適性ゼロの日陰の荷物持ち
「おい、無能」
神崎が、ドンッ! と俺の足元に、巨大な三つのリュックサックを蹴り飛ばした。
「俺たちの予備のポーションと、武器のメンテナンスキット、あと食料だ。
お前は魔法で援護もできねえんだから、せめてロバの代わりくらいは果たせよ」
「……はい」
「足手まといになるなよ? 俺たちの華麗な戦闘の邪魔をしたら、ただじゃおかねえからな。荷物持ち、よろしくなァ!」
俺は何も言い返せず、黙って三つの重いリュックを背負い上げた。
肩に食い込むベルトの重みが、今の自分の惨めな立ち位置そのもののように感じられた。
◆
模擬ダンジョンでの探索が始まった。
「オラァッ!! 燃え散れ!!」
神崎の放つ炎の魔法が、訓練用のストーンゴーレムを次々と粉砕していく。
取り巻きたちも、それに合わせて剣を振るい、見事な連携で敵を圧倒していた。
確かに、彼らは才能の塊だった。
一年生とは思えないほどの魔力量と戦闘センス。彼らだけで、この訓練は完璧に成立していた。
俺の存在意義など、どこにもなかった。
「おい結城! 魔力ポーション出せ!」
「は、はい!」
「遅えよグズ! どんくせえな!」
俺は、三人分の重い荷物を背負い、汗だくになりながら彼らの後ろを必死についていった。
足場が悪く、息が上がる。
マッピングのために立ち止まろうとすれば、「置いていくぞ」と怒鳴られる。
戦闘が終わった後のポーション係と、彼らが落としたゴミを拾うだけの役割。
支援科として学んだ『戦況把握』や『後方からの指示』など、口を挟む余地すら与えられなかった。
(わかってたさ。……周りの評価も、俺が無能だってことも)
汗が目に入る。拭う余裕もない。
理不尽な暴言を浴びせられ、顎で使われながら、俺はひたすら耐えた。
ここで言い返してチームを崩壊させれば、俺の評価は『無能で協調性もないゴミ』に落ちる。ただひたすらに、時間が過ぎるのを、この地獄のような合同授業が終わるのを耐えるしかなかった。
「ははっ、見ろよあの無能。息上がってやんの」
「ほんと、なんでこんな学校来たんだろうな。大人しくその辺の工場ででも働いてりゃいいのに」
取り巻きたちの嘲笑が、背中から降り注ぐ。
俺は下を向き、重いリュックのベルトを握りしめながら、ただ泥だらけの地面を見つめて歩き続けた。
暗闇の中で、誰にも見られず、誰からも必要とされない。俺の学園生活は、この先もずっとこうして、誰かの影を踏みながら生きていくのだと、絶望感に心が黒く塗り潰されていくようだった。
――その時だった。
「うおおおおおおッ!! すげえええええッ!!」
「やったぞ!! ボス級ゴーレム、討伐完了だ!!」
突然、俺たちがいるエリアから少し離れた、遺跡の広場の方角から、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。
神崎たちも足を止め、驚いたようにそちらを見る。
「なんだ? あの歓声……まさか、もう最深部のボスを倒したチームがいるのか!?」
「開始からまだ三十分しか経ってねえぞ!? どんな化け物だよ!」
俺は、重い荷物に押し潰されそうになりながら、木々の隙間からその歓声の中心を見つめた。
模擬ダンジョンの広場。
そこには、一刀両断にされた巨大なボス級ゴーレムの残骸が転がっていた。
そして、その残骸の頂点に立っていたのは。
「――っ」
一人の少女だった。
肩で切りそろえられた黒髪が、吹き抜ける風に揺れている。
手にした白銀の剣は、一振りの芸術品のように美しく、彼女の周囲にはキラキラとした光の粒子(魔力の残滓)が舞い散っていた。
天道茜、だった。
「すっげえぞ天道!! 完璧な一撃だった!!」
「天道さんのおかげだよ! 私たちのサポート、合わせやすかったでしょ!?」
「うんっ! みんなの支援魔法がバッチリだったから、思い切り踏み込めたよ! ありがとう!!」
茜の元へ、戦闘科と支援科のクラスメイトたちが駆け寄り、歓喜の輪を作っている。
茜は、剣を鞘に収めると、仲間たちに向かってとびきり眩しい、太陽のような笑顔を向けた。
そこには、戦闘科だ支援科だという壁も、見下すような視線も一切ない。互いの力を認め合い、共に勝利を喜び合う、真の『パーティー』の姿があった。
「あいつ……天道茜か。あいつも特待生の一人だが、まさかこれほどとはな……」
神崎が、忌々しそうに舌打ちをする。
俺は、薄暗い森の影の中から、その光景をただ呆然と見つめていた。
肩に食い込む荷物の重さも、取り巻きたちの嘲笑も、その瞬間だけは遠くへと消え去っていた。
(……すごいな。やっぱり違う)
仲間たちに囲まれ、称賛を浴びる茜の姿は、あまりにも眩しかった。
まるで、光り輝くステージの上に立つ主役。
そして俺は、そのステージを照らす照明の光すら届かない、観客席の一番後ろの暗闇で、ただ泥に塗れてうずくまっているだけの観客。
羨ましかった。
妬みや嫉妬じゃない。ただ純粋に、あの光の中にいる彼女が、あの笑顔で誰かと手を取り合える世界が、俺には絶対に手の届かない、絶望的なまでに美しいものに見えたのだ。
「おい無能! 何ボーッとしてんだ! さっさと行くぞ!」
神崎の怒声で、俺は現実へと引き戻された。
「あ……はいっ! 今行きます!」
俺は、再び重いリュックを背負い直し、光の当たる広場に背を向けて、薄暗い森の奥へと歩き出した。
俺と天道茜。
入学式の日に偶然言葉を交わしただけの、接点なんて何もない二人。
『才能に愛された太陽』と、『適性ゼロの日陰の荷物持ち』。
二人の間に横たわる絶対的な壁の大きさを、俺はこの日、魂の底まで刻み込まれたのだった。
だがこの時の俺は、まだ知らなかった。
あの太陽のように眩しい彼女の笑顔の裏側に、どれほどの重圧と、悲壮な決意が隠されていたのかを。




