そして、いつも、戻らない時だけが私を締め付ける
「あ゛ぁぁぁ、自由なはずなのに、なぜにこんな仕事ばかり増えるのぉぉ…」
侯爵、子爵、その他大勢。
架空の名前を使っての、陰謀、反乱、蜂起の抑制。
特にここのところ、クアヤ侯に正義の刃をみたいなのが多い。
仲間同士は、仲良くしなさいと。
ひとつ言わなくてはいけないことがあるたびに。
または、お願いされるたびに、60枚以上、同じ手紙をいちいち書かなくてはいけない。
そして、ライシン公爵の名義でそれらが各地に届く。
疲れるが、もうちょっと我慢しろよと言うのは重要だ。
辞めたくもなるが、トキトが作って持ってきてくれる疲労回復のシュワっとした薬があれば頑張れる。
作り方をナインに教えてくれていたらしい、あの鍋も、ヒメの変わらぬ好物だ。
当番で毎度、少量でもトキトが作っていたのは、こういった仕事をしているのを知っていて、知らないふりをしてくれていたということだろう。
言葉がなくても、あっても、その気持ちを感じられるから頑張れる。
みんなも落ち着いて、最近はヴェルグルも役割分担が目立ってきた。
誰か一人は、トキトのお散歩をしたりしてくれている。
少しウブとカナの負担が多くなってしまったが、お掃除はもとから嫌いではないのか、庭までしっかり行き届いている。
レイはあの森にずっといるらしい。
よくはわからないが、ちょいちょい増える亜人の皆さんと仲良くやれているのだと信じるしかない。
「今日も、お日様見られないまま終わってしまった…」
ふらふらした歩き方で自宅を歩くヒメ。
食堂に行くと、冷えないようにした魔法の道具でもあるのだろうか。
何種類かのスープがいつものように置いてある。
やはりミルク味が味わい深い。
「ヴェルグルちゃんたちも、いいかげん寝てるよね」
結構遅い時間なのは自覚している。
ので、聞いて確認はせず、トキトの部屋にヒメは向かう。
「ちゃんと、夜更かししないで寝てるかな?」
部屋の主は、ぐっすりと休んでいる。
うつぶせ寝しているトキトの髪をなで、首の後ろを眺め、それから寝相を戻してあげた。
「かわいいね、トキトちゃん」
布団をかけて、眺める。
「…でも、やっぱり……ひどいよ、トキトちゃん……」
数日前。
カナに抱かれて帰ってきたトキトは、いつもの姿ではなかった。
いや、普通の姿だった。
大人の姿ではなく、何の屈託もなく、きれいな笑顔をしていた。
その手にはずっと、半透明な石が握られていて、ヒメを見つけると、そのままその石を渡してくれた。
一緒にいたマホが言うには、森の魔力を秘めた石だったというが、そんな力は感じない。
しかし、ヒメが触れた時、その石は割れ…。
その魔力を示してくれた。
中に入っていたのは、その時触れていたものが受け取る、記憶。
トキトとしては、伝えたいメッセージを一つ二つ伝えるつもりだったのかもしれないが…。
ヒメは、「その」時のすべてを知り、失われた愛するものの滅びを確信する。
トキトが意図したものではないだろう。
ただ、思うよりももっと多くの情報が、失われるその瞬間を残酷に伝えてしまった。
記憶、意識、その場にいたとしても得られないすべてを、ヒメはその時に受け取り…。
そしてもうひとつ。
ヒメが手をかざす。
そこに、たたまれた布があらわれて、ヒメは音を出さぬよう、すぐに手に取った。
トキトの力。
正確には、意識の奥の奥まで忘れぬよう刻み込んだ、空間固定の術の記憶。
それもヒメの心に残った。
目にしていたあの力。
自分の記憶のように刻まれたその力は、もう完全に自身の力として使えてしまう。
残してくれたその力は、トキトの温かみを感じる気がして。
使うことで一体になっている繋がりを感じるようで。
惜しむことなく多用してしまう。
「暖かくして寝ないとね、トキトちゃん」
何度確認しても、もう、首のうしろと腰の下についていた転生の儀式の印はない。
トキトが宿らせた、その力が失われているのを示していた。
が。
まだ諦めることはできず、なんどもまた見てしまう。
眠っているトキトを、起こさぬようにこっそり。
これがヒメの、ひそかな日課になっていた。
王の選定を受けてからその力をなくした王は過去にもいる。
だから儀式の証人がいることでトキトは王になれるだろう。
犠牲で死んだ人間は、結果としていない。
トキト自身もこうして今、眠っている。
変わらないことが今もあるはず。
なのにどうして、悲しむことがあるのだろう。
そう言われた。
だが、あんなに笑いあった誰かは、いないのだ。
どうしていいかわからない、名前もわからない誰かを思う心が、しこりになって残り続けている。
ヒメのそれは、まだ取れないままでいた。
【登場人物紹介】
トキト
異世界からとある儀式によってこの世界に呼ばれた少女
彼女が無事成人した時、王が正式にこの国に戻り独自の再建がはじまる条約が交わされていたらしい
そうさせたくない勢力が彼女を内々に追放し国外に持ち出そうとしたところからこの話ははじまった
ミカルナを眠りから覚まし、その力によってこの世界から放逐または追放の処分を受け、実質消滅した
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
国王の実子ながら、王家のとある儀式に失敗したためか幼くして国外追放
その後唐突に連れ戻された末に継承権放棄の書面にサインさせられ国政から永久追放
見守っていた後継者は策謀でさらわれ、その捜索で奴隷に身を落とす直前まで来ていた王女
という何気に重い過去を持つ女性
当人はそれをさほど気にしていないので割と明るい
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
トキトに手を出したり傷つけるものは何人たりとも許さない構え。
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っていて「ですので」が専らの口癖
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
常に控えめで、下手に出る性格
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
レイ・イバヤク・クアヤ
誘拐事件の実質首謀者一族とされクアヤ侯の元から拉致された一人娘
上流階級のプライドと作法、顔の広さでは誰にも負けない自信を持っているらしい
数々の恨みとばかりに人災天災を問わず襲い掛かる苦難の果てに彼女の明日はあるのか
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
かつての戦争の戦後処理の際に用意された調整員という過去を持ち、今も国の内部の情報を漁りまくっているのだとか
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
侯爵家の末娘で、特殊な主義や政治手腕を稀に匂わせる
基本的にレイとの仲は悪い
イレイセ
呪霊樹の森、ひいてはミカルナの脅威を監視する目的を持っていたエルフの一族のひとり
総じて強い戦闘力を持つと言われているが、たいてい戦闘経験はなく臆病で人間関係作りが下手っぽい
ミウノコタツ
海中に王国を作り特殊な文明を築いている知性体種族
触手のようなものが頭から生えている以外はすこし身長が違うくらいで人間と見間違う容姿をしている
ただ、乾燥に弱く、水中でしか発声ができず、性別は存在しないという身体特徴を持つ
トキトが川に流す工業排水によって人間と遠巻きのスタンスを転換することとなる
地上には団長プラナルフ
続いてデハイナ、トゥーマ、ノテスデとクハスデの姉妹?を主に使節として派遣している
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、トキトとヒメに助けられたことで、それなりの恩を感じているようだ
食べ物の誘惑(とくに呪霊樹の実)にはとにかく弱い
リーダーの名前はシタニ
ミカルナ
この世界が生まれた時には既に存在していたという伝説の巨大な龍
呪霊樹の森の力で、力が回復しないよう処置をされたうえで眠らされていた
この世界で生きること、動くことに問題がありすぎるらしく、いつしか自らの消滅を願っていた
クエレナ
次期国王最有力の女性で現在二歳数か月
仮の保護者の下、すくすくと成長中




