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閑話 満たされぬ餐宴と、暴食の種

このまま進めて良いのか悩む…。


 新宿の郊外に位置する『黒曜の森』。

 普段は低ランクの魔物しか出現しない、初心者から中級者への登竜門として知られる穏やかなDランクダンジョンである。


 鬱蒼と茂る黒い葉を持つ樹木が特徴的だが、この日は、森全体が異様な『静寂』に包まれていた。


 虫の音も、魔物の気配も、風が葉を揺らす音すらもない。

 まるで、森そのものが息を潜め、恐怖に震えているかのように。


「アァ……お腹、すいたなぁ」

 静寂を破ったのは、間延びした男の声と、ギュルルルルルルッ、という腹の底から鳴り響く下品な腹の虫の音だった。


 樹々の間を、一人の男が歩いている。

 その格好は、一言で言って『異常』であった。


 仕立ての良い、しかしあちこちに赤黒い染みがこびりついた燕尾服。

 首元には、よだれかけのように純白の特大ナプキンをぶら下げている。


 そして何より異様なのは、男が背中に背負っている武器――いや、食器だ。

 男の背丈ほどもある、鈍い光を放つ銀色の『特大のフォークとナイフ』が、カチャカチャと不気味な音を立てていた。


 およそダンジョンを探索する冒険者の格好ではない。

 完全に狂人のそれである。

「すいた、すいた、すいた。胃袋が背中にくっつきそうだ。何か、摘めるものはないかなぁ……」


 ふらふらと、千鳥足で進む男。

 その時、茂みの奥から、男を獲物と認識したダンジョンの魔物たちが姿を現した。


 四匹のオークと、群れを成したポイズンウルフ。

 Dランクダンジョンにおいては、油断すれば命取りになる手強い群れだ。


 魔物たちは、隙だらけの男に向かって一斉に飛びかかった。

 牙を剥き、棍棒を振り下ろす。


 しかし、男は逃げようとも、魔法の詠唱をしようともしなかった。

 ただ、うっとりとした目で、迫り来る魔物たちを見つめていた。


 いや、むしろ彼らが飛びかかってくるのを『待っていた』節すらある。


閑話 満たされぬ餐宴と、暴食の種


「アァ……いただきます」

 男が、背中の特大フォークを無造作に引き抜いた。


 一振りの軌跡。

 それだけで、空中に飛びかかっていたオークも、ウルフも、一瞬にしてその巨大なフォークの先端に『串刺し』にされていた。


 まるで、バーベキューの串に刺された肉塊のように、四匹のオークと数匹のウルフが一本のフォークに連なって悶え苦しんでいる。


 物理法則を完全に無視した光景だった。

 そして、男の真の異常性はここからだった。


「んン〜っ、お肉、お肉ゥ!」

 男の口が、耳元まで――いや、人間の骨格の限界を越えて、ヘビのように大きく裂け、パカッと開いたのだ。


 そこに、フォークに刺さった巨大なオークの肉塊を、頭から丸ごと押し込んでいく。


「……ギィギャアアアアアアッ!?」

 オークの悲鳴が、男の口腔内で骨の砕ける音へと変わる。

 巨大な魔物の群れが、ほんの数秒の間に、男の裂けた口の中へと吸い込まれ、跡形もなく咀嚼され、飲み込まれてしまった。


 男の腹が不自然に大きく膨れ上がるが、シュルシュルと音を立ててすぐに元の平らな状態へと戻る。

 どれだけ巨大な質量を飲み込もうが、男の身体は一切の変化を見せない。


 まるで、彼の胃袋が底なしのブラックホールであるかのように。

「……ぺっ」

 男は、口の端からオークの腰布の切れ端を吐き出すと、酷く落胆したようにため息をついた。


「やっぱり美味しくないや。

ここの魔物は、泥とプラスチックを混ぜたみたいな味がする。

パサパサだしうまみが全然足りない。あーあ、食欲が失せちゃうなぁ」


 あれだけの質量の魔物を丸呑みにしておきながら、男は心底不満そうにナプキンで口元を拭った。


「そうだそうだ、いけない。

ご飯の時間じゃなくて、任務おしごとの時間だったっけ」


 男は特大のフォークを再び背中に背負うと、鼻歌交じりでダンジョンの奥深く――魔素の溜まり場となっている最深部の広場へと向かった。


 ◆


 最深部の広場に到着した男は、周囲をぐるりと見渡した。

「うん、ここなら魔素の濃度もバッチリだ。……まずは、小手調べ(オードブル)かな」


 男は、背負っていた特大のナイフとフォークを引き抜くと、それを広場の中心の地面に、ズドンッ! と深く突き刺した。

 そして、男は両腕を広げ、歓喜に満ちた声を張り上げた。


「さあ、吐き出せ! スキル【暴食】ッ!!」

 男の足元から、どす黒い、胃液のような紫色のオーラが間欠泉のように噴き出した。


 地面がドクン、ドクンと脈打ち、まるでダンジョンの床そのものが巨大な胃袋の内壁に変異したかのような、グロテスクな空間が形成されていく。


 【暴食】のスキルの真髄。

 それは単に何でも喰らうことではない。


 己が過去に喰らい、胃袋ブラックボックスの底に消化されずに残っている『存在の残滓』を、己の魔力とダンジョンの魔素を触媒にして、外の世界へと『再構築(吐き出す)』する、冒涜的な力であった。


「オォェェェェェェェッ……」

 地面の胃袋が大きく波打ち、紫色の粘液の中から、『一人』の人型の存在がゴポリと吐き出された。


 それは、小さな角を生やした少女の形をしていた。

「……おや」

 男は、地面に倒れ伏す少女を見下ろし、首を傾げながら思い巡らせた。


「名前なんか、いちいち食材のラベルなんて覚えてなかったけど……。

ああ、そうだ。鬼人族きじんぞくだったっけ? 異世界の、あの国の奴ら」


 男は、口元をペロリと舐めずった。

「あの国の連中を丸ごと喰った時は、なかなか食い応えがあって良かった、良かった。

この子も、小さいのに魔力がギュッと詰まってて、特上霜降り肉みたいで美味しかったんだよなぁ。……おっと、ヨダレが」


 男の言葉は、あまりにも残酷で、そして無慈悲だった。

 かつて栄えていたであろう鬼人の国。

 それを、この男はただの「食事」として平らげたのだ。


 召喚(吐き出)された少女は、ピクリとも動かない。

 まだ意識が混濁しており、記憶も自我も定着していない状態だった。


「……でもなぁ」

 男は、ピクピクと動くダンジョンの床を不満そうに見つめた。

「この小さいの(オードブル)一つだけじゃ、つまらないよなぁ。

任務ってのは、このダンジョンを盛大に『お祭り(ブレイク)』させることだし。

メインディッシュには、もっとスパイスが効いてないと」


 男は、突き刺したナイフとフォークを引き抜くと、再びニチャァッと不気味な笑みを浮かべた。


「よし。時間差で、もう一匹……あの『美味しかった、とびきり活きのいいデカい奴』も召喚するように仕掛けておこう。

あいつがこの小さいのを見つけたら、きっと大暴れして、この森ごと外の街を食い破ってくれるはずだ」


 男は、ダンジョンの最深部に、もう一つの巨大な紫色の魔法陣――遅延式の召喚陣を刻み込んだ。

 のちに、キバという名で呼ばれることになる、上位の鬼人を呼び出すための罠。


「あー、セッティングしてたらまたお腹すいてきちゃった。

帰りにケーキでも買って帰ろうっと。

じゃあね、僕の可愛いディナーたち。

せいぜい派手に暴れておくれよ」


 男は、気狂いのような足取りでステップを踏みながら、空間の裂け目へと身を躍らせ、泥のように溶けて姿を消した。


 ◆

 ……男が去り、不気味な魔力の波が引いた後の、黒曜の森の最深部。


 冷たい石の床の上で。

 【暴食】の男によって、世界を超えて吐き出された鬼人族の少女が、ゆっくりと目を覚ました。


「……あ、れ……?」

 少女は、ゆっくりと上体を起こす。

 頭が割れるように痛い。

 自分が誰なのか、ここがどこなのか、何も思い出せない。


 唯一覚えているのは、圧倒的な「恐怖」と、底なしの暗闇の中で押し潰され、溶かされていくような凄惨な記憶の残滓だけだった。


「わたしは……だれ……?」

 少女は、お腹をグーッと鳴らしながら、よろよろと立ち上がった。

 記憶を失い、名前を失った鬼人の姫『ユト』。


 彼女がフラフラとダンジョンの浅層へと迷い出し、そして一人の冴えないジャージ姿の男――結城誠と運命的な出会いを果たすのは、この数時間後のことである。


 大罪スキル【暴食】が蒔いた凶悪な種は、こうしてひっそりと、だが確実に、ダンジョンの奥底で芽吹き始めていたのだった。


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