たべもの
「思えば、アイス屋がないわけだよ」
「学校のお話をしていたと、お聞きしましたが」
もはや精神をやられているとしか思えない裸の女を引きずりながら、えらい平和そうな会話をしているトキトとナイン。
会話の合間に、許して…とただ繰り返す声が聞こえた気もするが、特にどちらも気にしてはいない。
「街には連れていたくないし、ここに仮の小屋でも増やすかなぁ」
「今からですか…」
「まあ、大丈夫、大丈夫!ヴェルグルみんなこの木の実食べさせるって言うだけでついてくるから」
「言うだけだと誘拐みたいですね」
「悪いことしている人なら悪事を重ねるのかって言われるだろうけど、私は良い人スタンスだから!」
「私も、実際にしないだろうとは思っていますからね?」
「逆に念を押さないでくれるかな、信じ込もうとしている人みたいな印象にされるからさ」
廃人みたいな人を引っ張りながら言うことかは、疑わしい。
「……でも、あの日以来あいつらと話してないから、不安はあるんだよね……」
実際。
バレンタイン再現事件の爪痕は深い。
「ナイン、代わりに聞いてきてくれたりしない?」
「どのみち作るものの話聞くときに会わないといけないのですから、無駄だと思います…」
「…おにょれ…」
「と、言うか、ですね?私だって誤解はちゃんと解消されては、いないんですよ本来?」
ちよっと引いたジェスチャをするナイン。
「…………ほんとごめんなさい」
「ですので『今夜お前シャワー浴びていい下着付けとけよ』なんて言われたら、断れないし本当にどうしようかと」
「言ってたまるか!つうか断れ!」
そういう悪質なギャグ言うキャラだと思わなかったよ、と、トキトの目が言っている。
「でも魅力が全く無いって言われたら、それはそれで寂しいじゃないですか?未知のすごい好みの相性が発見されたりするかもしれませんよ?」
「いや…うんって言いそうになったけど、その考えがもう自己嫌悪なわけよ、大事に生きていこう!」
「アクションが大きい割に、トキト様はけっこう好奇心控えめですよね」
「そこはいい所はってつけろ」
適当なところに、もはや原型があるんだかないんだかのお嬢様、レイを寝かせて、数日ぶりの王都の家へ。
トキトは気が進まないまま、帰宅。
ヒメがいないのに少しだけ安心して、ヴェルグルの長のシタニと交渉。
そして承諾からの即時転送。
安定の労働力として、こいつらはもう、確固たる信頼感すらある。
なんか赤い顔で「あの食べ物またくれるなら…」的なことを熱弁された気もするが。
そのうちやるとだけトキトは一言。
鍋に大量に余ったのは、一応捨ててないし。
材料も米俵みたいの一つ分だし。
でもって、材料は数百メートル離れたあたりの沼から斥力で吹っ飛ばした普通の樹木と、呪霊樹を好きに使っていいと指示。
雨風がしのげればまあいいや、程度の気持ちだ。
完成が一日で済むとも思っていないので、ナインと共同でお嬢様の体を洗う、服を用意する、食べ物を持ってくるなどの作業も行う。
ついでだが、ヴェルグルに報酬の呪霊樹の実と小分けミニチョコも配ってしまうことに。
余ってるからな。
「…あれ…三時間くらいのはずだけど…」
「ハタラクハタラクー」
「モットクレ!」
「我々は納期を遵守いイタシます!」
「死ンダ目デナ!」
「ハッコーベッハッコーベー!」
相変わらず、言ってることを正しく理解すべきではないと感じる。
でも、なんか、足に抱き着いてくるのがいたり。
反応、前と違うくない?
きみたち。
その辺の驚きも含めて、ちょっと目が点になる。
完全にログハウスができてる。
不安すぎるほど早すぎる。
風で倒れないかを聞くのは、こいつらのモチベにかかわると思うので、祈ろう。
「ハイ集合!ではこれからお仕事の成果を祝って、ボーナスを支給します!」
小分けに包み紙に巻いたボール状のチョコもどき。
めちゃめちゃ寄ってくるので、並ばせるという新たな文明の知恵を与え、順番に支給するトキト。
本当に今までどんな仕組みでこいつらは生きてきたのか。
「ベッドまである!?誰用なんだよど真ん中に!?」
でもって、ヒメにばれないよう早々に転異空間で街に帰ってもらった後、ベッドに葉っぱをくるんだ簡易マットを作成してレイお嬢様を寝かせ、水や食べ物を含ませる。
あとはしばらくほっとこう。
「んで、アイス食べたいわけさ」
落ち着いたところで、出来立てログハウス内のトキト。
「移動が自由なのであれば、北の山に行って雪を食べたりするのが早いのでは…」
「私の魔力だって、それなりに限りはあるんだよ?一口のために数百キロだのはカロリー消耗し過ぎで干上がっちゃうよ」
「…その…アイスというのは、いったい…」
「いい質問だな、カナくん」
レイを開放するタイミングで休んでいいよと指示はしたが、正直忘れてた。
休むにも帰る場所用意してなかった。
不満くらい言っていいぞカナ。
「なるほど、氷を使っていろんなものを冷たいまま楽しむ食事なのですね…」
「うまいぞう?ストーブの前や真夏に溶けかけをすくうようにして食べるアイスは」
「私、冷えた食べ物だと家の主人が食べ終わって火を落とした後にやっと食べられる一日一食のスープが普通だったころを思い出してしま…」
「安易な鬱展開!」
バシッ!!
「!?…な、なぜ今殴ら…!?」
「もういいよ!そんなに話をそう持っていきたいなら、私が三食汗なしで食えないシチューと鍋とフォンデュで埋め尽くしてやるよ!覚えておけよ!あっついからな!」
「な、何か私が悪いことを…?」
「トキト様なりに、これはこれで気をつかってるんだと思いますよ、手料理する気満々ですので」
「まってろ!今すぐ牛乳がゆでそんな思い出二度と語れなくしてやるからな!」
言って外に飛び出すトキト。
数分でキノコや雑穀たっぷり牛乳鍋を手に持って帰ってくる。
ヴェルグルを問題視した割に、こっちも時間がおかしすぎる。
「…この時間で味の調節して煮てるんですねえ」
ナインだって、そりゃ突っ込む。
「本当はもうしばらく煮込まんと美味しくないと思うんだけど、沸騰すんのが早いからなあこの世界」
ぐつぐついってる鍋を持って、肘に引っ掛けた袋をナインに顎で取れと指示。
木の葉が詰まったそれを鍋敷きにしろというご指示なので、広げてその上に鍋が着地。
「数分まつべ」
おやつなのか食事なのか、そういう三人の会食になる。
「私のために、すみません…」
「それだけで泣くことじゃない…でもとりあえず鬱にしとけの流れは許さん、叩いて砕く」
よくわからない確固たる意志。
「で、この世界の保存食とかはどうなの?これも悪くなりかけだから豪勢に使ったけど、あの木の実とかとても食べつくせないよ?」
「干すか燻製、塩漬け以外は私もよく知りませんねぇ、ですので食べ物は焼くのが基本を、心がけていますが」
当番制なので、わりと打てば響く程度の反応は各自ある。
「魔法があるなら、それで、たくさん独自の文明ありそうなもんなのに、今まで見て見当たらなすぎるんだよ、ここはさ」
悪党の開発室、みたいのと図書館にはあった。
しかし、本当にそこだけ。
街中は首都なのに田舎町っぽいし、あれは珍しいと気をひかれる施設も立ち入れない城の敷地だけ程度にない。
図書館だって、建材からご立派でもないし、周囲の建物に紛れるカムフラージュしてんのかと思ったくらいだ。
魔法っぽいもの感知も、呪病に飲まれているのか一度すら成功したためしがないというのは、異世界や剣の魔法のバイオレンスを期待したものが見るには、もはやもの悲しさすら感じる。
「この国は、極端に偏ってはいます…あるところ、そして、ないところ」
「…国としての機能が…戻ってきて間もないですから、大きく目立つことはしませんよね、きっと…」
カナが出てきたということは、沈む口だなと。
そして、長くなりそうだなと。
そう、思い。
「ま、話がそっちにずれるのは今は避けよう」
修正を強制するトキト。
「私が魔法の世界みたいな話を作るなら、氷結の魔法使う人集めて余った時期に食料集めて保存して、それこそ荒稼ぎするところだよ」
「そんな高等技術の怪物集めるお金があったら国が買えるんじゃないですかね…」
「だめかぁ」
「むしろトキト様、あんな自由に移動するすごい魔法があるのですし、氷など楽に作れるのでは?」
ナインが、ものすごく気楽に空想を垂れ流す。
しかしだ。
「馬鹿言うなよ」
「…難しいのです…?」
「炎だの氷だの、魔法といえばこれって楽に言うけどさ、私の知るそれって、一定の空間の規則を書き換えて自然で起きないことを強制介入する非効率極まりない物理への暴行だよ?ないない」
「そっちのほうが難しいの、ですか…」
「私がやってるのは虚空に魔力詰めて固定して、そこにあった元の空間がずれるのと直ろうとする法則を、ほかの場所に移行と適応させたりって感じの効率最重視の術だもの」
「は、はぁ」
「氷だのは、例えば一定の場所の物理法則ってルールをそこだけ40℃で凍結するように変更するという、世界に対して書き換えてから元に戻すって、消費に際限ないルーラー能力なわけよ、もしくは無からの物質創造って神の業…私には無理だね」
「「難しいのはわかりました」」
専門用語過ぎて理解ができないふたり。
そっちも突き進むのはやめてもらって、主題を戻そう。
「とにかく何より、アイスがただ食べたい!コンビニで弁当とポテチとアイス袋に詰めて公園で食べたい!」
「…そっちも、用語が難解ですね」
カナにとっては日常でも何でもない世界の様子なので、そこは仕方あるまい。
「何ならコンビニ経営がしたいくらいだ…店は清潔なのがいい…テントに野ざらしはもう見すぎた」
一方のトキトも、現代と言われるものと比べて細かく言いたいことは、今も尽きないらしい。
「確かに清潔感、というのは、大事な要素かもですので」
「世の中の商品をすべて包装紙でくるむ法律でも作りたいものだよ全く」
「悪法になるの間違いなしですね」
そうですね。
「私の思う豊かな生活には、学校以外にコンビニもいるんだなぁ、あとアイス屋と…色々」
「会社まで作るのが必須だと、先は長いのですね…あと給食はないんですか?」
「高校で給食は聞いたことないなぁ……あ、煮えたかな」
鍋のふたを開ける。
中は煮立っており、過剰に熱した石が中央から少し顔を見せている。
「熱いもんばっかり食って、何度も舌のやけどでもするがいいさ!まったくもぉ!」
木の器にトキトが迷わず盛って配る。
見る分には声は怒ったようでも、いっそ甲斐甲斐しい。
「想定よりかなり甘いです……ね」
まずくはないが、混ざった色んなものがミルクの甘味を相乗的にあげている感じ。
クッキーやパンに乗せるソースなら、いい感じかもねと言える程度に。
ナインにはわりときついようだ。
その一方で。
「……こんなおいしいものが食べられるようになって……その……」
「泣くな泣くな、今言われると無理に食べてるのか何なのか区別もつかんて」
カナの精神がどうなってるのか、トキトには全くわからない領域にいるらしい。
「思ってみれば学食や購買コーナーは青春パートに必須だし、自販機ないのはおかしいし、コンビニ作りたいし、やりたいことだけで言うと、本当に底が知れないなぁ…」
しれっと、おかわりしてくるカナの器に補充をしながら、トキトが要求の整理。
「思い出すと、せめて炭酸が飲みたいよ、季節に関わらず」
無いものを思い出しては欲しくなる。
悪い思考ループは始まると止まらないのは人間のサガか。
「ソーダ水なら名前が違うだけで飲む手段はありますが」
「……ま、まじ!?」
ナインの思いがけない一言が、思い出に浸るトキトの心を動かす。
目指すもの、実は割と実現可能かもしれない。
それを感じさせるものをチラつかせられたら、そりゃもう瞳も輝かせようというものだ。
そんな目をしたその時。
「………トキトちゃん………」
びく!!
跳ね上がるようにトキトの背筋が、その声で伸びて硬直した。
【登場人物紹介】
トキト
異世界から転生して、その名で呼ばれている女の子
だいたい二歳か三歳と思われるが、魔法により基本は年頃の女性に変化をしている
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
かわいいものとトキトを何より愛すると言ってはばからない、誰もが笑った顔以外ほぼ見たことがない程にポジティブを凝縮したような女性
ただ、トキトに手を出したり傷つけるものは何人たりとも許さない。
大人のトキトと同じか少し上くらいの年齢のようだ
交渉上手だったり多彩な才能をのぞかせるが、自分語りは基本避ける傾向がある
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っていて「ですので」が専らの口癖
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
当人の性格そのものはさほど暗い性格ではないが、トキトによく殴られる
ただ、常に控えめで、下手に出る性格ではある
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
レイ・イバヤク・クアヤ
誘拐事件の実質首謀者とされクアヤ侯の元から拉致された一人娘
上流階級のプライドと作法、顔の広さでは誰にも負けない自信を持っているらしい
数々の恨みとばかりに人災天災を問わず襲い掛かる苦難の果てに彼女の明日はあるのか
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
トキトやヒメと出会ったことで自堕落なお役所仕事を改める気になっていくらしい
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
それによって何かに目覚めた
らしい
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、トキトとヒメに助けられたことで、それなりの恩を感じているようだ
食べ物の誘惑(とくに呪霊樹の実)にはとにかく弱い
リーダーの名前はシタニ
以下 ノマニ タコビ テイ イツ ワレ チデ ラハ カテ トタ ナッ スヨ の順に群れの地位が高い




