第6話 世界の創造(下)
ノアが地上に降り立つことで、この世界に理が生まれた。マリエが地上に降り立つことで上空の靄が晴れ、太陽の光と熱が地表を温め、そよ風の吹く暖かな気候に変化した。ロマーが地上に降り立つことで、この世のすべてに名が与えられた。
「見てみろ、あいつは元気にやってるぜ」
ロマーは自分が創り出した小さな生物を指さした。冬眠から目覚めたかのように体を小刻みに震わし、表面に張り付いた氷を払い落としている。
「消えない! これならたくさん創れる!」
ノアは嬉しそうに創造物を作っては、見境無しに解き放って行った。彼女が創る生物は相変わらず不定形の不気味な姿をしていたが、生命力と繁殖力が強く、良く動き回り生息区域を広げていった。
「……スタートなのね」
感慨深げに周囲を見渡すマリエ。ノアと出会ったころが遠い昔のように思えた。風になびく髪を抑え打ち寄せる波を見ていると、あることに気が付いた。
ノアは聖刻の根源から聖刻を取り出さずに生物を生み出している。手を伸ばしてみたが聖刻の根源に触れることはできない。
「気づいたか? どうやら自分自身が聖刻の根源になったみたいだ」
視界に入る新たに生まれ出るものに名をつけながら、ロマーが背後から声をかけた。彼が歩くと大地が陥没と隆起を繰り返し、山脈が生まれた。
「次元が上がっ……あら?」
マリエはロマーの方へ向き直ると、彼の顔や腕、脚に小さなクリスタルめいた結晶がいくつもこびりついていることに気が付いた。
いや、自分の肌にも同じように結晶ができている。強度は無く、触れるとパラパラと崩れ落ちて大地に降りそそいだ。
「……体の中から染み出ているみたい」
付着物ではなく、体内の聖刻が外へ漏れ出たことで結晶が作られているようだ。払えばすぐに落とせるので害は無さそうだが、放っておけば結晶が大きく育っていくため無視をするわけにもいかない。
「俺たちワースメーカーの次元がこの星の次元と合わないらしい。最初とは逆だな……ん? こいつは、10面体」
ロマーが首の脇に発生した結晶をかき落としていると、手に規則正しい形の多面体が残った。よく見れば、それは10面体。各面に1から9の数字が割り振られ、10の代わりに0が刻まれている。「私にもあるわ」マリエが自分の腕に発生した10面体をつまんで見せた。
「ねぇ、うごけなーい」
大陸を右に左に走り回っていたノアが、いつの間にか透明な結晶に半ば飲み込まれるような形で固まっていた。その巨大な結晶の中にも10面体がいくつか確認できた。
「どうりで静かなわけだ。それにしても、何か考えないとな」
手の甲に発生した10面体を指ではじいて顎をさする。顎を触るのは何かを考えている時の彼の癖で、よくノアもマネをしていた。
一方そのころ、数を増やし続けていた小さな生物たちは、天から降り注ぐ聖刻の結晶を浴びることで、我々が知るような原始的な生物へと進化していった。
その中には「人間」の姿をとる生物もおり、大きな結晶、とりわけ10面体を取り込んだ生物は体が大きく群れのリーダーとなった。リーダーは他の群れを吸収し、集落を形成して、やがて村の長となっていった。
「結晶ができていないわ」
ノアを包む結晶を払い落していたマリエが、せわしなく動き回る小さな生物を見ながら言った。
「そうか、この世界で創られた生物であれば影響を受けない。俺たちも新しい肉体を創り、別の次元から操ればいいわけだ。ノアできるな?」
「もうできてるよ」
ノアはこの世界と重なり合う新たな次元を創ると、その次元の狭間に体を右半分入れながら手を振った。
こうして世界は、物理的な性質の具象界と、それに重なり合うように存在する聖刻の力で満たされた精霊界の二つに分割された。




