3:あいつもこいつも好き勝手
「春……新生活の始まり」
頭部がイカになっている角崎が呟いた。
首の辺りでイカの足がうねうねしている。彼の魔法はそのまま“イカ”。被り物や帽子ではなく魔法を使っていつも頭をイカにしている。
どうやらそれが彼なりのこだわりのようだ。
低い声で渋く呟き、やけに雰囲気を出しているがいい予感はしない。
彼が自発的に行動するときは大抵良くないことが起きるのだ。
「プール開きだ!」
「違うと思うよ」
「体育はプールにするべきだァ~‼」
「あーあ、行っちゃった」
窓ガラスを割って飛び出した角崎を見送り、たまたま近くにいた篠ノ原想太は特に驚くこともなく呟く。
イカとしての習性なのか、それともイカであろうとする彼なりのキャラ作りか、彼はよく水を求めていた。そのため普段よく見る光景だった。
「昔はさぁ、四季ってのがあったらしいね」
隣の席に座っている女子生徒、黒狩が携帯ゲーム機で遊びながら呟いた。
自分が話しかけられているのだろうと思い、想太は彼女に顔を向ける。
「春夏秋冬で気温が全然違ってて、夏は30度とかいってたんだって」
「すごい話だよね。今は高くても20度くらい……平均が15度くらいだし」
「そんだけ暑いっつーことはさ、昔の女は薄着になったわけ。夏になったら海で泳いだりして、そのために水着きて、ビキニも着て」
「おっぱいもへそもケツも簡単に見れたわけよ。ずるいと思わん?」
まじめな話かと思ったらそんなことはなかった。
前々からおや? と思う瞬間があったものの、普段はそこまで会話することが多くないため、今になって彼女について少し理解を深める。
どうやら黒狩は真剣にそう言っていたようだ。
「昔はインターネットが今より普及してて、エロい画像とか動画も見放題だったらしいし」
「温暖化で地球全体がどんどん暑くなってたらしい。暑くなるってことはさ、女が薄着になるってことだよね? ビキニで町中歩くやつとかいたかも」
「マジでずるくない? こっちは年がら年中ずーっと微妙な気温で生きてんのに。温暖化帰ってこいよ」
「生まれる時代間違えたぁ~……魔法とかクソどうでもいい。気軽におっぱい見れる世界の方が千倍いいでしょ」
「俺は何を聞かされてるんだ……」
見るからに気だるげな態度の少女。しかし興味の対象は男性ではなく女性であるようで、その点については並々ならぬ情熱があるのが伝わってくる。
黒狩はだらしなく机によっかかってため息をついた。
「ガチで頼むけどさ~、篠ノ原女になってビキニ着てくんない? 性転換できそうな魔法使えるやつ何人か当てがあるから」
「えぇ……そんなことしなくても黒狩さん女性じゃん」
「私、更衣室とかシャワー室とか銭湯出禁なんだよね……」
「何をしたらそんなことに……」
冗談ではなく本気で頼んでいたことに想太はなおさら呆れる。
今時、魔法を悪用する犯罪者に備えて大抵のものには魔法や魔法具を用いて対策が取られており、悪事を為せば即座に処断されるのが常識。
想太は物語などではなく現実に出禁にされている人を生まれて初めて見た。
「マジでなんにもしないから。ただどんな感じかなーって見るだけだから」
「うちに泊まったらいいよ。ご飯も食べさせるし、気軽に来ていいから」
「篠ノ原だったら簡単にヤレそう……いやいや! ゲームとかがね、上手そう!」
なるほど、これが理由か。
想太はなんとなくではあるが察した。
いつも気だるげな黒狩がいつになく生き生きしている。だがその理由に思い当たると微妙な顔しかできなかった。
「でも実際さぁ、昔は一夫一妻制だったみたいだけど今は時代が違うわけよ」
「合意さえあったら別にいいんだし、ね?」
「篠ノ原だって男じゃん。人畜無害そうな顔してるけど性欲はあるじゃん。そんで私は女なわけよ。対象として問題ないし」
「あんたまだ知らないだろうけど、女の子って気持ちいいんだよ?」
「普段は男でいて、必要な時だけ女になればいいわけじゃん。そしたら自認とかそういうのも守られるわけで」
「いや……そんなこと言われても」
意外にぐいぐい来て見るからに必死であり、若干息を乱していた。
黒狩の初めて見る姿に想太は静かに引いている。
きっとこうして出禁になったんだと今では確信していた。
そうして黒狩に言い寄られていると、突然彼女の首に大きな手錠がかけられて背後から引っ張られる。彼女はぐえっと小さくうめいた。
視線を動かすと、クラスの学級委員長を務める有井が立っている。
彼女は苛立ちながらため息をつき、右手で手錠を握っていた。
「黒狩さん……あなた、女子生徒のみならず男子生徒にまで手を出すなんて。懲りないだけでなくさらに被害を拡大させる気ですか」
「被害とかじゃないから! みんなその時は気持ちいいって言っ……ぐえぇぇ⁉」
有井がそっと力を加えるだけで、黒狩が首を押さえて苦しそうにした。
手錠のサイズが少し小さくなってぎゅっと絞められているのだ。そもそもが手錠を巨大化させて彼女の首に巻いているわけだから、サイズの変更くらいいつ何時であろうとわけはないだろう。
有井が持つ魔法は“手錠”。
まじめな性格にぴったりである。
彼女は何事も整然と整頓されていることを好み、規律が乱れることを嫌う。その性格を見込まれてクラス委員に推薦された。
仮に委員長じゃなくても黒狩のような生徒を許さないに違いない。
「一夫一妻制が昔のものとはいえ、恋愛観は人それぞれです。いつの時代も強要していいはずがありません」
「や、強要はしてないって! 同意しかないから!」
「だいたいあなた、お付き合いしている人が何人かいるでしょう」
「いやー、まあ、なんていうかこう……たまには違うのも味見したい的な?」
「……最低ですね」
「いやでも! 同意があれば問題ないから!」
想太は眉根を寄せて気まずそうな顔をしていた。
自分がターゲットにされたことも含めて、まさかと思うことばかりでなんとも言えない気持ちになっている。
(黒狩さんってそういう人なのか……人は見かけによらないっていうか)
(女の人になる……かぁ)
(そんな魔法もあるんだなぁ)
「篠ノ原くん? あなた、今何を考えているんですか?」
「やっぱ興味あるんでしょ! 女になったらさぁ、私が手取り足取りトイレから着替えから全部教えて……ぐえぇ~っ⁉」
「い、いや、違うから⁉ そんなことないよ!」
つくづく魔法使いというのは変わり者だ。
初めて知った黒狩の素性により想太はなおのことそう思った。
魔法名:イカ
イカになれる。
魔法名:手錠
手錠を生み出すことができる。
サイズ変更可能。
使用者のみどんなサイズだろうと重さを感じない。




