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二人の距離感 その1


 合同授業での一件について天道茜は、俺を救い出した後、怒りも露わに教師陣へと抗議に向かった。


「同じ学園の生徒を囮にして見捨てるなんて、冒険者として失格です! 処罰すべきです!」と。

 だが、学園側の反応は冷淡だった。


「模擬訓練中の負傷は想定内」

「神崎の判断は、チームの全滅を避けるための合理的な犠牲である」――それが、彼らの出した結論だった。


 適性ゼロの生徒一人を危険に晒したところで、将来の有能な冒険者候補である神崎の経歴に傷をつけるわけにはいかない。


 それが、星導学園という『実力主義の箱庭』のリアルだった。

 お咎めなしとなった神崎たちは、俺と廊下ですれ違うたびに、鼻で笑って見下してきた。

「ごめんね……私、何もできなくて」


 悔し涙を流して謝る茜に、俺は「いいんだ。俺が弱いのが悪いんだから」と苦笑いして返すことしかできなかった。


 その後、茜は気を利かせて、俺を彼女の専属支援メンバー(サポーター)にしてほしいと、教師陣に掛け合ってくれた。


 だが、その申請は即座に却下された。

「天道のような有望な生徒のパートナーに、魔力ゼロの適性なしは不釣り合いだ」という、あまりにも単純で残酷な理由だった。


 その事実が広まると、俺の立場はさらに悪化した。

 支援科のクラスメイトたちは、俺が「学園のアイドルである天道茜に媚を売って、寄生しようとしている」と勘違いしたのだ。


「あいつ、マジで図々しいよな」

「適性ないくせに、天道さんの足を引っ張る気かよ」

 それまで「無視」という無関心だった彼らの態度は、明確な「敵意」へと変わった。


 机に落書きをされる。ノートが隠される。背後から心無い言葉を浴びせられる。


 孤立は深まり、学園生活は一層の息苦しさを増していった。


 それでも。

 俺が学園を辞めず、冒険者を支えるという夢を捨てずに耐えられたのは、ただ一人、茜の存在があったからだ。


「結城くん、ここのマッピング、確認してくれる?」


「ああ、ここは岩場が脆いから、前衛は左のルートから回った方がいい。

あと、ポーションは俺が全部持つから、天道さんは身軽に動いてくれ」


「ふふっ、さすが結城くん! 頼りになるなぁ!」


 正式な専属にはなれなかったが、合同授業のたびに、茜は何かと理由をつけて俺の近くにいてくれた。


 戦闘面では一切力になれなくても、マッピング、魔物の生態データの分析、武器のメンテナンス、ポーションの効率的な運搬ルートの構築。


 裏方としてできる支援は、すべてやった。

 俺が必死に徹夜でまとめた資料を、茜は「すごくわかりやすい!」と喜んで読んでくれた。


 彼女と一緒にいる時だけは、俺は「無能」ではなく、一人の「サポーター」として、素の自分で笑うことができた。


 そんな奇妙で、けれど俺にとってはかけがえのない関係が、一年間続いた。


 ◆


 季節は巡り、二年生になった春の終わり。

 俺と茜の関係に、少しだけ変化が訪れようとしていた。


「ねえ、結城くん。今度の休みの日、空いてる?」

 放課後。図書室で魔物学の分厚い本を読んでいた俺に、茜が声をかけてきた。


「ああ、特に予定はないけど……合同授業の資料作りか?」

「ううん! そうじゃなくて……その、買い物に行かない?」


「……え?」

 俺は、思わず本から顔を上げた。

 茜は少しだけ頬を朱に染め、モジモジと指を絡ませていた。


「あのね、いつも結城くんにはサポートばっかりしてもらってるし。そのお礼っていうか……息抜きも兼ねて、さ。ダメ、かな?」


 上目遣いで見つめてくる彼女の瞳に、俺の心臓は警鐘を鳴らすほど激しく跳ねた。


 学園のアイドルと、適性ゼロの底辺。

 普段は「冒険者とサポーター」という一線を引いて接していたが、彼女は年頃の、とびきり可愛い女の子なのだ。


 そんな彼女からの、休日の誘い。

 意識するなという方が無理だった。

「……あ、ああ。いいよ。俺でよければ」


「ほんと!? やったぁ! じゃあ、日曜日の朝十時に、新宿駅の東口で待ち合わせね!」


 茜はパッと花が咲いたように笑い、スキップするような足取りで図書室を後にした。


 残された俺は、真っ赤になった顔を両手で覆い、静まり返った図書室で一人、音にならない歓喜の雄叫びを上げたのだった。


 ◆


 そして、日曜日。

 新宿駅東口の待ち合わせ場所。


 俺は普段着のジーンズにシャツという無難な格好で、そわそわと時計を気にしながら待っていた。


「お待たせ、結城くん!」

 声に振り向くと、そこには息を切らして駆け寄ってくる茜の姿があった。


 普段は動きやすい戦闘服か、学園の制服姿しか見たことがなかった。だが、今日の彼女は違った。


 淡いピンク色のブラウスに、ひざ丈の白いフレアスカート。黒髪はふんわりと巻かれ、ほんのりと桜色のリップが唇を彩っている。


 完全に「年相応の女の子の私服」だった。

「……あ」

 俺は、あまりの可愛さに、文字通り言葉を失った。


「ど、どうかな? こういう服、あんまり着ないから……変じゃない?」

 茜が、不安そうにスカートの裾をつまみながら聞いてくる。


 俺は、カァッと顔が熱くなるのを感じながら、しどろもどろに答えた。


「に、似合ってるよ。ウン。すっごく、似合ってる。……ていうか、ちょっとびっくりしたっていうか」


「ほんと!? えへへ、よかったぁ」

 俺の不器用な褒め言葉に、茜は照れくさそうに笑い、ホッと胸を撫で下ろした。


「よしっ、それじゃあ行こっか! 今日は結城くんに、いっぱい恩返しする日だからね!」


 茜が、自然な動作で俺の腕を軽く引っ張る。

 その温かい感触にドギマギしながら、俺たちは新宿の巨大なショッピングモールへと向かった。


 ◆


 休日のショッピングモールは、家族連れや、手を繋いで歩くカップルたちで溢れかえっていた。


「……なんか、人がすごいね」

「ああ……そうだな」

 俺たちは、周囲のキラキラとした空気に完全に気圧され、少しだけ距離を空けて歩いていた。


「こういうところ、あんまり来ないから、なんだか慣れなくて……」

「実は、俺もなんだ。休みの日は大体、図書室で魔物の本読んでるか、家で筋トレしてるかだったし」


 俺が苦笑いしながら答えると、茜も「あはは、結城くんらしい!」と笑い声を上げた。


 その笑い声で、お互いの緊張が少しだけ解けた気がした。


 それからは、二人で色々な店を見て回った。

 冒険者用のアイテムショップで新作のポーションの成分表を見て二人でマニアックな考察を交わしたり、本屋で最新のダンジョン攻略本を立ち読みしたり。


 結局、やっていることは学園の延長線上のようだったが、それでも「制服以外の姿で、一緒に街を歩いている」という事実が、俺の心をずっとフワフワと浮き足立たせていた。

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