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早すぎた孤立

 星導学園の入学式を終えた午後。

 真新しい制服に身を包んだ新入生たちは、それぞれのクラスへと分かれ、初めてのホームルームを迎えていた。


 俺は、後方支援やギルド業務を学ぶ『支援科』の1年C組のクラスだった。


 教室には、まだどこかよそよそしい、しかし希望に満ちた空気が満ちていた。


 支援科とはいえ、ここは腐っても冒険者育成の最高峰。

 いつか立派なサポーターとして一流のパーティーに入るんだと、誰もが目を輝かせている。


「それじゃあ、前の席から順に自己紹介を頼む。

名前と、得意なサポート分野、それから……まあ、今後の目標とかな」


 担任であるベテランの男性教師が、教卓から大らかな声で指示を出した。

 生徒たちが一人ずつ立ち上がり、自己紹介をしていく。


 回復魔法や支援魔法が得意だったり、防御魔法の展開速度に自信があるなど、皆、何かしらの『武器』を持っていた。


 俺の席は、窓側の真ん中あたりだった。

 順番が近づくにつれ、心臓が早鐘のように鳴り始める。

(無難にいこう。変に目立たず、普通の自己紹介でやり過ごすんだ。

……俺が『適性ゼロ』だってことは、誰かと仲良くなって、信頼できそうになってから、少しずつ打ち明ければいい)


 それが、俺の立てた完璧な学園生活のスタートプランだった。

 適性ゼロという事実を最初からぶちまければ、どうなるかくらいわかっている。


 だからこそ、最初は「ただの平凡な支援科の生徒」として振る舞い、少しずつ居場所を作っていくしかなかった。


 そして、ついに俺の前の生徒が座り、俺の順番が回ってきた。

 よし、と息を吸い込み、ガタッと椅子を引いて立ち上がった、その瞬間だ。


「おっ、次は結城だな」

 担任の教師が、なぜか俺が口を開くよりも先に、パンッと手を叩いてクラス中の視線を俺に集めた。


「皆、よく聞いてくれ。この結城誠はな、入学時の適性検査で『すべての冒険者適性がゼロ』という結果だったんだ」


 ――えっ?

 俺は、自分の耳を疑った。

 教室の空気が、ピシッと凍りつくのがわかった。三十人のクラスメイトたちの顔から、愛想笑いが消える。


「だがな、こいつは筆記試験と体力テストだけで、死に物狂いで勉強してこの星導学園の門を叩いた!

適性がなくても、裏方として冒険者を支えたいっていう熱いハートを持った優秀な生徒だ。

……ハンデはあるが、お前ら、絶対に仲間外れにしたりせず、仲良くしてやってくれよな!」


 担任は、ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべ、親指を立ててみせた。

 ……悪気はないのだ。


 この教師は本気で、「ハンデを背負った生徒を、最初からクラスで温かく迎え入れてやろう」という、彼なりの善意と気の利いた配慮で、俺の秘密をこの場で大々的に暴露したのだ。


「あ……いや……」

 俺は、引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。

 残酷なスポットライトだった。


 クラスメイトたちの視線が、俺を貫く。

 その目に浮かんでいたのは、尊敬でも、親愛でもない。


 『同情』『戸惑い』、そして――『自分たちの足手まといになるかもしれない存在への、明確な警戒』だった。


「え、適性ゼロって……マジで?」

「適性もないのに、どうやって支援魔法使うの……?」

「荷物持ちしかできないんじゃ……」

 ヒソヒソと交わされる、小さくも鋭いさざ波のような囁き。


 「よろしく」という俺の弱々しい自己紹介は、その波にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 こうして、俺の「平凡に馴染む」というささやかな計画は、入学初日の開始わずか十分で、木っ端微塵に粉砕されたのである。


 ◆


 次の日から、俺の学園生活は『見えない壁』に囲まれることになった。

 朝、教室に入っても、誰からも挨拶されない。


 休み時間、楽しそうにグループで談笑している輪に近づこうとすると、スッと不自然に会話が途切れる。


 昼休みは、俺が弁当箱を開ける頃には、すでに他の全員が示し合わせたようにグループを作っており、俺の周りだけがポツンと無人島のように孤立していた。


 ただイジメはなかった。

 彼らは冒険者を目指すエリートの卵たちだ。


 露骨な嫌がらせをして自分の経歴に傷をつけるような馬鹿な真似はしないし、正義感もある。

 だからこそ、タチが悪かった。


 彼らは俺を、『腫れ物』のように扱ったのだ。

 触れれば壊れてしまう、可哀想なガラス細工。

 あるいは、一緒に行動すれば自分たちの成績の足を引っ張る、絶対に組みたくない『ハズレくじ』。


 誰も俺を攻撃しない代わり、誰も俺に関わろうとしなかった。

 ただひたすらに、透明人間のように扱われる日々。それは、直接的な暴力よりも遥かに重く、じわじわと心を削り取っていく孤独だった。


 ◆


 そんな息の詰まるような日々が数週間続いた頃。

 ついに、新入生にとって初めての『戦闘科との合同実技授業』の日がやってきた。


 場所は、学園の敷地内にある広大な『第3模擬ダンジョン』。

 人工的に作られた森と遺跡のフィールドで、戦闘科の生徒が前衛として魔物(ゴーレムなどの安全な訓練用)と戦い、支援科の生徒が後方からサポートと物資管理を行うという、実践に近いカリキュラムだ。


「うおおっ、あそこにいるの、戦闘科のAクラスだぜ!」

「すっげえ、歩いてるだけでオーラが違うな……!」

 支援科の生徒たちが、目を輝かせて騒いでいる。


 無理もない。

 戦闘科は学園の花形であり、俺たちから見れば雲の上の存在だ。

 彼らとチームを組んで優秀なサポートを見せれば、将来有望なパーティーに引き抜かれる可能性もある。


 支援科の生徒にとっては、自分を売り込む最大のチャンスなのだ。

 だが、現実は残酷だった。


 くじ引きで決まった4人1組のチーム編成。

 俺が割り当てられたのは、戦闘科の中でも「入学時からBランク相当の実力がある」と噂されていた、有望株の男子生徒のチームだった。


 彼の名は、神崎かんざき

 燃えるような赤い髪に、高価な魔剣を腰に帯びた、いかにもプライドの高そうな少年だった。

 彼の周りには、金魚のフンのように二人の取り巻き(同じ戦闘科の生徒)がへばりついている。


 神崎のチームに俺が入ったと知った瞬間、支援科のクラスメイトたちは「うわぁ、ご愁傷様」という哀れみの目を俺に向けた。


「……お前が、結城か」

 合流地点に向かった俺を、神崎は汚物でも見るような目で見下ろした。


 俺のことは、すでに戦闘科にも『適性ゼロの無能』として噂が広まっていたらしい。


「は、はい。結城誠です。マッピングと、物資の運搬を担当します。よろしくお願いします」

 俺が深く頭を下げると、神崎は鼻で嘲笑った。


「ふん。なんで俺たちエリートのチームに、魔力ゼロのゴミが混ざってんだよ。学園の割り振りシステムもポンコツだな」


「おいおい神崎、いじめてやるなよ。こいつ、適性ないのに必死こいて勉強して入ってきた『努力家(笑)』なんだぜ?」


「マジかよ、才能ないのに足掻くとか見苦しすぎだろ!」

 取り巻きの二人が、下品な笑い声を上げる。


 周囲の他チームの生徒たちも、チラチラとこちらを見てはヒソヒソと囁き合っていた。

 周りの目線が、針のように痛い。


 俺は、唇を強く噛み締め、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。


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