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「よぉこそ、同志よ!」
小声なのに、妙によく通る。器用だな。おい。
でもおかげで、肩に入ってた力がふっと抜けた。よかった。この人、ちゃんとあのお店の人なんだ。
靴を脱いで廊下を抜けると、広いリビングに出た。窓の向こうに、東京の街がミニチュアみたいに広がってる。道路を走る車が、豆粒サイズ。それから反対側を見て、足が止まった。
「……めぐりちゃん」
棚にいる。
「めぐりちゃん」
隣にもいる。
「めぐりちゃん、めぐりちゃん……」
「数えなくていいから」
「ちょっと待って。お金持ちの家って、物が少ないんじゃないの?」
「誰が決めたの」
「いや知らんけど。そういうイメージ」
壁一面の棚に、フィギュア、アクスタ、ぬいぐるみ、缶バッジ。作品ごとにきっちり並んでるけど、数が多すぎて、どこから見ればいいのか決められない。
タワマンに住んでる人も、棚に推しを並べたい気持ちは一緒なんだ。それを実行できる規模が、私の部屋と桁違いなだけで。
「最高でしょ」
「最高だけど、なんか悔しい」
タカオミが笑った。私は、写真に映ってたロボットの前にしゃがみ込む。
「飲み物取ってくる。適当に見てて」
「はーい」
足音が遠ざかっていく。フィギュアの膝の関節をじっくり眺めてから、隣の棚に目を移した。
CDが何枚か立ててあった。アニメじゃなさそうなのも混ざっている。
「ふーん、こういうのも聞くんだ」
なんとなく一枚手に取る。ジャケットに、男の人が七人いる。茉莉乃に見せられたグループとは違う。衣装も、並んでる人も違う。ただ、端にいる一人の目が、妙に見覚えのある形をしていた。
ジャケットを、顔に近づける。ジャケットの男の人と、今キッチンにいる男の人。
いやいや、そんなわけ。
「あや、お茶でいい?」
「うん!」
返事が、必要以上に大きくなった。振り返ると、タカオミがこっちを見てた。さっきから何度も見てる目。CDの中の人と、同じ目。
「何かあった?」
「ない。全然ない」
「そう?」
タカオミは交換用の箱を持ってきて、床にあぐらをかいた。私はバレないようにCDを元の位置に戻して、スマホを出す。ジャケットにあったグループ名を検索。
RAY=OUT。公式サイト。メンバー紹介。
リーダー、TAKAOMI。
名前変えてないんかい。
画面の写真を見て、目の前を見る。タカオミは箱からアクスタを出して、「あ、これ保存用」って別の山に移してる。
アイドル。この人が。
公式サイトの公演日程を開くと、四月から十月まで、いろんな街の名前が並んでた。アリーナツアー。七月で終わりじゃなくて、秋の関東公演まで続いてる。
仕事であちこちって、これか。私、勝手に会社の出張みたいなの想像してたんだけど。
スマホを伏せた。お店での帽子とサングラス。ライブのチケット。それから、この部屋。全部が一気につながって、頭の中だけがぐるぐるしてる。
でも、本人は何も言わない。
「これ、写真で欲しいって言ってたやつ」
差し出されたのは、めぐりちゃんのアクスタ。私が持ってない、前のイベント衣装のやつだ。
「……うん、それ」
「これと、あと何か。キーホルダーに釣り合うように」
「これ一個でいいよ」
「もっと選んでいいって」
「これが欲しかったの」
受け取ると、未開封の袋が指の間でかさっと鳴った。
聞くなら今だった。もしかしてアイドル? たったそれだけ。
でもタカオミは、今まで一回も自分からその話をしなかった。私が知らないから、こうして普通にしゃべれてるんだとしたら。わざわざ変える必要、ないのかもしれない。
袋の中のめぐりちゃんを見て、顔を上げた。
「ちゃんと飾る。ありがと」
「こちらこそ。キーホルダー、ほんと嬉しかった」
そう言って笑った目は、ジャケットの中より、ずっとやわらかかった。
帰りの電車で、私は何回もスマホを出した。検索画面を開いて、閉じる。また開いて、閉じる。膝の上のバッグの中で、もらったアクスタの袋がかさっと鳴った。
言われるまでは、知らないことにしよう。
バッグの中に指を差し入れて、アクスタの袋の端をそっと整えた。




