たんさん
「………トキトちゃん………家出なんて……」
「耐えられなかったんだよう!」
恥ずかしさで、顔も向けられやしない。
ただのバレンタインとして、もう忘れてほしい。
「すっごい心配したんだよ!」
「そこは、本当にごめんなさい…」
「で、ずっと待ってたんだから!」
何を待ってたかは多分、突っ込んだら負けるやつだ。
「と、いうよりもですよ、ナインちゃんはどうして一緒なの」
「夜中に、家のお風呂に入りに来るだろうと思って、待ち構えていたら本当に来ましたので、こちらに同行を」
「えぇ……」
それはないわ、という顔を一瞬したように見えたヒメ。
でもそれはしかたないのだ。
水風呂なんて、我慢できるはずないじゃないですか。
川で。
いや、単純に屋外で、裸で水浴びなんて、ふつう無理だろう?
「…い…いやむしろ…ヒメ…は…ナンデイルノ……」
しどろもどろ。
「屋根からヴェルグルちゃんがつぎつぎ落ちてきて、変だと思ったら、トキトちゃんが道を開けた感じのものがあったんで…」
「…出したまんまだったかぁ」
完全に忘れていた。
それよりも、転移の出口をかなりミスっていたことを問題視すべきではあるが。
ヒメがそこに怒ってないし、傷も何もないだろうとは、思う。
きっと、たぶん。
「ところで、それおいしそうね?」
「トキト様のお手製なのですよ、ヒメさま」
「わたしも貰おうかな!」
「あ、うん」
特別おなかがすいていたわけでもないので、トキトが自分の器に注ぎ足して、ヒメ用に渡す。
「おいし!トキトちゃんやっぱりなんでもできる!」
何でもはしないよ。
目を少しそらしながらではあるが、ヒメに近付くと同時に本来突っ込んでいるだろう言葉を飲み込む。
「ほんっと心配したんだから…」
少し味わったスープを置いて、ぎゅっとヒメがトキトを抱きしめる。
親心たっぷりの愛情を思わせるシーンだと思われるが。
「はぁ……久しぶりこの感触!」
全く違う感慨を味わうヒメの姿。
いっそヘブンみたいな顔で欲望を満喫する変態の姿が実際のところである。
「ともかく、また、さらわれちゃったらどうするのお?」
「私の意志がある限りは、それは無理だよ確実に」
うすら寒い瞳をしながらだが、トキトは確固たる自信がある様子。
「安心しちゃだめだよ!」
ヒメの過剰な過保護はわかるが、何年も続くものだろうか?
「私なら、トキトちゃんを見かけた瞬間かわいすぎて、抱えて帰って家の飾りにして出さないところだよ!?」
「明確にそれは犯罪なのよ…」
和らげて言う表現の用語がすでに見つからない。
「あとその…」
「まだあるのヒメ…」
「一応、いちばん高かった下着付けてきてるんだけど…見る……?」
「そのネタはもういいの!!!」
それから。
「ああ、シュワシュワなみずならしってるぅ」
もしゃもしゃ。もしゃもしゃ。
「やっぱあるんだ…」
地味に内心の喜びを隠せないトキト。
「でも飲むとふらふらになっちゃうから、トキトちゃん飲むのは許さないんだよう~」
もしゃもしゃ。もしゃもしゃ。
「そっちの泡立つのじゃないほうですね、ヒメさん」
お酒もちゃんとあるのかこの世界。
と、その前に、ひたすらずっとミルク鍋を口に含みながらですよヒメ。
「ま、ですので、水に溶ける基本は体に無害な気体があれば、それでソーダ水は存在できるわけですよ」
「科学な話してんなあ」
「それでいて、常温の環境で『抜ける』ことが必要ですので、基本的に圧力がかかりうる地下などでないと、天然では発生しにくいわけですねぇ」
泡が出るようになる仕組みの説明なのかな?という程度。
トキトはあまり理解する気にもなっていない当たり前の何かだったが。
とにかく、炭酸としかトキトは呼んでいなかったが、発泡する気体があれば二酸化炭素でなくても炭酸は飲めるのだということとする。
「今から行こうかと話しているその水がある谷は、まぁ、行くと窒息で死ぬといわれているわけですが」
「だめじゃん!?」
「ものすごい活火山なだけで、その水そのものは薬として扱われて無害なんですよ?たぶん…」
「……ナインちゃん、そこって……」
「イカナ西渓谷です」
「やっぱりか…」
ヒメ、少し知っているような口ぶり。
「行くのなら、私は避けとくよ…トキトちゃんのお守りよろしくね」
珍しい。
基本的にデートだデートだと、機会があれば喜んでトキトに同行するヒメが。
一時期犯人狩りバイトしてたのも、ほぼ内緒の作業に近かったからヒメが来なかったわけで。
「火山とかだと、お肌に響くし、やっぱ怖いもんね」
「怖いのはそりゃ、火山だもんね」
言われれば、欲がなきゃトキトだって行く気にならないところだ。
「たっぷり汲んで、何度も行かないようにしたいのと…冷やす何か、やっぱりほしいなあ」
「川に浸しておくのではダメなの?」
「キンッキンに冷えたってあの冷蔵庫の感覚は、どうやったら伝わるものかなあ…」
難しい、とても難しい。
「それもそうですが、完全に密閉できないと、汲んでも何にもならないです」
「やりたいことが多いなぁ、もう!」
「勉強もほったらかしだもんねトキトちゃん」
「あ」
そうだった、文字も覚えないと、いろいろ困るんだ。
教わって間もないから「探さないで」が書けたので安心しきっていた。
「それとだけど、ねぇ…」
「会話張り切ってるねぇ、ヒメ…」
「…そうじゃなくて、そこのベッドのひと…誰?」
そうだった。
初めて見るのが当然だよ。
「ですので、ええと、私から説明しますと、クアヤ侯のお嬢様です」
「なんでここに…」
「あの誘拐の話の…えーとなんだっけナイン」
「クアヤ侯とポッテ侯の痛み分けのための交渉を、彼女にしていただく予定だったのですが…その、正気を失っておられて…」
「…むしろ今現在明らかに失ってるけど…」
引きつけを起こしたような声で息をしてるレイお嬢様。
いろいろと、言いたいことが各自あるのはわかる。
て、なんだっけ?
そんな話で進行してた覚えがないこと、言ってないかね?
そのつじつま合わせをすべく、ちょっと意見合わせを皆でしだすこと、数分…。
「…色々聞くと、まぁ、先走りすぎと八つ当たりすぎ」
「カナのせいではないから、まあ気にすんな」
「おおよそトキトさまの行動力が原因なわけですが」
「ナインだって仕方ないってったろお!?」
「でしたっけ…」
すぐそうやって私のせいにする!
私として今でも後悔してないから、大体私の思うままなのは間違いないけどな!
そんなトキトの、ちょっと楽しい気持ちを感じつつ。
「ま、わたしが気付けの何かを用意しましょう」
「そんなことできるんだ、ヒメ」
「ま、なれたもんよ~」
慣れてるのはやばい。
そういう状況に慣れてるのは、正しく正常じゃないぞヒメ。
「まずいってらっしゃいなトキトちゃん…そう悪いところでもないかもよあそこ」
「おー!」
いいものがないので、炭酸の入れ物は、木箱に近くの熱収縮する草の葉っぱを貼って包むという、心もとない何かを使うことにした。
雨水はこれで漏れもなく溜まるので、何とかはなる気がする。
実験だから、細かく細心の準備はまあ、いいだろう。
でもって、いつもの転移で移動。
地図上は現在地の森から首都に行くよりは近い範囲だ。
火山なので、万一があれば溶岩のど真ん中に転移する怖さがあるので、何度か試すのは忘れない。
「ほんとだ…炭酸だ……ホットドリンクだろうけど」
「浸かると血行が良くなるらしいですよ?毒ガスでなければ」
「ここまで来てそれを言うのかねナインくん」
暑さとガスで早速おかしくなってるのかなという話運びのナイン。
濡らした布を口に当て、いわゆる吸引対策も心得て火山に特攻したトキトとナインのふたり。
カナは理解すらできていなさそうなので、おいてきた。
「あくまで私の意見ですので、聞き流していただいていいですが…あっちの黄色い煙のほうが役に立ちませんか」
「明らかに毒だが、何言ってんだお前」
突き落としてやろうか。
そんな光さえ見せる、不信感たっぷりのトキト。
ただ。
「入って大丈夫でないと、持ち帰っても安全に飲めないと思わないことは、ないんだよ、ねぇ?」
「正気に戻ってもいいですよ、トキトさま」
炭酸風呂って話で聞いたことしかないので、実際は入りたい。
すごく入りたい。
もうすでに上半身半脱ぎになって怪しい火山にいる女二人。
「でも汗すごくない?」
「トキトさまも……」
入りました。
口は覆って。
そんなの全く意味ないレベルに、少し遠くに地獄そのものを満喫して入りました。
温泉、最高。
「はぁ~、いいお湯だったわぁ…たまには旅行とか満喫しないといかんよ」
「楽しまれたようで何よりです」
「おかえりぃ!ベッドの子、目が覚めたよお?」
「おっ、すごいねやっぱヒメ!」
そんな順調とは、さすがに思っていなかった。
言ってしまうと、人質として生きていれば、親からさらに情報などは引き出せるはずだし、あのままでよくねとまで思っていたくらいのトキトである。
「…やっぱりですのね…なんで、こんな形で近寄ってきたのかだけ、理解は全くしかねますけど…」
体は動かしていないが、顔だけで睨んでくるのはわかる。
「ほんとだ、正気じゃないの」
トキトも対抗でもするように、かなり失礼。
「ヒメ様、こんな形で私などに…お話を」
「あれ、あなたヒメと知り合いなんだ?」
自己紹介は済ませてたんだな。
「…何言ってますの?」
「ん?なんだい喧嘩か?」
「私たちの国の先王様の、たったお一人、直系の血筋を残されている姫様を知りもしないはずがないじゃないですの…侮辱ですの…!!」
「………は?」
【登場人物紹介】
トキト
異世界から転生して、その名で呼ばれている女の子
だいたい二歳か三歳と思われるが、魔法により基本は年頃の女性に変化をしている
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
かわいいものとトキトを何より愛すると言ってはばからない、誰もが笑った顔以外ほぼ見たことがない程にポジティブを凝縮したような女性
ただ、トキトに手を出したり傷つけるものは何人たりとも許さない。
大人のトキトと同じか少し上くらいの年齢のようだ
交渉上手だったり多彩な才能をのぞかせるが、自分語りは基本避ける傾向がある
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っていて「ですので」が専らの口癖
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
当人の性格そのものはさほど暗い性格ではないが、トキトによく殴られる
ただ、常に控えめで、下手に出る性格ではある
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
レイ・イバヤク・クアヤ
誘拐事件の実質首謀者とされクアヤ侯の元から拉致された一人娘
上流階級のプライドと作法、顔の広さでは誰にも負けない自信を持っているらしい
数々の恨みとばかりに人災天災を問わず襲い掛かる苦難の果てに彼女の明日はあるのか
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
トキトやヒメと出会ったことで自堕落なお役所仕事を改める気になっていくらしい
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
それによって何かに目覚めた
らしい
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、トキトとヒメに助けられたことで、それなりの恩を感じているようだ
食べ物の誘惑(とくに呪霊樹の実)にはとにかく弱い
リーダーの名前はシタニ
以下 ノマニ タコビ テイ イツ ワレ チデ ラハ カテ トタ ナッ スヨ の順に群れの地位が高い




