29 モンスターハンター 後編
悲鳴を聞いた俺達は移動しようとしたが、俺の体は安全な街の方角へ、ムンクの体は悲鳴のあった方角に向いている。
えっ、という思いでまた3人が顔を見合わせる、ちょっとムンク君、こっちに来なさい。
ムンクが俺に近づいてきて、助けに行かないんですか、と何とも頓珍漢なことを言う。
行くわけないだろ、そんな危険地帯に近づけるか。
誰が被害にあったか知らないけど、今の俺にとって最も大事なことは3人無事でバンギまで帰る事である。
俺を含め皆疲労も無自覚に蓄積されている、ここで無理をして怪我でもしたらそれこそ大損害だ。
冒険者だって無力ではない、ある程度の出来事には対処できる能力は有している。
それにこの場所は地元の人間が活動する地域、つまりこの周辺の危険度はこの位、という知識は当然ある。
それにも関わらず危機に陥ったということは、予想外の脅威に襲われてしまったということ。
どの程度の危険があるか分からない場所に飛び込むのは蛮勇を通り越して無謀だ。
俺だから歩行するタイプのモンスターだと分かっているが、助けに行ったらドラゴンがいました、なんてことも本来有り得ない話ではない。
どれだけ危険なことか分かっているのか、助けに行ったらドラゴンがいるかもしれないぞ、とムンクに告げるがでもでもだって、と若干反抗してくる、殴りたい。
モンスターがこっちに向かってきていないことを俺が分かっているからここでぐだぐだしているが、近づいて来ているならば即座にムンクを殴って走って逃げるところである。
とりあえず救助に向かうのは却下、絶対に却下、論外、ありえん。
でも何が起こっているか分かりませんし、何もしないで見捨てるのは、なんて偉そうな事をムンクが遠慮気味に言うが、正直あんな悲鳴が上がった時点で基本手遅れ。
そんな状況じゃなきゃあんな悲鳴は上がらない。
危なければ逃げればいいなんて、逃げられる敵か分かってない状況で使うべき言葉ではない。
……んっ、モンスターが移動しているな、俺達と逆方向へ。
はぁっ、と一つ大きなため息をついてから、少し時間を置いて見に行くか、と決断した。
俺が普通の人間であれば絶対にそのような決断は行わないのだが、敵の情報が感知できるので可能な行動である。
但しムンクには今後絶対にこんな行動は取るな、としつこく指南する必要があるな。
このまま冒険者を続ければ、何時かあなた死ぬわよ。
十分に時間を置いてから悲鳴の上がった方向に慎重に歩き出す。
一応警戒する素振りは見せるが何もいないことは分かっている。
そして辿り着いた先にあったものは、頭があまり見たことの無い方向に曲がった1人の男の死体であった。
後ろからひっ、という声が聞こえてくるが無視して死体を簡単に検分する。
傷は多いが一番の特徴は4本の平行に走った深い傷跡。
刃物による殺傷痕じゃない、爪でえぐられたような傷だな。
さて何にやられたかなとモンスターの手掛かりを探ると、足跡の感じからして人型っぽく、二本の足で歩いているがずいぶんと足跡の深さが深い。
そして女の悲鳴があったが近くに女はいない、つまり女を担いで連れ去ったと推測されるが何のモンスターかは分からない。
女を連れ去るモンスターの代表はオークであるが、残された臭いからしてオークではないのは間違いない。
残された臭いで過去の記憶を遡るが、多分出会ったことのないモンスターだと思うので何のモンスターかは分からない。
ちょっと怖いけれど、戻ってこないなら安全なのでやることは一つだね。
というわけで死体漁りでもしましょうか。
別にやましい気持ちは無い、まず探すべきは冒険者証だ。
街の外に出るときに必要なので必ず携帯している、誰が被害にあったかを報告するのは冒険者の掟である。
前世も今世も身内が行方不明になった家族は辛いものである。
何ヶ月経っても心から諦める事が出来ず、誰かが訪ねてくればもしかしたら生きて帰って来たのではないか、と心の何処かで思ってしまう人も多くいる。
死を受け入れることはそれだけ難しい、遺体や遺骨、遺品等を見て初めて受け入れる準備が出来る。
冒険者の死亡率は非常に高い、いつ自分の身に死が襲い掛かるか分からないので、せめて遺族に死を受け入れてもらうのだ。
そのため誰かが遺品を持って帰るのは極めて重要な事で、規約や義務では無く掟として伝えられている。
おっ、あったあった。
ムンクに冒険者証を手渡し、次に財布や金目の物を、とガサガサ漁る。
胸の内ポケットから財布と一緒に魔石を入れていた袋も発見、景気がいいね。
貴金属類も持って帰れるかなーと考えた瞬間、突如鳥肌がぶわっと立った。
バッと顔を上げてモンスターの立ち去った方向を向くと、足音はしないが何か羽ばたいているようなざわめきがする。
こちらに向かってきている?
何のモンスターが向かってきているか分からないがヤバイ予感がする。
俺は普段人間の格好をしているがこれでも合成獣、突き詰めれば1匹の獣なので、危機を感じる本能は人間よりも遥かに強い。
死体漁りは即中止、行くぞ走れと一言告げてモンスターが来る方向から離れるように走り出した。
ムンクもエリアンテも急に俺が走りだしたのでちょっとびっくりしたようだが、そこに残っても仕方がないこともあり着いて来てくれた。
そうだ、追跡妨害のため撒菱を巻いておこう。
巻いた後に思ったが、冷静に考えれば羽ばたいているのだから飛んでいる可能性が高く、無意味だったかもしれない。
前世の武器は何時でも何でも役に立つわけじゃないな、今回はこちらの不注意だが。
しばらく走ったところでモンスターがこちらに接近してくる気配は無く、特にムンクが体力の限界のようなので、走るのを止めて一旦休憩を取らなければならない。
休憩するために足を止めたところ、なんなんですか、とぜぇぜぇ息を切らしながらムンクが聞いてくるが、とりあえずまずは息を整えてくれ、見苦しいったらありゃしない。
俺が危険な気配を感じなかったのかと二人に確認すると、ムンクは何が? という顔をしているのに対し、エリアンテはんーなんとなく、と本当か知らないが感じ取っていたらしい。
とは言うものの、エリアンテは脳を使用していないため危険を本能で感じ取るタイプなのかもしれないな。
逆にムンクは状況で危険を感じ取るタイプかな、そうだと信じたい。
まぁとりあえず水でも飲め、と新たに作った氷のコップに水を入れて渡す。
落ち着いたらさっさとバンギに帰るぞ、報告もしなきゃいけないし、山菜や薬草類も他の冒険者が売る前にさっさと売り払ってしまいたいから。
バンギに戻って冒険者ギルドに行き、死体から回収した冒険者証等を渡して状況を説明した。
モンスター絡みで女性が行方不明になっていることから後日捜索依頼か討伐依頼が出るかもしれないな。
それから魔石を換金、スライム、サンドワーム、スプラウトレント2個で14000イディになったが、横で見ていたムンクは渋い顔をしていた。
死体からゲットした魔石を当然の権利のように自分の物として売るのに嫌悪感があるのかもしれないが、あの世に金も魔石も持っていけないんだよ。
それに俺達が手を出さなかったとしてもどうせ次に死体を見つけた奴が持っていくんだから、それなら俺達が冒険者証と指輪の輸送料金の報酬として貰った方が正当性はあると思う。
遺品は遺族が引き取れるようにギルドに渡したし、状況も話したのだから女性も助かるかもしれないのだからこちらとしては義理は果たしたでしょ。
行動したことにおける正当な報酬を頂くことを俺は否定しない主義なんで、ムンクがいらないって言ってもこの金は渡すから受け取れよ。
気分がすっきりしないならその分のお金は募金するなりすっきりする使い方で解消してくれ。
本日収穫した山菜は美味しそうだったので皆の食卓へ、薬草はエリアンテらの馴染みの店に売却して全部で40000イディほどになった。
死体の財布の中身で半分近く占めてるけど、命の危険を冒してまで回収した冒険者証と指輪の値段としては妥当な所じゃないですかね?
エリアンテが道場の皆に山菜をお裾分けしたいというので、エリアンテは山菜を多めにもらう代わりに割りやすい数字になる程度に減額した。
俺の本日の収入は13500イディだが、ムンクからキュイーンのライブチケットを定価の2500イディで譲ってもらったので本日の収入は実質プライスレス。
また機会があれば、なんて言ってくるけど正直一緒に働くのはご遠慮したい。
ライブチケットの無い君なんて絵がない美術館くらいの価値しかないよ。
数日後、念願のキュイーンのライブに行きました。
やっぱりキュイーンは……最高やな!
会場には各種グッズも売っており、シャツやタオル、コップなどを大量に買い揃えた。
しかし冷静に考えたら、俺は宿屋住まいでグッズを飾ったりすることは困難で、実家に置いておいても鑑賞する機会はほとんどない。
だから持ち運ぶ手段としてアイテムボックスの中に入れておきたいのだが、ロッカーサイズなので装備類と小物を入れるので精一杯だ。
よってアイテムボックスを拡張しようと思う。
前々からもっとアイテムを入れるために大きくしたいと思っていたし、現状のロッカーサイズから大きめの洋服タンスの大きさにグレードアップだ。
大きさは今までの4倍、年間契約料は8倍と大幅にグレードが上がった。
これ以上大きくすると宿屋の部屋の中で出せなくなることもあるので、しばらくこれ以上の大きさにはできない。
収入を増やすために支出が増えるという世界が変わっても変わらぬ現実。
前世ではお金は使えば使うほど増えるという噂があったが、使う用途と人によるよね。
とりあえずこの新たな出費を賄うためにまた稼がなくちゃいけない。
世界は変わっても金の呪縛から逃れることはできないのは知識生命体の宿命なのでしょうか。
結局やってることは、前世でも異世界でも根本的には変わらないのかもしれないなぁ。
そう思いながら冒険者ギルドの依頼を見る。
よく考えてみれば俺前世では定職に就いていたのに今は日雇い労働者に限りなく近い、ランクダウンしてるわ。
でも神様からの派遣業と考えればランクアップしてるか?
……いらんこと考えてないで仕事するか、本来死んでいる身、楽しく生きられればそれだけで丸儲けよ。




