よんでね
「な!?なんですの!!あなたたちは!!」
「ピーターパンさ」
特にユウリの了解や伝達などはせず。
「誰ですって!?」
「こんなにきれいなお月さまが見られないのは、デートするにも寂しいと思ってね」
夜半に、クアヤ侯の別荘にトキトが押し掛けた。
ぱちん。
そう、指が鳴るたび。
「な、なに!?なんなの!?何を見せられているんですの!?」
壁や屋根が、見る見る円形に切り取られていく。
何人もいる護衛や使用人は、知らないところで既に、どこかに吹っ飛ばされたあと。
おおよそ、のどかな暮らしの合間に見せられて理解できる状況ではない。
失われていく何か。
削ぎ取られていくすべて。
それを片や感じながら、片や徹底的に感じさせながら。
「一緒におデートとまいりましょう?『お嬢様』」
実に短絡的に、じゃあ人質でも取りますかと、トキトはナインとカナを連れてこの日、クアヤ侯の一人娘、レイの誘拐を決行した。
「どういうつもりですの!明日には一族もろとも始末されることには変わりませんが!」
「基本的には、君の処遇以外は割とノリなだけなんで、楽しむだけだね」
「あっという間に調べ上げられて、王家にたてついた代償を払うだけなのはわかっておいで?低俗なその脳みそで!」
運ばれてから、ずっとこの感じである。
気持ちはわかるが、よく頑張るものだと頭の下がる思いだ。
イモムシ状態のまま自分を保ち続けるその心に。
そのテンションに。
「一つ聞きたいのは、だね」
トキトの側から一応話しかけもする。
「話しかけられる身分とお思いですの!下賤な汚物どもが!さっさと許しを請いなさい!生きていられるかは知りませんがね!」
聞く耳は持ってもらえないようだ。
「私が地面を荒らすだけ荒らした、あの収容所の話を、一人娘だっていうあなたが知っているかどうかなんだけど」
「何を言っているのかさっぱりわかりませんわね!知ってても言わないでしょうけど!」
だよなあ。
場所は、とある地味な穴の中。
ヴェルグルたちに、移動してもらって果物30個の対価として掘ってもらった地下室だ。
「カナは、復讐みたいな考えがあったりする?」
あの事件の首謀者の娘、という話は、あまり大きくはしていない。
ヴェルグルどもも、ウブにも、ヒメにも。
ナインと、恨み言があったらそれなりに言いそうなカナをピックアップしたのは気まぐれには気まぐれだが。
「……どちらかといえば私は、自分で作れないお金を持ってきてもらって感謝しなくてはいけない立場ではないかと、思う時もありまして…」
そこまでお前の人生は斜め下しかないのか。
「そこの貧乏くさいのは、私に何か今更言いたいことでもあるっていうんですの?」
「やっぱりあんま話は聞いてないな、君…こいつはお前んところの親に商品にされて売られかけたらしいんだけど」
妹含めて知らないところに好きに売られてたのに、気楽なもんだ。
自由がどうとか、私なら耐えられないとしか思えないはずだけど。
そうトキトは、考えの違いを痛感したりもするのだが。
「そんなことを信じている!?馬鹿な人たち!」
勢いでやるには確かにいいことじゃない。
「そんな小遣い稼ぎみたいな小さいことを諸侯といわれる大貴族が手引きするなんて、本当に思っているの!?頭の弱い人たち!」
たしかに、ごもっとも。
小出しに流された情報の積み重ねでしっかり信じ込まされ、ただポッテ侯の策で悪い事させられていた、などとなったら目も当てられない。
トキトなりの慎重な身の振り方ではあったが、書類偽装などでユウリまで一緒に騙してた、などがないかは疑っていなかったのかもしれない。
ナインを、何気にちょっと見てしまうトキト。
「お話、できますかレイ様」
「私の言っている事がやっとわかったの?頭のいい最下層のゴミもいるにはいるのね!」
「ですので、これを一目ご覧いただけると、私どももふさわしいおもてなしが可能かと…」
「まぁ、この時点で頭が少し切れようと死刑は決まっていま………ま?」
ナインがひとつ、紙を広げた。
ご丁寧に手足を縛りあげられている横で、それなりに見える位置に。
「奴隷の売買契約そのものの密約書です」
は?
そんなもの、私は知らないぞ?
トキトのほうが言葉にならない程度に面食らう。
「見覚えはおありでしょう?父上様のご署名と、ギイセダ帝国のロマ公の署名が直筆で並んでおります」
「こんなものを、こんなものをお前たちが持っているはずが!?」
「収めたこの封筒も、ロマ公の封蝋と紋がはっきりございます、これの偽造は非常に申し上げにくいのですが、不可能です」
「嘘つき!そんなものをお前ごときが手にできるはずがないわ!それ以前に、そんなものが!そもそも!存在しても残るはずがない!」
「レイ様、非常に残念ですが、異国との不平等な契約こそ、クアヤ侯は捨ててしまうはずが…ないではないですか…ですので…」
絶対、偽造だよあれ。
ほかの国の紋章だなんだ、そんな細かいのどこで仕入れたかは知らないけど、そんな大事なのを都合よく私たちに渡すなんてユウリが一時的に預けられていたってするもんか。
じゃあ、どっちにしても、このナインはなんなんだ。
トキトの感じた怪しいゲージが、最近鳴りを潜めていたがまた急上昇。
そっちの慣習や実情は知らないが、なんだよその嘘に嘘を重ねるような怖い威圧。
「返せ!!父様のならば返せ!今すぐ!嘘でも本当でも、お前の手にあるのは許されないそれを返しなさい!!卑怯者!」
効いてるわ。
私にはわからないが、立場は変わっているらしい。
「暴れないで仲良くしようよ、あなたが親元から離れて静養する気があれば、きっと仲良くなれるよ」
「うるさい!絶対殺してあげるから!こんな嘘まで用意して、私をこんなにして生きていけると思うな!!罪人ども!」
結局取り付くしまがない。
「しかたない……なら、あれしかないのか」
ぱちん。
指を鳴らす定番の音。
そして今回空中から出てきたのは、箱。
しっかり用意してから、仕方ないもクソもないもんだが。
数回、指を鳴らす。
そのたびに増える、結構な量の箱。
「…んじゃナイン、言ってたやつ、頼むわ」
「悪いことは、これっきりにしてくださいねトキトさん」
表情的に、けっこう嬉しそうに言うな、お前。
「放して!放しなさい!何しようっていうの!お前たち最高にひどい死に方するからって、私にこんな!!!」
手足を縛ったのも、そもそもナイン。
ならと聞いてみたら、縛ったり拷問したりというのも、経験がないわけではないというナイン。
トキトは生かして苦しめる、というのは全くの専門外なので。
やり口はナインに任せるよりほかない。
「ですので、汚れてはいけませんので、お召し物はお預かりをして……」
「やめてよ!下賤なその手で触らないで!バカ!畜生!嘘つき!人でなし!嫌!!!?」
よくそれだけいっぱい話すものだ。
そのうち喉潰すぞ、それ。
言っても仕方ないけどさ。
そんな心配顔のトキトをよそに、レイの貴族らしいきれいな服をはぎ取って、吊し上げのスタイルを着々と整えるナイン。
手際が良すぎる。
ずっと罵声が続いているが、もう全部理解して聞いてはいられない。
そして晴れて、一糸まとわぬ貴族令嬢の拷問施設の出来上がりである。
少なからず正義を名乗る物語の主役がやることではない。
名乗ってないからいいがな。
「何が見たいっていうのよ!何させるっていうの!!」
「わたしもよくわかんない」
トキトの正直な意見。
だが、言ったそばから、自分で運んだ箱を蹴り飛ばし、中身を転がしていく。
「私と一部ヴェルグルと、カナとその妹で丸二日集めたわ、これだけ」
木の実。
正確にはそれなりの大きさの果実だ。
ヴェルグル相手には即座に釣れる金銭以上の価値があった。
ので、きっとこの使い方を知ったら怒るのだろう。
「呪霊の実…?」
さすがに変なものを見たと思っているのか、レイも言葉を一度切る。
「健康や肌にはいいらしいわよ、これ」
価値はよくわからない。
あまりに目の前に転がっているので、これでいいやと集めただけで。
「見せたいだけなら、もう充分ですわ!誰でもそれに群がるとでも思っているのなら、浅ましい盗人のものの考えですわね!!」
「これから、言うこと聞くって言ってくれるまでこれしか君、食えないから」
「はぁぁ!?」
トキトがさらりと言うセリフに、言葉すら失うレイ。
「な、なな…何者なのあんたたち!なんで私たちに敬語使って、あんなわからない手紙持って、私を閉じ込めて!」
「で、あとは頼むわカナ」
「……こんなこと、私、していいのか……」
「私が奴隷を横取りして、全部所有物にしたことにして、私の言うことに従うしかないとでも思えばいいんじゃないの?このさいさ」
重ね重ね心のないことを。
この言い訳、そういえば前に誰かにも言ったな。
トキトは思ったものの、どうでもいいことなので思い出す気にもならない。
「ではすみません…わたし、これからこれをつけて、レイさまのお世話をさせていただいて…その…」
「なんかはっきり答えなさいよ!あと服も着せなさい!死にたくないでしょ!?」
「わたくし、飼われた形らしいので、もうなんとも…ただ、言われたようにレイ様のお口にこれを入れて、あとは周りに敷き詰めておけと言われたのに、従うことしか…」
もう、カナのほうこそいっぱいいっぱいらしい。
こいつが一番言葉が通じない。
「待ちなさい!本当に何しているかわかって!!!」
トキトが少し細工した眼鏡をかけて、カナが仕事を始める。
「じゃ、私たち臭いがきついと怒られるから、帰るんで」
「待ちなさい卑怯者!嘘つき!鬼!悪魔!むぐ!!」
木の実をおもむろにレイの口に突っ込む、思ったより容赦ないカナ。
口で言うより、怒っていたのか。
「…ずっと、そのままで、口にこれを…としか言われていませんので、なにかレイさまがお出しなされても、足元のこれをずっと口に入れて…転がして…口に入れて…」
ぞわっとする。
わりと狂っている。
怒っているとか、そういったレベルを少し踏み越えている何かに、カナが入り込んでいる。
そう、レイはやっと感じた。
「何言ってるの…ゲホッカホッ…」
その木の実。
トキトに言わせると、玉ねぎのような、刺激臭と目の痛み、それでいて肌に付いても痛みなどはなく、クッソ甘いらしい。
手を加えた眼鏡で目を守って、ずっといるのだろうカナ。
そして彼女はずっと、レイの口にこれを詰め込み続けるらしい。
飢え死にはしないだろう。
だが、それ以外に何が許され、何が可能だろうか。
吐こうが、それ以外の何かの体液が出ようが、カナの起きている限りその辺のものを拾ってただ口に突っ込まれる。
そんな刺激臭に満たされた密室。
なお、誰もそこまでとは考えていなかったが。
泣こうが条件を飲むと言おうが、トキトの命令がない限りは指示だからとそれを繰り返す覚悟で最初からいる。
誰も想定していない地獄が始まっていたのである。




