最終話 「あとがき」にはまだ早い
神は、物語を好む。
人が生き、迷い、間違え、そして滅びていく過程を、最初から最後まで知っているくせに、それでも見届けたがる。
もし神が全てを知っているのなら、物語は必要ないはずなのに。
人は、物語を必要とする。
滅びた国に意味を与え、無駄だった犠牲に理由をつけ、救われなかった誰かを、せめて言葉の中で生かそうとする。
それは、優しさなのか、それとも傲慢なのか。
私は、滅びを記録する。
救わず、裁かず、ただ物語として残す。
誰かが読むことで、死は少しだけ遅れると信じて。
でも――
語られることで、罪は軽くなるのだろうか。
記録されることで、滅びは報われるのだろうか。
神が見て、人が読んで、それでも世界が滅びるのなら。
それでもなお、物語を書く意味は、どこにあるのだろうか。
◇◇◇
イヴ・アーカイブは、キャンピングカーの助手席で、遠ざかっていく惑星メタリカを見つめていた。
小さくなっていく青白い星。その輪郭が、静かに宇宙へ溶けていく。
『人形の国』から始まった旅。
滅びへ至る記録を辿る、物語の軌跡。
――なぜ、メタリカは滅びたのか。
それは結局、人間とは何だったのか、という問いに他ならない。
人間は、愛することができた。
完璧を夢見て、失敗した。
自由を奪われることを恐れ、
他者を傷つけ、それでも正義を問い続けた。
そして――
それでも、生きた。
善とは何か。
悪とは何か。
人間とは何か。
答えは、きっと、ない。
「ねえ、アダム。メタリカは……どうだった?」
窓の外から視線を離さぬまま、イヴは問いかけた。
人間ではない存在の目に、この星はどう映ったのか。
アダムは短く唸り、しばらく考えてから口を開く。
「そうだな。この世界は“答え”を探して、何度も転んだ星だと思うぜ」
アダムは逡巡する。
「それでもさ。誰かが、誰かを救おうとした。その痕跡が、あの星には残ってる」
たぶんな、と付け加えて、アダムは肩をすくめた。
遺光を感じ取る者らしい、曖昧で、誠実な言葉だった。
「……なるほどね」
沈黙が、二人の間に落ちる。
流れていく星々の光の中で、イヴの胸に、エインセルの言葉が浮かんだ。
――生きるとは、不完全さや矛盾を抱え続けること、そのものなのかもしれない。
人類は、不完全だった。
善だけでは生きられず、
悪を含んでも苦しみ、
神を憎み、
神に愛され、
そして――滅んだ。
それでも。
それでも、人類は美しかった。
きっと、最期の瞬間まで。
――神、リカ。
貴女は、この星を、深く愛していた。
人々は争い、憎み合い、それでも生き続けた。
それでも、子は親に似るものだと、イヴは思う。
――人間は、失敗したから滅びたんじゃない。
――滅びを、受け入れたのだ。
それが、惑星メタリカの最期。
イヴ・アーカイブが辿り着いた、ひとつの推論だった。
「で、ニューアースに戻ったらどうする? 食料補給して、次の星に行くか?」
アダムが軽い調子で訊ねる。イヴは少し間をおいて、静かに答えた。
「……もう少し、メタリカを見たいわ。悪魔の国にも、行ってみたいし」
「了解。海の底とか、大河のそばにも、デカい遺光が残ってたぜ」
アダムはギアを切り替え、ワープの準備を整える。
「よし。じゃあ、いっちょトンボ返りだ」
キャンピングカーは、静かに次元を越える。
目指すのはニューアース。
滅びた地球の、その先に生まれた星。
イヴ・アーカイブの、帰る場所。
「ええ……。次は、どんな物語に出会えるのかしら」
その言葉を残して、星の旅人は去っていく。
宇宙に、ひとすじの閃光が走った。
それはまるで、
誰かの記憶に、ほんの一瞬だけ残る流れ星のようだった。
――完
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
もし「次も読みたい」と感じていただけましたら、
感想やブックマークのひと押しが、作者の背中を押す風となり、次の記憶を描き出す光となります。
それではまた、次の物語でお会いしましょう。
――イヴ・アーカイブ




