44 (外伝)ヤバイ奴と2泊3日の地獄旅 中編①
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
それから2度目の銅鑼を叩いた時、彼の動きが少し止まり、リュックを下ろしてそそくさと銅鑼とバチを仕舞った。
それから彼はこちらを向いて、いました行きましょうと短く伝えて歩みを速めた。
俺達3人は互いに顔を見合わせたが、無言で手を振ったり両手の掌を上に向けたりで誰も何一つ違いは分からなかった。
とりあえず彼を追わないことには始まらない、5分ほど歩くと彼はリュックを下ろして前を指し、あそこにいるので行っていいですか、と俺に聞いてくる。
あそこって何処だよ、と思いつつ目を凝らすと目が届く一番奥の草むらで動く影、あれは多分アントニオイノシシだな、3匹いる。
行っていいぞ、と答えると軽く頷いてアントニオイノシシの方に森の木々で身を隠しながら向かっていった。
アントニオイノシシはそれほど強いモンスターではないとはいえ、本当に1人で戦う気なのか。
シドニスがあそこにイノシシいるの分かりましたか、と聞いてくるが行きましょうと言った時点ではもちろん、指を指されるまであそこに何かいるのかすら俺には分からなかった
ラウラは不気味な奴ね、と彼の背中を睨みながら更に警戒を強めているのが分かる。
確かに謎の多い男には違いない。
じゃあ戦い方はどうなのか見させてもらおうか。
パーティーメンバー以外の戦いを見る機会はギルド付きになってから格段に増えたが、基本格下ばかりの冒険者が数人固まって戦うものばかりだった。
1人の冒険者が戦う姿を見るのはかなり久しぶりで、どのような戦いをするのか純粋に興味があった俺は、1人観戦者の面持ちでその戦いを見守った。
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さぁ、フィヨルドが対戦相手のアントニオイノシシ3匹の下へと向かっていきます。
イノシシはかつて豚と同じ生き物だったと言われています、イノシシを家畜という無害な存在に変えて豚になったのです。
しかしここにいるのは家畜化された豚ではなく、また普通のイノシシでもありません。
日常に飼いならされることを拒絶した獣、イノシシが更なる力を求めてモンスターとなったとされるアントニオイノシシ。
引き締まった身体とキリリとした表情は格闘家を思わせる佇まいでしょう。
その3匹に立ち向かうのは1人の冒険者フィヨルド。
1人なのに、1人であるがゆえ疑いをかけられてしまったモンスターハンター。
普通ならば仲間に囲まれるはずの男は、その境遇、秘密のため孤独な一人旅を続けております。
頼れるものは己の肉体、技術、経験、不屈の闘志、これはお互いに譲りません。
彼らによる生き残りをかけた壮絶なサバイバルマッチの火蓋が間もなく切って落とされようとしております。
この戦いの実況は解説精霊のフルイチが務めさせていただきます!
フィヨルドが音を消して落ち着いた足取りでゆっくりとアントニオイノシシへ向かっていく。
周囲の空間は緊張感で支配されています。
おっとここで突如風向きが変わった、フィヨルドの位置が風下から風上になった。
当然アントニオイノシシの鼻には近寄る殺し屋の空気が伝わりました。
一瞬で臨戦態勢に入るアントニオイノシシ、対するフィヨルドはいきなりトップギア、槍を手に一気にアントニオイノシシとの距離を詰めます。
それを見たアントニオイノシシ、フィヨルドに一番近い1匹が短く1、2、3と数えて、フィヨルドに対して猛然とダァーッシュと突撃します!
さぁ筋肉の疾風がフィヨルドに向かう!
人間には出すことの出来ない勢い、迫力、恐怖感、その全てを携えたアントニオイノシシ必殺の突撃だ!
どうするフィヨルド、槍を突き出したとしてもアントニオイノシシは構わず突き進んでくるぞ、後ろは大木、横は逃げても突撃の射程圏内だ。
フィヨルド足に力を込める、行くのか、行くのかっ。
いやっ跳んだ、人間離れした足の強靭さを生かして上空の木の枝に退避した!
その跳躍力はまさにヒョウが如し、80キロのインパラを口で咥えたまま木の枝に飛ぶ姿を彷彿とさせる見事な跳躍です。
この身のこなし、横に逃げることを想定していたアントニオイノシシにとっては正に目の前で消えたように写ったでしょう、そしてそのまま奥の大木の幹にぶつかってしまったーっ!
失われた推進力、止まったその隙をフィヨルドが見逃すはずがありません。
上空からアントニオイノシシの頭目掛けて体重を乗せた槍を突き刺したーっ!
深々と刺さった槍の先はアントニオイノシシの脳天、ここしかない場所を刺す技量、槍で針の穴さえ通してしまいそうだっ。
しかしアントニオイノシシまだ倒れない、このまま命のタイムアップは避けたいところ。
ふらふらと立つ様はまるでダンスを踊るかのように必死に耐えております。
何故彼はそこまで頑張るのか、それは仲間のため。
もう1匹のアントニオイノシシが今、友の窮地を救わんと決死の突撃を仕掛けた所であります。
しかしそれもお見通しなのか、フィヨルドは脳天を直撃させた直後からすでに次の動作、魔法の詠唱は始まっていた。
氷の魔法、アイスクイードであります。
対象を氷漬けにする魔法、その魔法を今絶対絶命のアントニオイノシシにかけて高い氷山を生み出した!
2匹目のアントニオイノシシが仲間を利用されて生み出された氷山の盾にブロックされてしまった!
これでは突撃することができない、戦略的勝利、圧倒的な知能の差を見せ付けていきます。
だがここで3匹目のアントニオイノシシは横から回り込み突撃だ!
前は氷山、横には大木、上空にしか逃げ場が無いフィヨルドはまた上空に飛びます。
しかし当然その動きは予期していたアントニオイノシシ。
こちらも負けじとフィヨルドの飛んだ木の枝へ大ジャンプするため、四肢に力を込めて大きく跳躍、どうだっ!
ああっとどうした、アントニオイノシシ、飛べない、全く高さが足りないっ!
スリップだ、氷山と見せかけて地面も少し凍らせていたフィヨルド、木の上からほくそ笑んでおります。
飛べないイノシシはただのイノシシ、高さが足りず氷山にぶつかったアントニオイノシシに上空から一本の巨大な氷の槍。
1匹目のアントニオイノシシと同じく絶妙にコントロールされた槍により致命傷を負ってしまったぁっ!
残りは1匹、互いに肉体に自信があることからスタミナが重要な戦いに思われましたが、ここまではあっと言う間。
フィヨルドには呼吸の乱れが見られず余裕すら見て取れます。
対するアントニオイノシシ、息の荒さと殺意に満ちた眼光から悔しさが伝わってまいりますが、まだ燃える闘魂は失われていません。
槍が未だ氷漬けのフィヨルドと1匹だけになってしまったアントニオイノシシ、これが最後の激突となるでしょう。
フィヨルドのほうが有利に見えますが、焦ってしまうと命を落とす可能性も十分に考えられる、栄光と死が背中合わせのデスマッチ。
突撃するアントニオイノシシ、それを避けるフィヨルド。
最後の決まり手もやはり氷、足に付着した泥ごと凍らせて機動力を絶ち、氷の槍で仕留めるという綺麗なコンボ、見事に決まりましたっ!
氷山から槍を回収する姿はさながら伝説の剣を引き抜く勇者の風景画のようにも見えます。
氷の横を通る冷たい風がまるで戦いの終わりを告げるタオルのようだ。
勝者はフィヨルド、討伐ランク昇格試験というプレッシャーの中、数で劣る苦しい戦いを見事に制しましたっ!
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強い、素直にそう思わせるような完勝だった。
アントニオイノシシはあまり強くないがそれは森の中で複雑に移動しながら戦った場合だ。
正面から堂々と戦うとなれば難易度は決して低くは無い。
にも関わらず魔石だけ回収してフィヨルドが鼻歌混じりに戻ってきた。
本人としてはかなり余裕な戦いだったようだ。
魔石をリュックに仕舞って軽く槍を布で拭いて、じゃあ行きましょうかと休憩することなく更に山奥へ向かっていった。
まるで幾度と無く1人で戦ってきたのではと思わせる、いや、実際にそうなのだと思わせるには十分だった。
その後、人食い植物モンスターのカジリソウ4体を発見し、フィヨルドによって燃やされたりして夕方になった。
少し広く開けた場所で、今日はここで休みますかとフィヨルドが尋ね、俺も賛成した。
本来は夜営の準備や夜警の様子も試験の対象内なのだが、1人なのだから俺達も協力しなければならないだろう。
そう思っていたら、フィヨルドは1人で樹の上に登っていった。
自分はここで寝るので火とかは自由にしてくれという、彼は野生動物か何かだろうか。
若干困惑していると樹の上から、もしかして俺も夜警担当したほうがいいですか、と枝の間から顔を出してきた。
俺はその提案を受けた、夜警には2人置きたい、3人で回すと睡眠時間がかなり削られてしまうのでその申し出はありがたかった。
組み合わせは誰とフィヨルドを組ませるか。
ラウラは未だ彼への警戒心が強い、シドニスでも構わないがフィヨルドの夜警の経験が不明だ。
経験や実力を考慮して俺とフィヨルドが組むのが妥当だろう。
彼にも夜警を依頼して交代で起きることになった。
夜も更けて最初に俺とフィヨルドと夜警に入っているのだが、焚き火の向こうに彼は明らかに目を閉じていて、座ったまま寝ているように見える。
夜警の意味を分かっているのだろうか。
声をかければ起きてますよと返事が来るが、なんとも胡散臭い。
それでも水でも飲むかと立ち上がろうとすれば、片目だけ開けてこちらを見ているのでしっかり起きてはいるのだろう。
そういえば疑ってばかりで会話もしていないし、彼のことはほとんど分かっていないことを思い出した。
せっかくなので話でもしないか、と持ちかけたらあっさりと承諾した。
1人で活動する冒険者は他人と会話したり馴れ合ったりするのを嫌うタイプが多いのだが、彼は別にそうでもないらしい。
あまり深く話はしなかったが、話をしている限り普通のどこにでもいる冒険者のように思えた。
ただ1点よく分からなかったことは、出身の話になったとき奥様はイースター島出身ですか? と聞かれたことだ。
そんな島は聞いた事はないのだが、まぁ大したことでもないだろう。
そのうちに時間になったのでラウラとシドニスに夜警を交代した。
横になってすぐに睡魔が襲ってきた、深い眠りに入っていたところ激しく揺さぶられて起こされた。
何か来たのかと思って慌てて起きたが襲われたような気配は無い。
だがフィヨルドが1人立ち上がり戦闘の準備をしている。
どうしたのかと聞けば、樹の上で寝ていたフィヨルドが突如、モンスターか動物が数匹いると飛び降りてきたのだとか。
大問題ではないか、どこにいるのかと聞けばラウラはあっちの方らしいと指差すが、俺の目には暗闇が見えるだけだ。
まだ離れているから見えないですよ、とフィヨルドは教えてくれたが、ならばどうやって分かったんだ。
そんな疑問を口に出す前に、じゃあ行ってきますね、と光魔法で照らしながら森の奥へ入っていった。
数分ほどしてガサガサ音を立てながらフィヨルドが戻ってきた。
キイロオオヤマネコでしたね、と言って魔石を2個見せてくれた。
一応現場を見に行ったところ確かに2匹のキイロオオヤマネコがそこに倒れていた。
こいつは夜行性のモンスターで、素早く火を恐れず大きく強靭な顎で毎年最も多くの冒険者の命を奪っていると言われるモンスターだ。
非常に勇敢で数の差など関係なく襲う習性があるので俺達を襲うために近づいてきたのかもしれない。
姿を確認したところで、もういいですか、とフィヨルドはまた寝ていた樹の上に戻っていった。
ラウラとシドニスにキイロオオヤマネコが近づいていることに気付いたか聞いたが、全く分からなかったという。
彼には何が見えて何が聞こえているのだろうか、やはり変わった冒険者には違いない。




