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終末の異世界紀行  作者: 佐倉美羽
『人間の国』

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第1話 転生――創世記(人類の熾り)

 リカは死んだ。老衰であった。瞳を閉じればスタッフロールが流れるであろう大往生であった。

 夫より先に逝ってしまったことは心苦しかったが、子と孫に囲まれながら静かに余生を過ごす。我ながら平和に生きたものだと、辛いこともたくさんあったが、それ以上に幸せが積みあがっている、そんな人生だったと走馬燈を嚙みしめながら死んでいく。それがリカの最期だった。


(完)


 と、なればよかったのだが、幕引きには早いようで。次の瞬間、リカは目を開けるとバックルームのような光る空間に、ポツンと一人で立っていた。まったく訳が分からない。黒髪のショートボブに大きな丸眼鏡。青春のセーラー服。体が軽く、頭も冴えている。手を見ると皺ひとつないすべすべの肌が見えていた。


「若返ってる……?こ、ここは……どこ?あの世、なのかな……」


「ちがうよ~」


「ひぇっ!だ、だれぇ!?」


 リカは後ろからいきなり声をかけられたものだから、子猫のように飛び上がった。どうやら精神も彼女の青春時代、16歳程度まで戻っているようであった。

 リカは空中でくるりと体を捻り、背後の見知らぬ女の声に向き合った。己を神だと自称する女子高生。図書室にいそうなのに、あっけらかんした彼女はリカに向かってとんでもないことを言い放った。


「ごめん!もう転生できる異世界がないんだ!だから、君自信が神になって、新人類ヒューマンを創造して、その文明を導いてやってくれない?」


「……へ?」


 何を言っているんだこの娘は。リカは訝しんだ。だが、パンっと柏手を打ち頭を下げる自称神に冗談を言っている気配はない。まるで1,000円を貸してくれ、っとでも言わんばかりの必死さである。


「じょ、冗談ですよね……?なにかのドッキリ……?」


「いや、本気も本気。神様になって!お願い!もうこっちもいっぱいいっぱいなんだ!」


 思考停止。頭も視界も真っ白。リカも状況が呑み込めずいっぱいいっぱいであった。シャットダウン、再起動。その間に自称神は光の中からこたつを取り出し、うーさぶさぶと潜り込んでいった。


「え、えぇぇぇええ!!ああ、あたしが……か、神ですか!?」


 リカの素っ頓狂な叫び声が不思議空間へと消えていく。光る畳にこたつ。ご丁寧にミカンまで添えてあった。そして、そこに座ってミカンの皮をむいている女子高生が申し訳なさそうな口調で宣った。


「そうなんだよねぇ。最近多いでしょ?異世界。阿保のチート転生者が他の異世界壊して回ってさ~。そいつは処せたんだけど、もうこっちも供給が間に合ってないんだよねぇ」


 ミカンに付着したアルベドを丁寧に取り除きながら、彼氏の愚痴を言うかの如く眉を寄せて神は言う。リカはただ目を白黒させていた。


「い、異世界……?供給……?それに神様って……。なんで女子高生の姿なんですか……?」


「ん?あぁ、人間は神を“人の形”でしか理解できないからね~。リカが私を理解できる形に翻訳したのがこの姿ってだけ。深い意味はないよ」


「は、はぁ……」


 数の概念を小学生に説明するためにリンゴを使うようなものだろうか、とリカは頭をひねった。確か、カントだったかが空間と時間を共有できないものは認識できないと、だから神は理性では認識できないと言っていたような覚えがある。じゃあここは理性では到達不能な領域なのか。神が認識できない存在なら=神は性質を列挙して定義できる存在ではない。だが、彼女は明確に力の限界を示唆した。万能ではない、と定義できる。なら、神という定義からは外れるのでは?リカは考えが次々と浮かんだが、いったん判断停止することにした。


「神ですか……。それをやってあたしにメリットはあるんですか?それに、どうしてあたしなんですか?」


「それはもちろん、君なら出来ると思ったからったからだよ!メリットは……人生をやり直せます!どう?魅力的でしょう?」


「結構です。ミカンはいただきます」


 一刀両断。リカはようやく落ち着きを取り戻してきた。自分もこたつに遠慮がちに入りミカンに手を伸ばす。久方ぶりの包み込まれるような温かさに懐かしさを覚えて、一息をついた。

 脳が若返っているからかよく回る。永劫回帰とまでは行かないが、それなりに悔いのない人生を送ってきた。それに、君なら出来るというのも曖昧な理由だ。詐欺の類かあるいは、悪魔の誘惑か。何ならここで自称神に議論を挑む方が有意義であるとさえリカは思った。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってぇ!君が高校生だった時!憧れの先輩がいたよね?文芸部のミヤコ先輩!声をかけようとしたけど勇気が出なかったあれ!あれ、やり直したくないの!?」


「ど、どうしてそれをっ!?」


「だって、私は神様だから!」


 フフンっと鼻を鳴らす神にイラっとしつつも、リカは指摘された瞬間、色鮮やかな記憶が蘇った。背がすらっと高くて、鳶色の長い髪を揺らす文芸部の先輩。彼女が紡ぐ愛に溢れた物語に夢中になった青春時代。結局、声すらかけられなかったけど、遠くで見つめているだけでリカは幸せだった。人生で一つ後悔があるとすれば、彼女と共に過ごせる立場であったのに、気恥ずかしくて出来なかったこと。ただそれだけであった。


「お!食いついた!ほんと、私を助けると思って!お願いできないかなぁ……」


「……なるほど。事情はわかりました。ですが、任期も定かではないのに引き受けられません。神の時間単位だと数億年なんてざらではないですよね」


「任期はねぇ、人が神、つまりリカの加護なしでも生きていけるようになったら!思想的でもいいし、技術的なものでもいいし。そこはリカの思うがままだよ~」


 神なしでも生きていけるように……。とても難しいだろう。形のないものを信じる力は人を人足らんとする能力である、とリカは考えていた。宗教、ブランド、物語、そして哲学。愛や希望といったものでさえ人間の認知の力で生まれている。そこから神という存在を引く手段を、リカはさっぱり見当もついていなかった。

 だが、リカは大きな丸眼鏡をそっと押し上げた。そして、「はふぅ」と一息をついて神を見据えた。


「……わかりました。やってみます」


 ――そう。 “わからない”という気持ちが、彼女のハートに火をつけてしまった。


「よかったぁ……。ありがとう!リカ!」


「ただし、いつでも降りられるようにしてください。永遠の苦行はごめんです」


「おっけー!でも、リカは最後まで続けると思うな!だから選んだんだし」


 あと、この自称神の声と話し方が、あの憧れの先輩と少しだけ似ていたというのも、引き受けた理由であった。


 だが、この時のリカはまだ知らなかった。

 これが、人間という種の“最初の誤り”になることを。


 つづく

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