表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/129

ギルドにて2


「……ありがとうございます。恩に着ます」


「礼を言うのはこちらの方だ。さて、結城」

 姿勢を正し、ギルドマスターとしての威厳に満ちた表情に戻った。


「事後処理は私に任せておけ。

それより、君への『報酬』の話だ。

これだけの災害を単独で鎮圧したのだ。

規定の特別報酬に加え、特例でのAランクへの昇格、あるいは強力な武器の譲渡など……君が望むものは、可能な限り用意しよう。何が欲しい?」


 金、地位、名誉、力。

 冒険者であれば誰もが喉から手が出るほど欲しいものを、ギルドのトップが白紙の小切手として提示してきたのだ。


 だが、俺は片桐の目を見据え、はっきりと首を横に振った。

「金も、ランクの昇格もいりません。……俺が欲しいのは、一つだけです」


「ほう……?」

「今回の報告の『対価』として……俺に、ギルドの機密情報への『アクセス権』をください」


 ギルマスの眉が、ピクリと動いた。

「機密情報へのアクセス権、だと? 一体何を調べようというのだ」


「……『過去の未解決の失踪事件』の全データ。そして――」

 俺は、乾いた喉を鳴らし、トラ子とエク子から聞いたあのスキルの名を口にした。


「――【嫉妬】という大罪スキルを持つ男についての、すべての噂、目撃情報、およびギルド本部のファイルです」


 その言葉が出た瞬間。

 執務室の空気が、ピシッと音を立てて凍りついた。

 片桐の顔から一切の表情が消え去り、その瞳の奥に、かつてないほどの鋭い警戒と、得体の知れない恐怖が走った。


「……結城、どこで“それ“を知った?

【大罪スキル】……それは、冒険者ギルドという組織そのものの根幹を揺るがしかねない、絶対不可侵のタブーだ。

世界を統括するギルド『総本部』がひた隠しにし、深く探ろうとする者には容赦のない『粛清』を下すと言われている。……それを分かっているのか?」

 地を這うような低い声でギルマスは問う。


「……いえ」

 俺は正直に首を横に振った。

「そこまでの事情は知りませんでした。

ただのS級機密扱いだと思ってました。

まさか命を狙われるほどのタブーだとは」


「ならばなぜ、これほどの力と功績を手にした君が、わざわざ自ら命を捨てるような破滅の泥沼へ足を踏み入れようとする!?」

 片桐が机から身を乗り出し、声を荒げた。


「君がその男に何の恨みがあるかは知らない。

だが、深淵を覗けば、深淵もまた君を覗き込む。

君がその情報に触れたと総本部が察知すれば、君は『英雄』から一転、全世界のギルドを敵に回す『反逆者』として命を狙われることになるんだぞ!」


 片桐の忠告は、至極真っ当だった。

 組織の裏側を知る彼だからこそ、その闇の深さと恐ろしさを誰よりも理解しているのだろう。


 だが、俺の心は一ミリたりとも揺らがなかった。

「……ギルマス。俺は、ずっと逃げてきたんです」

 俺は、ステータスが十分の一になり、スキルも消失した自分の手を真っ直ぐに見つめた。


 あの日、黒い泥に飲まれていく茜を見捨てて逃げた自分。

 事務員という立場で調べようともせず、何もできなかった自分。


「俺に才能がなかったから。力がなかったから。そう言い訳をして、見ないふりをして生きてきた。

……でも、もう逃げないって決めたんです」


 俺はゆっくりと立ち上がり、片桐を真っ直ぐに見下ろした。

 俺の瞳に宿る意志だけは、絶対にブレなかった。

 片桐は、俺のその静かで狂気じみた覚悟を前に、息を呑んだ。


 そして俺は静かに口を開いた。

「協力してくれますよね、ギルマス。新宿を救った対価としては、安いもんでしょう?」


 俺の言葉は静かだったが、片桐にとっては心臓を鷲掴みにされるような重圧だったのだろう。

 片桐は額に汗を滲ませ、十秒、二十秒と沈黙した後――観念したように深い、深い溜め息を吐き出した。


「……まったく。君という男の強情さには、恐れ入る」

 片桐はデスクの引き出しを開け、厳重にロックされた小型の魔導端末を取り出し、それをデスクの上に置いた。


「……これは私の権限でアクセスできる、未解決事件のアーカイブと、本部のブラックリストに載っている『特異能力者』に関する噂程度のログだ。

ただし、ここから先は何があっても、私は君を庇いきれない。すべて自己責任だぞ」


「十分です。ありがとうございます、片桐さん」

 俺は端末を受け取り、頭を下げた。

 これで、十数年間止まっていた時計の針を、ようやく動かすことができる。


「結城誠」

 執務室を出ようとした俺の背中に、片桐が声をかけた。

「君がどこへ向かおうとしているのか、私にはわからない。

だが……あまり無理はするなよ。君には、帰りを待っている家族がいるのだからな」


「……ええ。わかってます。ありがとうございました」


 俺はドアノブを引き、執務室を後にした。

 廊下に出ると、夜の闇が窓の外に広がっていた。

(この端末の情報を片っ端から洗う。……本当の戦いはここからだ)


 俺は端末をドドンキの袋に放り込み、夜の新宿へと歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ