56 エリザが教えてあげる 前編
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
アズールに戻りまずやるべきことは借金返済である。
手元に残っているのは500万イディほど、借金は1000万なので後500万は稼がねばならぬ。
思えば今も昔も俺の人生の大半は金稼ぎに使われている。
そしてやりたくもない仕事をやらなきゃいけないことがあることも変わっちゃいない。
気分が上がらないまま冒険者ギルドへ向かう。
ギルド長から借金の条件に普通の依頼を一つ受けることになっていたが、選択肢として上げられた依頼は一つしか無かった。
本当は何個かの内の一つを選ばせる予定だったのだが、ギルドとしてどうしてもこの依頼を受けて欲しいらしい。
どんな困難な依頼なのかと思えば大したことはない護衛依頼だ。
とある大富豪の娘が見合いのためアズールからガタシンへ行くが、自前の護衛以外に追加で冒険者も護衛して雇いたい、というごく普通の護衛依頼である。
だが求められる総合と護衛ランクがBランクと高く、引き受ける者が確保できないまま出発日が迫ってきているのだ。
そこで手の空いている俺に白羽の矢が立ったのだが、多少どころではない致命的問題がある気がする。
まず決定的に人手が足りない、護衛の護衛とはいえ1人でやれと?
実力はともかく人数が多ければ威圧感が出るし、賊のような私怨の無い連中ならば大人数を見ただけでスルーすることも多い。
賊だって怪我したり死にたくないので大体自分達より人数の少ない連中を狙う。
そもそも依頼条件に5人以上って書いてあるけど俺はソロ冒険者だぞ。
そしてもう一つの致命的問題であるが、この依頼に要求されている護衛ランクはBだということ。
俺は護衛ランクはE、総合ランクで見ても1ランク下のCランクまでしか受けることが出来ない。
つまり俺はこの依頼を受けることは不可能なのだ。
何故ギルドはこの依頼を受けろと言っているのか、理解に苦しむところである。
だからこの依頼受けれないですよ、とギルド職員に告げたところそれは当然最初から分かっているので腹案があるらしい。
まず人手、人数不足の問題であるが、これはギルドから斡旋された信用あるCランクパーティーに俺を一時的に置くことで解決する。
依頼は誰か1人でも該当ランクに属していれば受けることが出来るので、それなら人手不足の件は解消される。
だがいくら人手が足りても誰も護衛Bランクで無いので意味が無い。
そこで裏技、というか滅多に使わない方法を使う。
ギルド長が許可する場合にあってはランク等を無視して依頼を受けさせることが出来るというものだ。
ランクの高さは信用の高さ、俺に信用はなくてもギルド長には信用がある。
そのギルド長がこの依頼を任せて大丈夫、というお墨付きを俺に付与することで俺が依頼を受けても問題無いという算段である。
俺からすれば、そんなこと止めてくれよと言いたくて仕方が無い。
失敗すれば許可を出したギルド長の責任になるからだ。
そんなことになればどうなるか、想像すらしたくない。
受けたくも無い依頼で絶対に失敗は許されないという重圧、俺への嫌がらせか何かだろうか。
出発は3日後だが前日に護衛の段取り等の打ち合わせのため大富豪の家まで赴く必要があるのも大変に面倒臭い。
でもこの依頼は断れないし、必要なことはやらなければならない。
鳥のように自由に生きたいものだ。
護衛の段取りの打ち合わせは特に大きな問題も無く終わり出発の日を迎えた。
普通の護衛とちょっと違うのは護衛対象には大富豪の娘であるエリザ様とその回りの世話をする給仕のほか護衛も実質含まれていること。
最優先護衛対象であるエリザ様は自前の護衛が守るので、俺達は先行して敵を排除することで娘と護衛を守ることになる。
敵を完全に排除できなくても大富豪の娘は守ってもらえるけど、護衛が減ればそれだけ大富豪の娘の身が危なくなるのでやはり俺達で敵を排除するのがベスト。
俺としては護衛対象の安全を気にすることなく戦えるし敵を見逃すこともないのでこのようなタイプの護衛のほうがやりやすくて良い。
一つ誤算があったとしたら日数だろうか。
俺が空を飛べば1日もかからず、並みの冒険者なら頑張って2日で到達する距離なのだが4日かけて移動する予定なのだ。
日中だけ移動するので仕方ないが、2日で終わるだろうと勝手に思っていた俺を落胆させるには十分な情報だった。
同じ鳥でも籠の中の鳥は移動速度が遅い。
護衛達とは関所を出たところで待ち合わせなので、今日から一緒に仕事をする中年5人組パーティーと護衛の方法等について確認を行った。
といっても皆の武装の確認して敵は全部排除します、指示は俺が出しますくらいのことである。
時間が余ったので雑談をしていると、今回の護衛する大富豪の娘は大変な美人だ、街一番の美人だという噂があるらしい。
そのためやる気が出るとか言っているが、どう考えてもこの5人組はもちろん俺も含めて段取りの打ち合わせをした大富豪の護衛のほうがよほど格好が良い。
護衛の中には若いイケメンもいたし、歳を取った護衛隊長は渋みのある10歳くらい下の女性にモテそうなダンディーなオジサマだった。
それに比べて何処にでもいる至って普通の冒険者の見た目の俺達。
エリザ様とロマンスが発生することなどまずありえないのだが、無駄に士気を下げるのも何なので黙っておいた。
雑談が盛り上がっているところで、関所から雰囲気の違う馬車と十数名の騎士っぽい集団が出てきたので挨拶に向かう。
護衛の人達と軽い挨拶程度で終わると思っていたのだが、大富豪の娘からも一言挨拶があるらしい。
別に挨拶なんぞ要らないのだが、お互いの顔が分かっていないと万が一の場合困ることになる。
特段断る理由も無いので、分かりましたと言って大富豪の娘のいる馬車の前で片膝をついて挨拶を待つと天幕が開いた。
天幕から出てきたのはエリザ様は噂に違わぬ美人、まるでグイド・レーニのベアトリーチェ・チェンチの肖像を彷彿とさせるような美少女であった。
エリザです、護衛よろしく、と無愛想に一言だけであったが、挨拶が終わった後の5人組のテンションは最高潮であった。
あの人のためなら俺は命を張れるぜ、などと言っている男もいたが、護衛なので命張って守るのは当然なんだけど。
まあやる気があるなら何でもいいや。
ハイテンションな中年を含めた面々を引き連れて護衛のためアズールを出発した。
何事も無く終わってくれれば良いのだが、こう思うときは大抵何かが起こるんだよなぁ。
出発してからは中年達のテンションも落ち着いて無難な護衛依頼の雰囲気になってきた。
さすがにギルド長から推薦された人物だけあって仕事は仕事と区別して真面目にやれるようだ。
出発からは何事も起こらず夕方前には本日の宿泊予定の街に到着し、エリザ様御一行を街一番の宿屋まで送り届けて本日の護衛は終了。
俺達は別の安宿が用意されているのでそちらに宿泊となるが、宿泊料金は依頼主持ちなのが地味にとても嬉しい。
俺はただ街から街まで歩いただけでお金もらえて満足、5人組は俺達が彼女の騎士なのだとか酒を飲みながら楽しんでいていた。
このまま何も無く終わればいいなと思ったが、残念ながら何事も無く終わることは無かった。
事件というか、騒ぎは思いもかけないタイミングでやってきた。
昨日の宿泊地を出発して昼時になり、広めの見晴らしの利く場所で昼食となったのだがエリザ様とその護衛達と一緒の場所で食事休憩となった。
離れて食事をするメリットが皆無なので一緒の場所で食事休憩を取ることは何ら珍しいことではないのだが、彼女と一緒な場所で食事を出来る事だけで幸福だと言い皆の機嫌は良かった。
しかし不幸にもその幸福が長く続くことは無かったのである。
食事を始めて間もなく、俺達から一番離れたエリザ様のいる馬車の辺りが騒がしくなった。
何事かと思いそちらを見ると、エリザ様が給仕にこの食事は何なの!?と声を荒らげている様子であった。
彼女のことを知らないのであまり詳しいことは分からないのだが、話の感じから察するにどうやら本日の昼食がお気に召さないらしい。
宿屋での食事は一流のコックにより調理場で作られた温かい料理であったが、屋外の食事は当然お弁当のようなもので、保存の利く常温のものとなるが今日のメニューが気に食わないらしい。
初日は屋敷の料理人が作った弁当でありエリザ様の好みに合わせたものであったので何事も無かったが、今日のお弁当はエリザ様の宿泊した宿屋で作られたお弁当。
当然エリザ様の好みなど把握しているわけがないし、料理は冷たいし保存の利く食材や調理法を使っているので普段の食事に比べて非常に質が下がる。
馬車での楽しくも何とも無い時間はエリザ様にとって多大なストレス。
そのため数少ないお楽しみの時間は食事なのだが、その食事がイマイチなのでエリザ様は非常にお冠なのだ。
エリザ様は若い世話役の女性給仕に声を荒らげ、普段の屋敷での食事が色とりどりの宝石箱ならば、このお弁当は家畜の餌箱ねと例え不満をぶつけていた。
その家畜の餌でも我々一冒険者からしたら贅沢品なのだが、エリザ様からしたらそのような評価らしい。
見た目の麗しさからは想像もできない姿に戸惑う我々冒険者であるが、護衛の皆さんはまたかと言わんばかりの苦い表情である。
家では常にこのような感じなのか、それとも親しい者が近くにいない時に出す本性なのか。
護衛対象の性格に関してはこちらの条件外であるし、万が一我々が口を出したとしても被害を被るのは給仕や護衛なので見なかったことにしよう、君子危うきに近寄らず。




