30
子どもたちと見学の保護者達と一緒に孤児院の遊戯室へと移動する。そこは既に机の配置はいつもとは変わっていた。昼前にアーデルハイトが部屋を整えていたのだった。
机を横に避けてその中心に空間を作り、前方に椅子を三脚配置し、そこから少し間を開けて子どもたちが座れるように、椅子を三十脚程置いた。足りるだろうと思っていた数だったが、思いの外参加者が多く案内している途中で、座りきれないことに気付いた。ただ、椅子ではなく地べたに座りたがる子どももいたので、見学の保護者の分まで足りてアーデルハイトは一安心した。昼前にあちこちからかき集めた椅子たちだった。戻すことは今は考えないようにしている。
その前方の三脚に騎士を呼んで座ってもらう。現代風に言えばさながら記者会見だ。
「さて、ここからは騎士様に様々お話を聞いていきたいと思います」
アーデルハイトはその横に立って司会者のように場を回す。
自分が担当している子どもたちもこの会に参加するから、と椅子に座らず後ろの方で見守っているアメリアはそのアーデルハイトの姿に驚いた。
どうやったらこんな大勢の人の前で、物怖じせずに堂々と話せるのだろうか。まだせめて、子どもだけだったら何とかなるかもしれないけれど、大人まで見ている中で、しかも公爵家の嫡男までいるのに、とアメリアは自分に置き換え想像し、脳内で勝手に慌てていた。
「騎士を目指されたきっかけを教えていただけますか?」
アーデルハイトの問いにそれぞれが答えていく形式で続いていく。話を聞いていくと、どうやら全員場所は違えど孤児院出身のようで、リューリング孤児院の子どたちが更に興味を持っているのが、後ろ姿で分かった。
「やはり、孤児院出身者で揃えて正解でしたね」
横から声が聞こえる。アメリアが、ジークハルトの付き人と認定しているデニスのものだった。
(なるほど…。敢えてその選択をしたのね)
アーデルハイトやジークハルト達がこの企画を実現するのに相当な下準備をしていることを瞬時に悟る。それもそのはずだ。こういった企画ごとは孤児院で行うのは初めてだった。修道院でもこの街の人たちを集めて何かする、と言えば月一のバザー位だ。まだこの企画の全てが終わった訳ではないが、模擬戦の盛り上がり具合を見ても、この企画は成功と考えて良いだろう。
(すごいなあ、アーデルは)
自分よりも後に入ってきたのに、自分よりもどんどん成果を出していく。
正直、羨ましかった。
才能があって。
特別に頼れる相手がいて。
気に掛けてもらえる相手がいて。
けれどこの修道院に居るということは、彼女にもきっと何かしらの過去があるということだ。それを何も知らないで羨ましいなどと勝手に思ってはいけないことも、アメリアは頭では理解していた。
羨ましいなどと思ってしまう自分の浅はかさが憎たらしかった。もっといえば、手を差し伸べるジークハルトのような存在がいることに嫉妬している自分の醜さが恥ずかしかった。
「アーデル嬢はいつもああいった感じなんですか?」
いきなりデニスに小声で話しかけられて、アメリアはドキリとした。今までの人生で高貴な人と会話したことなどなかった。粗相があってはいけない、と途端に緊張した。
「は、はい。子どもたちの前では…そうだと思います」
デニスは、そうなんですね、と頷きながら呟いた。
「纏っている雰囲気がいつもとなんだか違う気がして。いつもはほら、こう…ぴりっとしてません?人を寄せつけないというか」
「初めは…そうだったかもしれませんけど、今はそんなことはないですよ?…それはほら、お貴族様だからではないですか?」
デニスの口調につられて、アメリアの口調も少し崩れた。どうやらデニス達に見せている顔よりも自分に見せている顔の方が親しみを持ってくれているような感じがして、アメリアは勝手に優越感に浸っていた。先程までのアーデルハイトに対する嫉妬心など、どこかへ消え去ってしまった。
ジークハルトは真っ直ぐに騎士たちを見つめていた。
改めてアーデルハイトの様々な質問で、彼ら個人の背景や考えまで深く知ることができた。当たり前だが、騎士たちそれぞれに過去があり、大事にしているものがあり、その騎士たちの頂上にいる公爵家の人間として、彼らを預かっているということを痛感させられた。
「実際に騎士になって、思い描いていたことと違ったことなどありますか?」
この会も終盤に差し掛かり、アーデルハイトはかなり踏み込んだ質問をした。絶対にしたかった質問の一つであった。どんなに素晴らしい場所であっても、自分の想像と異なることは多かれ少なかれあるものだ。
現にアーデルハイトはこのリューリング大修道院が自分の想像と違うものだった。もっと戒律が厳しいと思っていたし、まさかこんな企画をさせてくれるとは思ってもみなかった。貴族たちの中で堅苦しく生きていくよりもこちらの生活の方が余程肌に合っている。
想像との差はどんな場所にもあるものだ。だから子どもたちには色んなことを知って学んでほしい。
「もっと戦い続きになるものだと思っていましたが…、思った以上に訓練が多いです」
この王国は至って平和だ。他国との諍いも王国内での反乱もここ百年ない。ヴァルトハイム家も王国への二心は持ち合わせていないように思う。となるとヴァルトハイム騎士団の主な仕事は、公爵たちの護衛になるのだろうが、何十人も連れ立っていくわけでもない。そういったことは限られた精鋭が担うことになるだろう。大半の人間はそこに選ばれることはなかなかない。働く意欲や動機を保つことが大変だ。
「ですが、街の警備や治安維持など、皆さんの生活を守っているという実感がとてもあり、日々の訓練も精が出ます」
アーデルハイトはこの騎士たちで良かった、と心の底から思った。デニスの選定だったらしいが、彼の見る目に感服する。悪い面も良い面も率直に両方伝えてくれる所に誠実さを感じた。
「では、お話いただいた騎士様に大きな拍手を」
アーデルハイトの言葉に、遊戯室に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。




