嫉妬の簒奪者 その2
「はぁっ、はぁっ……! ごめんなさい、遅刻しました!」
天道茜が、寝癖を直す暇もなく学園のダンジョン入り口に駆けつけた時。
そこは、すでに阿鼻叫喚のパニック状態に陥っていた。
「退避しろ! 生徒を全員外へ出せ! ダンジョンの魔素が異常値を示している、内部でブレイクが起きたぞ!!」
「教師陣は防衛線を張れ! 絶対に魔物を外へ出すな!」
血相を変えた教師たちが、結界を張り、逃げ出してきた生徒たちを誘導している。
茜は、その只中で息を呑んだ。
「先生! 何があったんですか!? 私のクラスの……結城くんたちは!?」
「天道か! 君も早く避難しなさい!
……結城を含む神崎のチームが、まだ内部の第4エリアに取り残されているという情報があるが、今は救助隊の編成が……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、茜の頭から血の気が引いた。
(結城くんが、まだあの中に……!?)
神崎たちが、適性ゼロの結城誠を庇って戦うはずがない。
そんなことは、茜が一番よくわかっていた。
あの時、彼を囮にして逃げたように。今回も絶対に、彼を捨て駒にするに決まっている。
「待ってて、結城くん……っ!」
茜は、制止する教師の声を振り切り、白銀の剣を抜いて、魔物が溢れ返るダンジョンへと単身飛び込んでいった。
◆
――茜の嫌な予感は、最悪の形で的中していた。
「おい、どうすんだよ神崎! ポーションもねえし、囲まれたぞ!」
「うるせえ! 俺のせいじゃねえ! ……そうだ、おい無能!!」
魔法が底を尽きた神崎は、狂乱した目で、最後尾で荷物を抱えて震えていた俺を睨みつけた。
「お前、荷物全部置いて、あいつらの前に出ろ!!
お前が囮になってる間に、俺たちは脱出ルートを探す!!」
「なっ……また、そんなこと……!」
俺が抗議する間もなく、神崎と取り巻きの二人は、俺の背中を力一杯蹴り飛ばした。
バランスを崩し、俺は魔物の群れのど真ん中へと転がり落ちる。
「じゃあな無能! 俺たちのために死ねて本望だろ!」
一目散に逃げ出す神崎たち。
俺は、迫り来るオークの振り下ろす棍棒を、間一髪で地面を転がって回避した。
怖い。死にたくない。
俺は、無我夢中で立ち上がり、神崎たちとは別の方向――入り組んだ遺跡の通路へと、死に物狂いで走り出した。
息が肺を焼き、転んで膝を擦り剥いても、ただひたすらに走った。
適性ゼロの悲しさか、身体能力も一般人並みの俺は、すぐに体力の限界を迎えた。
「はぁっ、はぁっ……がはっ……」
崩れ落ちた瓦礫の陰に身を隠し、俺は口を手で覆って必死に呼吸音を殺した。
すぐ外を、魔物の群れが通り過ぎていく。
見つかれば終わりだ。
武器もない、魔法も使えない。俺はただ、暗闇の中でガタガタと震えながら、己の無力さを呪うことしかできなかった。
(また……逃げちまった。俺は、いつだって逃げてばっかりだ)
その時だった。
瓦礫の向こう側から、紅蓮の炎が吹き荒れ、魔物たちの悲鳴が上がった。
「結城くん!! どこ!? 返事して!!」
悲痛な叫び声。
俺は、信じられない思いで瓦礫の陰から顔を出した。
「……天道、さん……?」
「結城くんッ!!」
返り血で顔を汚し、息を乱した茜が、俺を見つけて泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「よかった……っ! 本当に、よかった……!」
茜は俺の無事を確認すると、その場にへたり込むようにして俺の腕にしがみついた。
「どうして……天道さんが、ここに……」
「助けに来るに、決まってるじゃない……っ! 結城くんがいなくなるなんて、私、絶対に嫌だもん……!」
涙目で微笑む彼女の顔を見て、俺の胸がギュッと締め付けられた。
また、助けられてしまった。俺はいつも、この太陽みたいな女の子に守られてばかりだ。
「ありがとう、天道さん。……出口へ向かおう。ここは危険すぎる」
「うん。私の後ろから離れないでね」
茜が立ち上がり、剣を構え直す。
俺たちは、警戒しながらダンジョンの上層を目指して歩き出した。
だが、俺たちの運命を狂わせる『本当の絶望』は、魔物の群れなどではなかった。
出口へと続く大通路。
そこに、一人の男が立っていた。
黒い燕尾服に、シルクハット。
顔の半分を奇妙な仮面で隠し、手にはステッキを持った、まるで場違いな手品師のような男だった。
その足元には、数匹の凶悪な魔物が、飼い犬のようにおとなしく傅いている。
「やあやあ、よくここまで辿り着いたね。少年、そして……才能に溢れた、美しき少女よ」
男の声は、どこか芝居がかっていて、背筋に冷水が走るほど不気味だった。
「誰……? 学園の先生じゃないよね」
茜が剣を構え、俺を庇うように一歩前へ出る。
「僕かい? 僕はただの『コレクター』さ。美しいもの、強いもの、そして……『才能があるもの』を集めるのが趣味でね」
男はステッキをクルクルと回し、仮面の奥から粘着質な視線を茜へと向けた。




