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嫉妬の簒奪者 その3


「いいなぁ、その若さでそれだけの魔力と剣術は本当に素晴らしい。

……素晴らしいからこそ、妬ましい。羨ましい。

アァ、どうして僕にはそんな才能がないんだろうなァ……?」


 男の口調が、突如として怨念のようにドロドロとしたものへと変わる。

「あぁ……本当に『嫉妬しっと』しちゃうなァ。君のその輝き、僕のコレクションに加えたくてたまらないよ」


 男がパチン、と指を鳴らす。

 すると、足元に控えていた魔物の一体が、咆哮を上げて茜へと襲いかかってきた。


 四つの腕を持つ、巨大な猿のような魔物。

 この模擬ダンジョンには絶対に存在しない、Bランク下位相当の凶悪なモンスターだ。


「結城くん、下がってて!!」

 茜が迎撃に出る。

 白銀の剣と炎が、四つ腕の猿と激突する。

 凄まじい衝撃波。


 茜は歯を食い縛り、魔物の猛攻をギリギリのところで凌ぎながら、カウンターでその四つの腕を次々と切り飛ばしていく。


「ハァァァァッ!!」

 最後は、渾身の炎を纏った一撃が、猿の首を刎ね飛ばした。

「はぁっ、はぁっ……どう!? これ以上邪魔をするなら、あなたも容赦しないから!」


 息を切らしながら剣を突きつける茜に、男は「おお、ブラボー!」と大袈裟に拍手を送った。


「素晴らしい! その年でBランクの魔物を単独で屠るか! ますます憧れちゃうなァ。

ますます……妬ましいなァ!! じゃあ、これなんてどうだい?」


 男が再び指を鳴らす。

 今度は、男の影の中から『一人の人間』がズルリと這い出してきた。

 フルプレートアーマーを着た、大柄な冒険者の男。だが、その瞳に生気はなく、まるで精巧に作られた人形のように無表情だった。


「わか、り、まし、た」

 機械のような声で呟き、その冒険者の男は、巨大な戦斧を構えて茜へと突進してきた。


「えっ……人間!? ちょっと、待って!」

 茜の動きが、一瞬だけピタリと止まった。

 彼女は天才だが、根は心優しい女子学生だ。


 魔物を倒すことはできても、『人間』を切り捨てる覚悟など、まだ持ち合わせていなかったのだ。


 ガキンッ!!

 その致命的な躊躇いを、戦斧が容赦なく襲う。

 

「きゃああっ!?」

 茜は咄嗟に剣で防御したが、大柄な男の圧倒的なパワーに弾き飛ばされ、壁に激突してしまった。

 白銀の剣が、カランと音を立てて手からこぼれ落ちる。


「天道さんッ!!」

 俺が叫んで駆け寄ろうとしたが、謎の男がフフッと笑いながらステッキを振った。


 だが、見えない力に弾かれ、俺は床に無様に転がされた。

「さて、勝負ありだ……人間相手に手心を加える甘さ。

実に青臭くて、それでいて最高に『堕とし甲斐』がある」


 男が、倒れ伏した茜の元へとゆっくりと歩み寄る。

「これで君は堕ちた。さあ、今日から君の才能は、僕のモノだ」

 男が、仮面を外した素顔(それはのっぺらぼうのように奇妙に歪んでいた)を晒し、茜に向かって手をかざした。


 ――スキル発動、●●。

「あ、が……ッ!?」

 茜の悲鳴がダンジョンに響き渡った。


 男の手から放たれた『黒い泥』のようなものが、茜の身体にべったりと張り付き、彼女の白い肌を、制服を、そして精神を、ジワジワと侵食し始めたのだ。


「あぁぁぁぁっ! 痛いっ、あたまが熱い……っ!!」

 床を掻きむしり、苦痛に喘ぐ茜。

 その黒い泥は、彼女そのものを書き換え、男の操り人形へと変える呪いの簒奪だった。


「やめろ……ッ! やめろぉっ!!」

 俺は、足の激痛を無視して立ち上がり、男に殴りかかろうとした。

 だが、男の操る冒険者の人形に軽く蹴り飛ばされ、あっけなく地面に這いつくばる。


 無力だ。あまりにも、弱すぎる。

「結城、くん……!」

 黒い泥に半身を侵食されながら、茜が血を吐くような声で叫んだ。


「逃げて……っ! 早く……ここから、逃げて!!」

「嫌だ! 天道さんを置いてなんか行けるわけないだろ!!」

「私のことは……いいから!! お願い、逃げてっ!!」


 茜の赤い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 俺は、自分の不甲斐なさに血の涙を流しながら、ギリッと唇を噛み破った。

(俺に力があれば。俺が、こいつをぶっ飛ばせるくらい強ければ……!)


 だが、現実は残酷だ。俺がここにいても、犬死にするだけ。

 誰かを呼んでこなければ。

 ……先生たちを、強い冒険者を。


「絶対に……絶対に助けを呼んでくるから! 待っててくれ!!」

 俺は、ボロボロの体を引きずり、涙で視界を滲ませながら、茜に背を向けて出口へと全力で駆け出した。


 遠ざかっていく、彼の背中。

 その無様な逃走の後ろ姿を見て、茜は不思議と、安堵の息を吐き出していた。

(よかった……。結城くんは、助かるね……)


 侵食の苦痛が、彼女の意識を急速に奪っていく。

 手足の感覚が消え、視界が黒く染まる。

 最後に残ったのは、彼と過ごした、昨日までの温かい記憶だけだった。


 一緒に本を読んだ図書室。

 一緒に歩いたショッピングモール。

 一緒に撮った、プリントシール。

 本当は、あのホームで伝えたかった、たった一つの言葉。

(誠くん……私、あなたのことが……)

(ずっと、好きだったよ――)


 茜の意識は、そこで完全に黒い泥の底へと沈んだ。

「ハハハハハ! 素晴らしい! 嫉妬のコレクション、最高傑作の完成だ!」

 男が歓喜の声を上げる。


「ようこそ、僕の可愛いお人形。

……さて、目的も達したし、ここはもう用済みだ。消えるとしようか」


 男がマントを翻す。

 その瞬間、男の姿も黒い泥に完全に飲まれた天道茜の姿も、空間ごと溶けるようにして、ダンジョンから完全に消失した。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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