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嫉妬の簒奪者 その1


 ――あの日。

 日曜日から明けた月曜日の未明。

 天道茜は、自分の部屋のベッドの上で、小さなアクリルキーホルダーを指先で弄りながら、一人想いに耽っていた。


『これ、すごくいいと思わない? ダンジョンのリュックにも付けられるし!』


 自分が強引に誘って撮ったプリントシール。

 狭いブースの中で、肩が触れ合うほどの距離。


 ガチガチに緊張して、顔を真っ赤に引きつらせていた結城誠の不器用なピースサインを思い出すと、自然と茜の唇からふふっ、と小さな笑みがこぼれた。

(結城くん、可愛かったな……)


 学園ではいつも下を向き、誰かの陰に隠れるようにして生きている彼。


 『適性ゼロ』という残酷な烙印を押され、理不尽なイジメや冷遇を受けても、決して冒険者を支えるという夢を諦めない、泥臭くて真っ直ぐな男の子。

 茜にとって、結城誠は誰よりも「かっこいい」存在だった。


 戦闘の才能があるから偉いわけじゃない。魔法が使えるから素晴らしいわけじゃない。


 才能がないとわかっていても、誰かのために必死に足掻ける彼の強さを、茜は心から尊敬していたし――いつしか、それは明確な『恋心』へと変わっていた。

(でも、結城くん……いつも笑ってくれてるけど、本当はすごく苦しんでるよね)


 キーホルダーを胸に抱きしめ、茜は天井を見上げる。


 適性ゼロ。


 その壁は、彼の心を少しずつ、確実に削り取っている。休日のショッピングモールの片隅で、ふとした瞬間に彼が見せる「諦め」のような寂しい瞳を、茜は見逃していなかった。

(なんとかしてあげたいな……。私にできること、何かないかな)


 どこかの高難度ダンジョンの奥深くに眠る、眠った才能を呼び覚ます霊薬。

 あるいは、魔力を持たない者でも扱える古代のアーティファクト。


 そんな夢物語のような解決策を本気で調べようと、茜はベッドの上で分厚い魔導書や文献を何冊も広げ、彼の笑顔を取り戻すための方法を徹夜で探し続けた。


 そして。

 気付けば窓の外が白み始め、慌ててベッドに潜り込んだものの――翌朝、彼女は見事に大寝坊をしてしまったのだった。


 ◆


 同じ頃。

 星導学園の第3模擬ダンジョンでは、戦闘科と支援科の合同実技訓練が開始されていた。


「あーあ、だりぃ。なんで俺たちエリートが、こんな低レベルの訓練用スライムやらゴブリンやら相手にしなきゃなんねえんだよ」


 神崎が、退屈そうに炎の魔法でゴブリンを焼き払いながら悪態をつく。

 その後ろで、俺は三つの重いリュックを背負い、息を切らしながら歩いていた。


「しかも、後ろにはこの無能な荷物持ちがくっついてるしな。マジでテンション下がるわ」

「まったくだぜ。天道さんは別のエリアだし、良いとこ見せらんねえじゃん」


 取り巻きたちがヘラヘラと笑い合う。

 相変わらずの扱いだったが、昨日の茜との休日の思い出が胸にあったおかげで、俺は不思議と彼らの暴言を冷静に聞き流すことができていた。


「……そうだ。おい、お前ら」

 ふと、神崎が思いついたように、ポケットから『禍々しい紫色の液体が入った小瓶』を取り出した。


「神崎、なんだよそれ?」

「昨日さ、新宿の路地裏で会った怪しい黒ずくめのオッサンから買ったんだよ。

『ダンジョンの魔素濃度を強制的に引き上げて、魔物を狂暴化させる』魔法の薬だそうだ。レアなドロップアイテムが出やすくなるらしいぜ」


「えっ、マジかよ! でもそんなの、学園の訓練で使ったらヤバくないか?」

 取り巻きが顔を引きつらせるが、神崎はニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。


「平気だって。どうせここは安全な模擬ダンジョンだ。

ちょっと敵が強くなった方が、俺たちの実力アピールにもなるだろ? 無能、お前は黙って見てろよ」


 そう言って、神崎は制止する間もなく、その小瓶を岩肌に叩きつけて割ってしまった。


 パリンッ!

 紫色の煙が、シュウゥゥゥと音を立ててダンジョンの奥へと吸い込まれていく。


 その直後だった。

 ズズズズズ……と、ダンジョン全体が微かに振動し始めたのだ。


「おっ、来た来た! ほら見ろ、出てくる魔物のランクが一段階上がってるぜ! オークの群れだ!」

「すげえ! これ全部倒せば、今日の成績トップ間違いなしじゃん!」


 最初こそ、神崎たちは現れたオークを喜んで狩っていた。

 だが、その『薬』の効果は、彼らの浅はかな想像を遥かに超えるものだった。


 倒しても、倒しても、紫色の煙を吸い込んだ魔物たちが、ダンジョンの壁や地面から異常な速度で湧き出し始めたのだ。


「お、おい神崎! なんか数がおかしくないか!?」

「クソッ、もっと燃えろよ!!」

 調子に乗って放置していた結果、魔物の増殖速度が彼らの殲滅速度を完全に上回ってしまった。


 オーク、キラーウルフ、ポイズンスパイダー。

 本来この階層にはいないはずの強力な魔物たちが、雪崩のように押し寄せてくる。

 神崎たちの魔力はすぐに底を尽き、完全な包囲網が完成してしまった。


「ひぃっ……! な、なんだよこれ! 話が違うぞ!」

 小規模だが、迷宮氾濫ダンジョンブレイクが発生した。


 神崎の身勝手な好奇心と慢心が、学園の訓練施設を本物の『地獄』へと変えてしまったのだ。

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