ひとむけ
タスケテ。
「あんなの…」
近づいてくるたび、息がものっそい荒いのが伝わる。
「何をしても、忘れられるわけがありません」
タスケテ…。
「あの時みたいに、正気がなくなってしまうまで…」
それ気絶して、その間に誰も知らない妄想の世界を体感しただけでは!?
「また、私を存分に、使ってください……!」
「助けて!」
わりとガチ泣きに近いトキト。
今まで感じたものと違う強めのホラーがその身を襲う!
「あなた様からしてくれましたのに、そんな怖がるようなお顔…」
もう、バッサリ脱ぎ捨てて、それ以外何も考えてませんといった勢いのユウリ。
「正直、前より興奮します」
前は興奮する隙すらなかったろうしなあ!
そりゃそうよなぁ!
言っている場合ではない!
こちらと幼児ぞ。
体のアレ的には!
精神年齢的なことを言えば、何でもありなんだろうけどさ。
でもこんな、悪意も殺意もないけど食い気はマンマンみたいなのは今まで無かったよ!
「ひっ!!!」
手を出しようがないまま、決まった流れかのようにベッドに押し倒される。
「そう…この、女性の香りと幼い甘い香りが重なったような、あなたに包まれて……」
手軽に着れるのがいいと身に着けていたワンピースなぞ、するりと剥ぎ取られぇの。
と、いうより、逐一そんなのまで口に出して実況しないで!死にたくなる!
トキトの精神は限界などとっくに超えて意味も分からなくなっている。
「…こうして、肌を感じあって……」
「たしかに肌接触が広くないと、私、できないからね!それりゃそうしたね!」
でも、長時間じゃないはずだ!
「甘美です、とても甘美です」
浸ってる。
もう世界に浸って言葉が通じないんだよこれきっと。
耳元に口を近づけないで!
息をすごく吹きかけてこないで!
もう何してるんだよこれ!
くち!くち!
今の世界だって前の女子高生時代だって私、清純で爽やかで未経験が売りなんだよ!
裸でそれが何されてるのさ!
もう、わからない。
このままだと何をさておいて心が死ぬ!
だったら望み通りにしてやるよ!
「……あぁぁぁぁ!こ、これっ!!!」
「そんな声、前出さなかったろ!?」
めいっぱい吸った。
トキトは前も加減を知らないまま、気絶するほど吸ったが。
いっそ容赦なく、精神力を奪いつくした。
「はぁぁぁああああぁぁぁぁぁっ!」
勘違いさせる声、もうやめてよ!
「……狂的だった……ほんと強敵だった……」
絡みつくように抱き着かれ、裸にひん剥かれ、押し倒され。
奪ったものもあるが、それと釣り合いが取れないたくさんのものを奪われた気がする。
トキトの中の何かが、それに深いダメージと、トラウマに近いものを感じされる軋みを訴えていた。
もうヤダこの世界。
トントン。
ドアを叩く音が、今更する。
「何かありましたか?開けていいですかトキトさん」
「ダメだってわかってて聞いてんだろお前ぇ!」
八つ当たりだ。
ナインは確かに知っていて、情報の報酬のエサとしてトキトを差し出したからトキトに伝えたんだろう、という考えは、この時さすがに頭が回っていなかった。
精神的に、いっぱいいっぱいだったのだから、そりゃそう。
何とか気持ちを取り戻したトキトは、それから、触りたくないけどユウリに布団をかぶせて見せられないところは隠して。
自分の身なりも整えなおして、ナインを呼んだ。
「なにか、涙の跡がありませんか?」
「やかましいわ」
売りやがったくせに。
落ち着けば、やっぱり早めに理解できて不機嫌さが回復した。
「で、二度と目が覚めない可能性があるんだけど、どうしたらいいと思う…?」
「私に聞かれましても」
お前のせいなんだ。
「とはいえ、彼女はあの置物を自在に扱えるようになって、領内でも戦力としてポッテ侯の相当なお気に入りとなっておりまして」
「まずいよなあ、誘拐事件の証人として、自由に使える立場としても、それだけで今回重要な位置だもん、この子」
怖さのあまり、やってしまった。
恋はなかった。
いや、故意はなかった。
「いっそ、化けます?」
「いや体格で言えばそっちだろ?ナインやれよう」
「私はそもそも、ポッテ侯と面識がありますので絶望的じゃないですか」
「でもやってよ!」
「無理ですので!」
「…う……ん…」
!?
「お目覚めですか?ユウリ様」
「……あ、ああ、あなたね……いい仕事、してくれましたわ」
やっぱり売ったろ!ナイン!!
それよりも。
「無事なの!?あなた!」
「あら、大事なお方…ご機嫌麗しゅう……もう一回戦お楽しみしたくてお残り頂いたのですか?」
一回戦とか勝負とかいわないで!
そこまでいかがわしいことした覚え、私側にはないんだから!
トキトは耳まで真っ赤にして、黙っていたけど心で叫ぶ。
「それより!あなた…ユウリだったっけ、本当に意識はちゃんとあるの?かなり本気で吸っちゃった気がしたよ?」
「……最高でしたわ」
もし。
もしも、何事もないのだとしたら。
こいつは天才だ。
明らかに、自分の意識で危険な部分をカバーして、トキトの吸収能力からいいとこで逃げたのだ。
思えば、魔法生物に力を与えるのですら、結構な修練がいる技術のはず。
魔力を使い切って器物に戻らないよう供給をして、自分はずっと無事でいる。
その事実だけで、このユウリは無自覚で経験を積んだ完璧な天才なのだ。
末恐ろしい。
「それでは、お話のほうをひとつ」
「……いいですわ、約束を守っていただけたのですし」
「それ自体は、嘘じゃなかったわけか」
「迷っていた…いえ、他人に漏らすべきではない話なのは理解しているのですわ…でも、あんなに乱れさせられたら、言いなりに……なるしか…ないではないですか…」
「極めて心外な風評被害だな!」
私が襲い掛かって、快楽以外考えられないように徹底的に洗脳か調教でもしたように聞こえるじゃないか。
利益をただ吸い取る目的のために、箱入りみたいな貴族の子女を服従させる悪党みたいに。
…あってるわ、結果的に。
トキトがその結論を得て、自然と頭を抱えた。
そのまま、話はトキトたちに伝わる。
それは、国の内部を知る者にとって最悪に近い内容。
犯罪組織を作り、異国に売っていた存在が確定した情報である。
「クアヤ侯、ですね?」
「…ま、悩むほどの相手となると、そこが第一に疑われますわよね、やはり……その通りですわ」
クアヤ侯。
ポッテ侯、つまりはユウリの家の領地の隣にして、隣国と直に国境を接する領地をもつ貴族。
ことある毎に対抗心丸出しでトラブルを生み、それでいて数代前には分家同士の婚姻関係が存在したり、とにかくややこしい。
今回の誘拐組織の正体には、顔に泥を塗られたという表の顔、そして、内通にかかわる存在の影を探す裏の顔があった。
もし貴族、具体的には敵地に近い領主がそれなら。
仮に、クアヤ侯がもし決定的に裏切りでもするようなら、切り込みをするのは隣のポッテ侯。
気配をいち早く掴み、最悪の時に攻めも守りも整える義務がある。
一触即発を誘発される悪手を踏んでまでやる、自国を守る必然手。
ポッテ侯は、娘の誘拐から始まるこの露見を、こう使った。
報告して早々に領主を処断するよう進言するか、内々だけで処理しながらクアヤ侯の真意を覗いてみるか。
国難に至りかねない分かれ道。
それをあっさり漏らす娘。
知った一般市民ども。
ナインが予想でそれを口にする事自体、相当なことだが。
どうしたものか。
「父の一存だけで地図が書き換わるかも、という事態は避けたいものです…父は見た目ほど気は強くないですから…」
「私なら、なるようになれ程度で放置できるけど、まぁ、身内はそうはいかんよね」
「ですので、助けて、欲しかったのですね」
「…素直になれないのは、なけなしのプライドか」
「愛している方なら、打ち明けられると思ったから、ですわ……」
おいおい。
ヒメが聞いたら、こっちが騒動なのだが。
「…ま、なら助けてと言われて、なお、後ろ暗さを覚悟して逃げることたぁ出来ないか」
「で、では!?」
「断ったら塞ぎ込んで泣くだろう美人を前に、見捨てる選択肢なんて踏むはずないだろう?」
「それでこそトキト様」
もう、ありもなしも関係なく、ユウリがトキトに抱きつく。
「かわりに告白は、また今度にしてくれよね」
柄にもない約束をしたと、当然トキトは後で後悔することになる。
【登場人物紹介】
トキト
異世界から転生して、その名で呼ばれている女の子
だいたい二歳か三歳と思われるが、魔法により基本は年頃の女性に変化をしている
前世は「近藤 まる」、さらにその前は「ナノ」という名であった
ヒメ
かわいいものとトキトを何より愛すると言ってはばからない、誰もが笑った顔以外ほぼ見たことがない程にポジティブを凝縮したような女性
ただ、トキトに手を出したり傷つけるものは何人たりとも許さない。
大人のトキトと同じか少し上くらいの年齢のようだ
交渉上手だったり多彩な才能をのぞかせるが、自分語りは基本避ける傾向がある
トキトと何気なくかわした「約束」がヒメにもトキトにも大きな転機を生む
刷り込みのようにトキトが懐くのは、トキトの肉体の記憶にはヒメに育てられた記憶が大半のためらしい
ナイン
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
ヒメより見た目は少し年上
ヒメのサポートをよく行っていて「ですので」が専らの口癖
警戒心が強く、よく他人を怪しんでいるが、怪しいのは常にお前だ
カナ・シーナ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
安易な鬱設定!の宝庫
当人の性格そのものはさほど暗い性格ではないが、トキトによく殴られる
ただ、常に控えめで、下手に出る性格ではある
妹がいて、名前はタノ
ウブ・キツカ
貴族令嬢誘拐の一連の事件以降トキト、そしてヒメに同行するようになる女性
正義感が強いが粗暴で、さらにそれを表にはあまり出さないのが持ち味
いわゆるツンデレ
傭兵家業の血筋を自称していて、武器の扱いにたけている
マホ
国営大図書館の司書
趣味は防犯トラップである疑似空間の静かな環境で本を読むこと
トキトやヒメと出会ったことで自堕落なお役所仕事を改める気になっていくらしい
ユウリ
貴族令嬢誘拐の一連の事件で最初にトキトに魔力を吸われたのが彼女である
運か不運か、それによりヒーラーとエンチャンターの才能に目覚めた
トキトを除いて、人間で置物どもを自在に操り、管理するのは彼女くらいにしかできない
ある出来事をきっかけにトキトにベタ惚れして自分のすべてをささげる意思を固めた模様
ヴェルグル
謎の多い小人の種族
繁殖期になるとおおよそどんな動物とでも繁殖できるが女性のヴェルグルしか子供は生まれないという
その一代だけ強く親の能力の影響を受ける特性と生物としての特殊さからお互い人と距離を置くことが多いようだ
トキトたちのそばには十二人の集団が一緒に生活している
全員が同じ集落から人間にさらわれ、トキトとヒメに助けられたことで、それなりの恩を感じているようだ
リーダーの名前はシタニ
以下 ノマニ タコビ テイ イツ ワレ チデ ラハ カテ トタ ナッ スヨ の順に群れの地位が高い




