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三次元に興味のない私が、ゲーム友達のアイドルに恋をした。  作者: 槻 すせり
第三話 4102号室

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7/8

3-3


「よぉこそ、同志よ!」


 小声なのに、妙によく通る。器用だな。おい。

 でもおかげで、肩に入ってた力がふっと抜けた。よかった。この人、ちゃんとあのお店の人なんだ。


 靴を脱いで廊下を抜けると、広いリビングに出た。窓の向こうに、東京の街がミニチュアみたいに広がってる。道路を走る車が、豆粒サイズ。それから反対側を見て、足が止まった。


「……めぐりちゃん」


 棚にいる。


「めぐりちゃん」


 隣にもいる。


「めぐりちゃん、めぐりちゃん……」


「数えなくていいから」


「ちょっと待って。お金持ちの家って、物が少ないんじゃないの?」


「誰が決めたの」


「いや知らんけど。そういうイメージ」


 壁一面の棚に、フィギュア、アクスタ、ぬいぐるみ、缶バッジ。作品ごとにきっちり並んでるけど、数が多すぎて、どこから見ればいいのか決められない。


 タワマンに住んでる人も、棚に推しを並べたい気持ちは一緒なんだ。それを実行できる規模が、私の部屋と桁違いなだけで。


「最高でしょ」


「最高だけど、なんか悔しい」


 タカオミが笑った。私は、写真に映ってたロボットの前にしゃがみ込む。


「飲み物取ってくる。適当に見てて」


「はーい」


 足音が遠ざかっていく。フィギュアの膝の関節をじっくり眺めてから、隣の棚に目を移した。

 CDが何枚か立ててあった。アニメじゃなさそうなのも混ざっている。


 「ふーん、こういうのも聞くんだ」


 なんとなく一枚手に取る。ジャケットに、男の人が七人いる。茉莉乃に見せられたグループとは違う。衣装も、並んでる人も違う。ただ、端にいる一人の目が、妙に見覚えのある形をしていた。

 ジャケットを、顔に近づける。ジャケットの男の人と、今キッチンにいる男の人。

 いやいや、そんなわけ。


「あや、お茶でいい?」


「うん!」


 返事が、必要以上に大きくなった。振り返ると、タカオミがこっちを見てた。さっきから何度も見てる目。CDの中の人と、同じ目。


「何かあった?」


「ない。全然ない」


「そう?」


 タカオミは交換用の箱を持ってきて、床にあぐらをかいた。私はバレないようにCDを元の位置に戻して、スマホを出す。ジャケットにあったグループ名を検索。


 RAY=OUT。公式サイト。メンバー紹介。

 リーダー、TAKAOMI。


 名前変えてないんかい。

 画面の写真を見て、目の前を見る。タカオミは箱からアクスタを出して、「あ、これ保存用」って別の山に移してる。


 アイドル。この人が。


 公式サイトの公演日程を開くと、四月から十月まで、いろんな街の名前が並んでた。アリーナツアー。七月で終わりじゃなくて、秋の関東公演まで続いてる。

 仕事であちこちって、これか。私、勝手に会社の出張みたいなの想像してたんだけど。


 スマホを伏せた。お店での帽子とサングラス。ライブのチケット。それから、この部屋。全部が一気につながって、頭の中だけがぐるぐるしてる。

 でも、本人は何も言わない。


「これ、写真で欲しいって言ってたやつ」


 差し出されたのは、めぐりちゃんのアクスタ。私が持ってない、前のイベント衣装のやつだ。


「……うん、それ」


「これと、あと何か。キーホルダーに釣り合うように」


「これ一個でいいよ」


「もっと選んでいいって」


「これが欲しかったの」


 受け取ると、未開封の袋が指の間でかさっと鳴った。

 聞くなら今だった。もしかしてアイドル? たったそれだけ。

 でもタカオミは、今まで一回も自分からその話をしなかった。私が知らないから、こうして普通にしゃべれてるんだとしたら。わざわざ変える必要、ないのかもしれない。

 袋の中のめぐりちゃんを見て、顔を上げた。


「ちゃんと飾る。ありがと」


「こちらこそ。キーホルダー、ほんと嬉しかった」


 そう言って笑った目は、ジャケットの中より、ずっとやわらかかった。

 帰りの電車で、私は何回もスマホを出した。検索画面を開いて、閉じる。また開いて、閉じる。膝の上のバッグの中で、もらったアクスタの袋がかさっと鳴った。


 言われるまでは、知らないことにしよう。

 バッグの中に指を差し入れて、アクスタの袋の端をそっと整えた。



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