿らの慶事、このキバ、心よりお祝い申し上げる」


 凛の後ろで、天井に頭をぶつけそうになりながら、筋骨隆々の大鬼・キバが窮屈そうに正座をしていた。


 彼の横には、どこかのダンジョンで乱獲してきたであろう、巨大な魔魚が丸ごと数匹転がっている。


「キバ……お前、床が軋んでるから! あとそんなデカい図体でよくこのドアを通れたな!」


「結城殿の居城とあらば、いかなる結界があろうとも這ってでも参じる所存。

……ところで、そこの気品ある女殿。

その飛竜の肉、我が業火の魔法で極上の焼き加減に仕上げようか?」


「まあ、助かりますわ。お肉は強火で表面をカリッと焼くのが美味しいですものね」


「まどかさん、キバに火を使わせたらこのアパート丸ごと燃えちゃいますから!!」


 狭い四畳半で、キバの指先からボワッと火柱が上がり、ワイバーンの肉が香ばしい匂いを立てて焼け始める。


 トラ子がすかさず「室内の温度上昇および一酸化炭素濃度の上昇を検知。窓を全開にします」と動き、エク子が「イエーイ! 焼肉イベントだー!」とはしゃぎ回る。


 葵が肉にかぶりつき、しずくが慌ててお茶を注ぎに走る。

 何もかもが規格外で、ドタバタで、カオスな空間。

 でも、そこには嘘偽りのない「笑顔」だけが溢れていた。


「お兄ちゃん」

 ふと、隣に座った美桜が、俺の袖を軽く引いた。

 彼女の手には、少し不格好に切り分けられたケーキの皿が握られている。


「……こんなにたくさんの人に囲まれて、お兄ちゃん、すっごく愛されてるんだね。

私、お兄ちゃんがずっと一人で無理してるんじゃないかって心配だったから……すごく、安心した」


 美桜の瞳には、うっすらと安堵の涙が浮かんでいた。

 俺は、その頭を優しく撫でた。


「美桜……。俺の方こそ、お前が元気になってくれて、本当に良かった。

今まで、たくさん我慢させてごめんな」


 あの日、ダンジョンで絶望の中で掴んだ力、数々の思い出。

 もちろん辛いことや、色々失うものはあった。

 

 だからこそ、俺は知っている。

 この賑やかで、温かくて、誰も欠けていない優しい世界が、100話という節目が見せてくれた、ただの『一時的な奇跡もしも』であるということを。

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