知りたくなかった事実2
【裏社会の巨大シンジケート・黒犬】。
それは、俺にとって決して無関係な組織ではなかった。
『マスター? 心拍数が異常に低下しています! 顔色も真っ青ですよ!』
「……あ、あはは。嘘だろ、おい……」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
美桜の命を繋ぐ1億円を稼ぐためなら、相手がヤクザだろうがマフィアだろうが構わないと思っていた。
必要悪だと、自分に言い聞かせていた。
先ほどリビングで見た美桜の笑顔を守るためなら、俺は泥を被る覚悟だった。
だが、現実はどうだ。
俺が『黒犬』に流した希少な魔物素材。
そして、それを換金して得た金。
その裏取引は、巡り巡ってNULLという巨大な闇の組織を潤し、奴らの活動を支援することに繋がっていたのだ。
「まさか……俺は……」
激しい吐き気が込み上げてきた。
天道さんような悲劇を二度と起こさないために覚悟をしたはずだ。
あいつらをぶっ殺して、天道さんを取り戻すと誓ったばかりだった。
それなのに俺は、妹を救うという大義名分の下で、天道さんを地獄に突き落とした奴らに、自ら力を与えていたのだ。
「う、あ……ッ、ああああああッ!!」
俺は端末をベッドに落とし、自らの髪を狂ったように掻きむしった。
滑稽だ。あまりにも滑稽すぎる。
復讐を誓いながら、敵を潤すための歯車になっていたなんて。
『マスター! 落ち着いてください! マスターは知らなかったんです! 美桜ちゃんを助けるために必死だったんですから、マスターのせいじゃありません!』
『マスターの精神状態が危険水域に達しています。
……マスター、悔やんでいる暇はありません。
むしろ、この繋がりを利用すべきです』
トラ子の冷徹な指摘に、俺はハッと息を呑んだ。
(……そうだ。悔やんでる暇なんてない)
俺は、震える手で再び端末を拾い上げた。
過去は変えられない。
だが、俺が『黒犬』という組織にドロップアイテムを卸していたという事実は、彼らとの取引ルートを持っているという証明でもある。
それは裏社会に食い込み、NULLへと辿り着くための最大の武器になる。
「……ペナルティが明けたら、黒犬のトップ……ボスの『柊宗一郎』に会いに行く」
裏社会を牛耳る冷酷な男。
俺がドロップアイテムを卸していた末端のブローカーたちを束ねる、真の黒幕だ。
躊躇している暇はない。
あの男がどこまでNULLの正体を知って取引しているのか、力ずくでも吐かせてやる。
「トラ子、柊宗一郎のパーソナルデータをこの裏ファイルから洗ってくれ。裏社会の経歴じゃない、ギルド本部が把握している過去だ」
『了解しました。……検索結果、ヒットしました。これは……』
トラ子の声が、珍しく戸惑いを帯びた。
画面に表示されたのは、数十年前の古い一枚の写真と、当時のパーティー登録簿だった。
『柊宗一郎の過去の冒険者記録です。彼はかつて、Sランクパーティー【銀の天秤】に所属していました。そして……当時のパーティーリーダーの名前は』
写真に写っていたのは、若き日の柊宗一郎と、その隣で大剣を担いで豪快に笑っている、見覚えのある男。
「……片桐、ギルドマスター」
俺は言葉を失った。
新宿ギルドの最高責任者である片桐と、裏社会の組織『黒犬』のボス・柊宗一郎は、元・同じSランクパーティーの仲間だったのだ。
『うわっ、これって超重要NPC同士が裏で繋がってたパターンのやつですね! ギルマスさん、絶対何か情報を持ってますよ!』
「……ああ。片桐さんがNULLと直接繋がってるとは思えないが、かつての仲間である柊のことについて、何も知らないわけがない」
俺は端末の電源を切り、暗闇の部屋で仰向けに倒れ込んだ。
深淵を覗けば、深淵もまたこちらを覗き込む。
「……順番を変えよう、まずはもう一度片桐さんに会いに行く」
全てを知るべき時が来た。
壁の向こうからは、母さんと美桜の穏やかな生活音が聞こえてくる。
俺は、その日常を絶対に守り抜くと誓いながら、数日後に迫る『反逆の時』に向けて、ただ静かに精神を研ぎ澄まし始めた。




