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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『人間の国』

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第4話 滅亡――ソロモンの指環(科学革命)

 その手がける玩具は所有欲を、

 発明する技術は競争心を、

 たった一滴の“欲”が、善で満たされていた人間の国に波紋を広げていく。


「え。俺、またなんかやっちゃいました?」


 ファイはそういいながら、現代の技術を無遠慮に導入し続けた。ニューマン達はファイを天才だと崇め、神のように奉る。気を良くしたファイはさらに先進的な技術や道具を生み出す。印刷機、羅針盤、蒸気機関。魔法技術を応用した自動車、電話、冷蔵庫。そして、銃。


「なっ……!やめなさいっ!そんなものを持ち込んだら……!」


 神にとってはほんの一瞬の出来事。リカが「人間の国」のわずかなざわめきに気が付いたころには、もうほとんどのニューマンがリカの声を聞けなくなっていた。


 ファイが語る物語は英雄願望を、

 密やかな恋心は排他性を、

 皮肉にもリカが考えあぐねていた問題をファイはたったの数年で解いてしまった。

 まるで神をあざ笑うかのような所業。だが、そんなつもりは彼には一切ない。ただ、考えなしに力をふるうだけ。その影響力も、社会の構造なども一切考えずに、叡智をもたらし続けた。


「このっ……!なんで……!?みんな……!みんなああああ!!」


 だが、もうリカに出来ることは何もない。声が、まったく届かなくなっていたのだ。あれほど穏やかだったニューマンが富に目と耳と頭を潰されていく。そして、その頂点に君臨していたのがファイであった。

 ニューマン達は初めて他者を“羨む”ことを覚えた。

 初めて“もっと欲しい”と願い、初めて“自分だけの幸せ”を求めた。

 リカが唇を嚙んでいる間に、もう争いは発火点に達していた。


 ファイの道具を取引するために貨幣という概念が生まれた。当たり前に出来ていた相互信頼が、貨幣に塗りつぶされていくのを、リカは泣きながら見ていることしかできない。蒸気機関を一早く導入したニューマンが現れた。生産に関わらなくなるエリート層が現れた。エリート層は人が変わったように富を集めることに傾倒し、他のニューマンを“使う”という方法を積極的に利用し始めた。


「ああ……、あああぁぁ……。やめて……やめて……!」


 銃が初めてニューマンに向けられたとき、リカは息ができなかった。ただ悲痛な声が虚空に消えていく。

 奴隷のようにこき使われたニューマン達が雇用主を殺した。銃はファイによって量産形態が作られ簡単に手に入れられるようになっていたのだ。貨幣を奪い合ってニューマン同士で殺し合いになった。今まで力を他者に振るうということを知らなかったニューマンは相手が泣いて許しを請おうが、無抵抗だろうが、構いはしなかった。


 狼のような己の持つ武器の威力を知る社会性動物は、むやみに同胞を傷つけない。だが、ニューマンは違った。“武器“というものをこの時初めて知ったのだ。その力の使い方を全く知らない。威力を知らない。加減を知らない。だからこそ、ニューマンは殺し尽くすまで止められない残虐な種族へと変わっていった。


「あ、あたしの……!あたしたちの国がぁぁぁ……!!」


 資源を巡る争いは火をつけたように広まった。もう、苦しみの連鎖は誰にも止められない。


「な、なんなんだよこれ……。し、知らねぇよ……!お前らで何とかしろよっ!!」


 ファイはそう言い残し、シェルターを作って一人で逃げ込んだ。その間に女の独占を巡る殺意が生まれ、エリート層と貧民は分断され、思想が対立していき、英雄願望から生まれる新たな武器が発明された。“善”しか知らないニューマンは悪意に適応することができない。排除、以外の付き合いを知らなかったのだ。かつての穏やかな笑顔が、憎しみに歪んでいく。もはや、ニューマンは完全に神の手から離れていた。


「なんで……どうして……こんなはずじゃ……」


 あんなに美しい国だったのに、水晶の家は砕かれ、瓦礫に埋もれた子供を助けようとしたニューマンを誰かが撃ち殺し、その物資を奪って去っていく。善が食い物にされる世界へと変わっていった。


 ――あのファイとかいう転生者……!あいつさえいなければ……!!


「うぅぅぅぅぅっ!!!ううっ!!!……ううう!!」


 違う。違う。これはあたし自身が引き起こしたことだ、とリカは思った。悔し涙を流しながら、握る拳からは血が滴り落ちた。欲がなければ争いは起きないと思っていた。だが、それは大きな誤りだった。“善だけで世界を作ったこと”こそが間違いだった。


 ――善は、悪の存在を前提にして初めて意味を持つのだと。


 リカはこの時、初めて理解した。


「お、やってんねぇ」


 神の声が聞こえて来た。

 リカが目を真っ赤に染め、戦火が広がる惑星メタリカの崩壊を食いしばりながら見ている時だった。


「おつかれ~リカ。無事に人類種が神の元から離れたね~」


 その軽薄な物言いにリカは殺意を覚えたがどうにか呑み込んだ。


「無事……?これの……どこが、ですか?」


「あぁ、ごめん。言葉の綾だよ。本当に助かった。まぁ、神としてはありえんくらい甘ちゃんだったけど、めちゃくちゃ頑張ってたと思う。じゃあ、人生やり直しの件だけど――」


 神のまるでもう役目は終わったとでもいうような物言いにリカは目を剥いた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!メタリカは……ニューマン達はどうなるんですか!?」


 神は眉を上げて答える。回答は、単純明快だった。


「滅びるだろうね。ま、この世界の霊長がそう望んだんだから。リカが気にすることじゃないよ」


「そ、そんな……」


 無責任な。そう言いかけて、口をつぐんだ。初めてメタリカに生命が生まれたとき、本当に嬉しかった。人々が争いをやめて、手を取り合ったとき。心から美しいと思った。この小さく群れる命を守りたいと、本気で思った。なのに、結末はこの様だ。たった一滴の悪が落ちただけで瓦解した。多くの命が失われ、今も失われ続けている。なら、その責任は自分が取らないといけない。それが、神としての自分の責任だとリカは思った。


「……神様、お願いします。もう一度、今度は失敗しないように“人間”を創ります。だから、もう一度、やり直させてください……!」


「え、失敗?いやいや失敗では無いけどなぁ……。別にやってもいいけど、人生やり直しのご褒美に色付けたりはできないよ?」


「構いません」


「おぉ!君は本当に神様みたいな……て、もう神だったね。いいよ。じゃあ、別の惑星を……」


 リカはこの愛する星の責任者として、神の言葉を遮った。


「いりません。このメタリカを滅ぼし、再生します」


 ――あたしが、この手で。


 ニューマン達は多くの罪を重ねた。その責任は親である自分が取らないといけない。その罪をすべて、引き受けるために。それが、神たる自分がしてやれる最後のことであった。


「……なるほど。すべての星の命を奪うって、結構しんどいんだけど、それでもやる?」


「はい。やります」


「ん。わかった。じゃあ、引き続きよろしく」


 神はそう言い残すと次元の狭間へと消えていった。

 リカは「はふぅ」とため息をついて、メタリカを見た。瞬きをするたびに、脳裏にニューマン達との思い出がよみがえる。


 命のあふれる国だった。ニューマン達は誰もが人のことを慮り、手を取り合った。リム、アル、エマ。一緒に遊んだ子供たちも大人になって、子の世代へと命を繋ぐ。ニューマン達は皆が親で、誰かの子で、宝だった。


 美しい国だった。災害、病、飢餓。多くの試練を傷つきながら乗り越え、次へとつないでいった。セラ、レオ、ノアレ、医療を発展させた賢人たち。だれよりも命に向き合ったニューマン。彼らの意志は文明として受け継がれた。善良な彼らは、誰かを助けることに関しては人間以上だった。それが、リカの自慢だった。


 あたしのすべてをかけた国だった。どうすればいいか考え、手探りでニューマンを導いて、共に育った国だった。シグ、エト、ティファ。成し遂げたことが人の価値ではない。多くの命が生まれ、死んでいった。それでも、誰もが必死に生きて来た。その過程は、何物にも代えがたい価値だ。


 リカはふわりと浮かび上がり、惑星メタリカを見下ろした。もう、涙は枯れてしまった。それでも、手が震える。本当はやりたくない。簡単に出来るはずがない。でも、やらないといけない。なぜなら、リカはこの星の神だから。


 ――静寂を以て、我は世界を閉じる。

 争いは声より生まれ、声は意志より生まれ、意志は心の歪みより生ず。

 ゆえに……心を、無へと還せ。


 指先に黒い光が集まっていく。それは、死の概念そのもの。魂を消し去る神の権能。

 弱い国だった。ほんの小さな綻びで全てが壊れた。水晶のように、美しく、脆弱な国。ネム、イオン、ラザロ。初めてニューマンに殺されたニューマン。初めて命を奪ったニューマン。善なる民の、惨たらしい顛末。神たるリカの応報。彼らは今も罪を重ね続けている。


 リカは思い出していた。死んでいったニューマン達の顔、名前。すべてを覚えていた。皆が、自分の頼りない手の中で、確かに、生きていた。

 リカにもう迷いはない。神の周りを風が渦巻く。生ある者の力を枯らしていくような冷たい風が、空気を凍てつかせていく。リカは泣くでもない。笑うでもない。ただ、慈しむ。そんな顔をして、語りかけた。


「ファイさん。あたしたちの国は、どうでしたか?美しい国でしたか?それとも、退屈な国でしたか?」


 最後にファイと話そうかと考えた。だけど、それはファイにとって死の宣告にしかならない。なら、恐怖もないまま死んで行く方が、彼のためだ。リカはそう思った。

 ――もし生まれ変わったら、またメタリカに来てください。今度は、絶対に、負けませんから。

 何者にも負けない、何にも屈さない強い国。


そして――人間。


「人間は、どうしようもなく愚かで、それでいて、強くて、美しい存在。あたしたちは、いつもそのように在ろうと思います」


 リカは目を閉じ、最後の呪文を唱える。


 ――我が祈りの唄を聴け。今度こそ、汝らに“大いなる平和”を与えん。


 深淵のごとき闇を放つ雫がゆっくりと滴り落ちる。

 また、はじめからやり直すために。ニューマン達の死を無駄にしないために。最期の瞬間まで、リカは目を離さなかった。

そして、青く美しい星メタリカに今、“死”が満ちた。


つづく

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