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ハンナ副院長に連れられアーデルハイトは、修道院の中の案内を受けていた。
まずは領民たちも集まる教会から始まった。天井の高い教会の窓にはステンドグラスがはめられ、陽の光によってきらきらと輝いている。広間には中心に女神イレーネと花の像が置かれ、その像の前に沢山の長椅子が並べられ、女神に向けて祈っている人の姿も多く見受けられる。
その広間の更に奥に行くと、関係者以外立ち入り禁止の扉があり、その扉を開けると、中庭に続く道に出る。これ以降は修道女と孤児院に住む者以外は入ってはいけない決まりとなっている。特に聖職者以外の男性は修道院に用がない限り立ち入ってはいけない規則となっているし、立ち入る場合も、事前に修道院側との予約が必要という徹底ぶりだ。
四つの建物に囲まれながら、十分に広い土地のため、中庭には日がさんさんと降り注ぐ。
「まあ…!」
あまりに立派なのでアーデルハイトは思わず声を上げてしまい、慌てて口元を押さえた。
開放的で親しみやすい庭だった。ベンチも数カ所設置されており、修道女たちの正しく憩いの場、と言える場所だ。イレーネの花が咲き乱れる花畑。その後ろに佇む一本の大きな木。まるでイレーネの花畑を守っているかのようだった。
「聖地に巡礼に行った先々代の院長が、その花畑の様子に感銘を受けてこの中庭を整備したそうよ」
「素敵です、とても」
「ここを綺麗に保つのも、貴方たちの役目よ」
はい、とアーデルハイトは頷いた。それから、と副院長が説明を続ける。
「ここから見える右手が看護棟、左手が孤児院ね」
この修道院は看護棟も孤児院も併設されている。困ったことがある人はここに来れば救われるのではないか、そう思ってしまう規模だ。
「看護も私たちが行うの。そのための薬草も育てているわ」
アーデルハイトは生唾を飲み込んだ。医師でも看護師でも何でもないし、医学はお妃教育でも学んでこなかった。専門知識は何ひとつとして持ち合わせてはなかった。
「いずれ貴方も看護棟に携わっていくと思うわ。でも、今はこちら。人手が足りてないの」
そう副院長が手で示したのは左手の孤児院だった。
「孤児院…、ですか?」
「ええ、そうよ。孤児院では孤児や身寄りのない母子を保護しているの。あなたには子供たちの面倒を見てほしくて」
人は皆救われるべき。
イレーネ教の教えの一つだ。ここはその教えを全うしている大修道院なのだ。
教会や大修道院は閉ざされた組織だ。それ故に腐敗も起こりやすい。現に社交界にいた頃には羽振りの良い修道院長や司祭の話を耳にしたこともあった。
このリューリング大修道院は清貧という言葉が似合うのだろう。とはいうものの、食事はかなりしっかりとしているし、これだけの規模の人たちを養っている。気になるのは財政面だ。修道院の中には事務室と呼ばれる会計や記録、面会予約に関わる部屋がある。五人ほどが、この部屋で奉仕活動をしていたようだった。
「副院長、一つ質問があるのですがよろしいですか」
「勿論、アーデル。何でも聞きなさい」
失礼かと存じますが、と前置きをした上でアーデルハイトは口を開いた。
「このように大規模な大修道院は、どのように運営されているのでしょうか」
「…そうね、手仕事で作ったものを市場で売ることもあるわ。ここで栽培した薬草で作った薬や軟膏もね。ただ、それだけでは勿論足らないわ。ではアーデル、何だと思いますか?」
「寄付…でしょうか」
その通り、と副院長が頷く。一方のアーデルハイトは首を傾げた。それらは一般的な修道院も同じだ。何がここまで差を生んでいるのだろうか。
「けれど、他とここが違うのは、まずヴァルトハイム領にあるということ。ここは王国の中で一番北にある大修道院なの。貴方はその意味が分かるかしら」
王国に住む上で、イレーネ教徒にとっての北という方角は非常に大切だ。聖地が王国にとっては北側にあるからだ。
「一番、王国内で聖地に近い大修道院なのですね」
「その通りよ。ご存知の通り、聖地に行くには厳しい北の山脈を越えなければならない。それはなかなか難しいわ。だから多くの教徒がここに巡礼に来るの」
なるほど、その教徒たちからの寄付金という訳だ。例え一人ひとりが少額だったとしても、人数が多ければ多い程、ということだろう。
「あとはもう一つ。公爵様は代々、領民のための政策をしてくださってるわ。それ故にここで暮らす領民も豊かな生活をしている人が多い。公爵様含め、そういった方々が、多く寄付をしてくださるわ」
「そうなのですね、教えていただきありがとうございます」
ヴァルトハイム現公爵は、アーデルハイトの母の兄だ。つまり、アーデルハイトにとっては伯父にあたる。
多くの貴族が代官に領地運営を任せ、王都に住み王宮で働くなどして生活をする中で、ヴァルトハイム家は公爵家でありながら、領地に住み実直に堅実に領地運営をする家として有名だった。親戚ではありながらも、ヴァルトハイム家の人々には数える程しか会ったことがない。
ヴァルトハイム家は、その領地運営により、豊かに栄え領民にも還元できているのだろう。アーデルハイトは、送られた先の修道院が、ここリューリング大修道院で良かった、と心の底から思った。
「では、孤児院に入りましょう」
そう促され、副院長と共に孤児院に足を踏み入れた。子供の明るい笑い声が奥の部屋から聞こえる。
「一階は共用空間になっているわ。子供たちの遊戯室に図書室、浴室ね」
副院長に案内され、遊戯室以外の各部屋を見て回る。あえて飛ばしているのは、訳があるのだろう。
各部屋は清潔に使われていて、古臭さは感じない。図書室では、本の蔵書の数に目を瞬いた。まだまだ本は高級品だ。それなのに部屋中の棚という棚に本が並んでいる。後で知った話だが、跡取りがおらず店を畳むことを決意した店主が、この修道院へと寄付したものらしい。その中でも子供たちでも読めそうなものをここに集めているそうだ。
「二階は小さな子供や母子たちの居室よ」
タイル貼りの階段を上がると、一本の廊下の左右に等間隔に扉が設置されていた。数はそれほど多くはない。一つ一つの部屋が広く、相部屋になっているのだろう。
副院長はひとつの扉の前で立ち止まると、その扉をノックした。
「ハンナよ、入るわよ」
そう言って返事を待たずに副院長はドアを開けた。空のものも含めて十ほどの乳児用の寝台と、小さな幼児用の寝台が同じく十ほど並んでいる空間だ。そしてその中に泣いている赤子を抱きあやしている修道女の姿があった。
「副院長」
椅子から立とうとする修道女を副院長は軽く制した。
「こちらはテレーゼよ。乳児の面倒を担当しているわ」
「初めまして。本日からお世話になるアーデルと申します」
歳の頃はアーデルハイトよりも少し上だろうか。大きなくりくりとした茶色の瞳が、あどけなさを感じさせる。
「よろしくね。ここを担当しているのはあと二人いるのだけれど、生憎今は席を外してるわ。また後で紹介するわね」
ありがとうございます、と頷いてアーデルハイトは周りを見渡した。乳児が三人いるが、赤子を見たことがないアーデルハイトには、見ただけでは生まれてからどの位が経っているのかは分からなかった。
「さて、貴方には六歳から十二歳までの子供たちの面倒を見てもらうわ。居室は三階。けれど今は一階の遊戯室で遊んでいる時間だから、そちらに行きましょう」
ああ、だから先程飛ばしたのか、と思いながら、アーデルハイトは階段を降りた。階段にある窓からは暖かい日差しが差し込み、窓を通してきらきら輝いていた。




