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午後一時、孤児院以外の子どもたちも十二人が参加し、孤児院の庭に集められていた。初回にしてはなかなか集まった方だろう。またそこには子供だけではなく保護者の姿もあったので、まるで授業参観のようだった。
「これより模擬戦を始める」
鎧に身を包んだ三人の騎士のうち若手の二人が訓練用の刃を潰した剣を手に持ち、間合いを取って姿勢を正す。
その周りを一定の距離を開けて、子供たちや見学の保護者、修道女たちが囲う。子どもたちは地べたに座っていたが、きらきらとした表情で騎士たちを見上げていた。
アーデルハイトは主催者側ということで、子どもたちとは離れて院長やジークハルトたちと待機する。丁度騎士たちを挟んで向こう側に子どもたちの姿が見えた。
真剣そのものの瞳で見つめるルーカスを見て、この催し物を企画して良かった、とアーデルハイト心底思った。まだ始まってすらいないのに、この期間の苦労が報われる思いがした。
はじめ、の合図で剣がぶつかり合う鈍い音が響く。わっと子どもたちの歓声があがった。いけいけと叫ぶ子や、斬撃に合わせてあっ、と声を発する子、中には騎士が避けるのと同じタイミングで体を捻じる子もいた。
「随分と嬉しそうな顔をしていますね」
模擬戦の様子ではなく、子どもたちの表情を見ていたアーデルハイトに、ジークハルトが声をかける。
「まあ…、そうでしたか。お恥ずかしいところを…」
アーデルハイトは自分の頬に掌を当ててみる。確かに口角が上がっていたかもしれない。
「いえ、貴方は子どもたちと共にいると、良い表情をされる」
「え…」
「貴方が大切にしていることが切に伝わってきます」
ジークハルトは模擬戦の様子を真っ直ぐと見つめながらそう言う。アーデルハイトはジークハルトの横顔をちらりと見上げた。涼しげな表情は変わらずで、思ったままを口にしただけなのだろう。
ジークハルトはいつの間にか着替えていて、いつもと比べると軽装だ。どうやら彼は鎧は着ないらしい。
新たな衝撃音がして、アーデルハイトも同じように模擬戦へと視線を動かした。
「…そうですね。今私は、子どもたちが成長していくことに、一番幸せを感じていると思います」
修道院送りになって第一王子の婚約者、という肩書きも成すべきことも失った自分に、子どもたちが存在意義を与えてくれた、アーデルハイトはそう思っている。
「そうですか。それは何よりです。……ああ、もう少しで決着が付きそうだ」
ジークハルトがそう言うが早いか、一人の騎士の手から剣が離れた。
歓声がどっと上がり、次いで大きな拍手が起こる。アーデルハイトも周りと同じように拍手を送った。
騎士の二人は短く握手を交わす。
第二戦はそのまま勝った騎士と、もう一人先程まで審判をしていた騎士とが戦う。
審判をしていた騎士は騎士団の歴はこの三人の中で一番長い、と事前に挨拶をした時に言っていた。第二小隊の隊長でもあるらしい。実力は折り紙付き、ということだろう。
ルーカスは顔を輝かせていたし、レオもなんだかんだ興味を持って観戦していた。院長に叱られたのが効いているのか、傍目から見れば嫌っている素振りや態度は見られなかった。やいのやいの言うものの、まだ純粋で素直な部分も持ち合わせているから、きっちり話せば分かってくれる。
先程まで戦っていた騎士が呼吸を整えるための暫しの休憩が入る。待っている子どもたちは、今の試合に対して感想を言い合い、次の試合への期待感が高まっていく。
「ジーク様、緊張されてます?」
この後の試合の勝者とジークハルトは戦うことになる。デニスの言葉をジークハルトは特に、と受け流した。隣に立つジークハルトから特段緊張は伝わって来なかった。でしょうねえ、とデニスは同意した。
「こう見えて、ジーク様って毎日鍛錬してるんですよ。強さは団長のお墨付き」
デニスはアーデルハイトに耳打ちする。忙しそうにしているのに、一体どんな毎日を過ごしているんだ、とアーデルハイトはちらりとジークハルトへ驚きの視線を送った。その視線に気付いたジークハルトが、デニスを鋭く睨めつけた。
「何か余計なことを言っていないだろうな」
「いやいや、そんなことないですって!ねえ?」
デニスに同意を求められて、アーデルハイトはこくこくと頷いた。その様を見てもジークハルトは疑いの目をデニスに向けている。その目から解放してあげようと、アーデルハイトは口を開いた。
「毎日鍛錬を続けられてると…」
ああそのことか、とジークハルトはさも大したことのないように言う。
「最早ただの習慣なのです。しない方が気持ちが悪くて」
「お忙しいのに素晴らしいです」
そんなことはない、とジークハルトはアーデルハイトの言葉を素直には受け取りはしなかった。
世辞や御諂、皮肉の世界で生きてきた貴族だ。掛けられる言葉のどれだけが本心なのかが分からない世界。言葉の表も裏も見極めなければ最悪失脚する。
アーデルハイトにとってもそれが当たり前だったから今まで気付けなかったが、本心を受け取ってもらえないのは、こんなにも寂しいことなのか。それを知れたのは、ここでの生活があったからであろう。
「では試合を開始する」
アーデルハイトは、はっと現実に引き戻された。負けた方の騎士が審判として中央に立っていた。昼食前に確認した通りに進んでいく。
小隊長というから、あっという間に決着が付くかと思ったが、意外なことにもう一方の騎士もかなり粘っていた。意外と思っているのは、ジークハルトも同じようで、デニスに命じ、手帳に何やら書かせていた。
大きな盛り上がりを見せたものの、最終的には小隊長が勝利した。割れんばかりの拍手が起き、子どもたちは興奮気味に何やら話している。勿論ここまで声は届いてこないが、話している内容は想像出来る。
どの企画から始めるか悩んだが、模擬戦にして正解だった。場も盛り上がり、騎士へ興味があまりなかった子たちも、この会を楽しめているだろう。アーデルハイトも模擬戦とはいえ、戦っている姿をこんなに間近で見るのは初めてで、自身が高揚しているのを感じていた。
「じゃあ、我々はここで楽しく見学させてもらってますんで、頑張ってきてくださいね」
デニスは軽い口調で言うのに続けて、アーデルハイトも頑張ってください、とジークハルトを送り出す。
レオの一言で実施することになった最後の一戦だ。アーデルハイトの中では、申し訳ない気持ちでジークハルトの背中を見つめていた。
「…心配ですか?」
アーデルハイトは、はっとしてデニスに視線を動かした。
「いえ…。ただ、ジークハルト様には申し訳ないことをしたな…と」
「いやいや、そんなことないですよ。次期当主の剣の腕前を領民の前で披露できる機会なんてなかなかないですからね。こちらとしても正直、願ったり叶ったりです」
アーデルハイトはデニスの言葉のの意図が汲み取れずに小首を傾げた。
「分かり辛くてすみません。簡単に言えば、ジーク様を次期当主として相応しいと売り込む絶好の機会、ということです」
「…ジークハルト様ほど、領主としてのお仕事に真摯に向き合ってる方などいらっしゃらないと思いますのに…」
「私もそう思いますがねえ」
デニスは苦笑いを零した。何ともやり切れない、そんな表情をしていた。
「色んな考えの人がいるんですよ。特にジーク様を知らない人は、貴族だから、ってそれだけで」
それこそ、この前のレオのような考えの人はごまんといる。
ただ、それ以上に、とデニスは思う。
一番ジークハルトを次期当主として認めていないのは、ジークハルト自身なのだろう、と。まだこれでは、こんなものではだめだ、そんな言葉が彼の口癖になっているように感じる。よくやっている、と誰かが認めさえすれば、あれ程背負い込まなくて済むのではなかろうか。領民が、父親である現当主が、認めさえすれば、ジークハルト自身も自分を認めてあげられるのではないか、と。
「貴族だからは、その通りです」
予想外のアーデルハイトの言葉にデニスはぱっとアーデルハイトを振り返った。もっとジークハルトに同情的な言葉が来ると思ったからだ。
「貴族に対して皆、様々な影響から、偏見を持っています。数世代前の軋轢、他領の貴族の行い…、ただ単純に貴族という印象から…。だから有無を言わせない成果を出して、認めさせるしかないんです」
あんなに根を詰めて働く原動力が、デニスの中でようやく理解できた。ジークハルトについて三年、阿吽の呼吸で何もかも理解できる、と思っていたがそうではなかったのだと突き付けられた。ジークハルトは自分の考えの全てを話すわけではない。寧ろ殆ど明かさない。アーデルハイトの貴族だからこその考え方は、ジークハルトの思考の根幹に一番近しいように思えた。
「…ありがとうございます。貴方のおかげで、ジーク様の事が少し、分かったような気がします」
アーデルハイトは、デニスの顔をきょとんとした目で見つめた。初めて会った時は、完璧な貴族の令嬢で冷たい印象だったが、ほんの二ヶ月でこんな表情もするようになったのか、とデニスはこの修道院という場がアーデルハイトに与えた影響の大きさを痛感した。
デニスの言葉の真意はよく分からなかったものの、感謝を述べられたので、いえ、と短く返す。
「最終試合を開始する」
審判が宣言すると、どこからともなく拍手が沸き起こる。それを見てどんどんとこの模擬戦が盛り上がって来ているのを感じる。
「手加減は無用ですから」
「もちろんです」
中心に歩み出たジークハルトが対戦相手の騎士に声をかけた。そうは言うものの、正直接待試合になるのだろう、とアーデルハイトは姿勢よく剣を構えるジークハルトを見ながら思った。少なくとも貴族を立てないと面倒なことになるのは、ジークハルトは兎も角として散々見てきて知っているからだ。
「はじめ!」
その掛け声で小隊長がジークハルトへと突っ込んで来る。振り下ろされたその鋒を、冷静に間合いを取っていたジークハルトは軽々と避けた。
と瞬時に小隊長は切り返しそのまま剣を突きに来る。ジークハルトはそれを剣で薙ぎ払う。
試合の様子にアーデルハイトは、我を忘れて固まった。素人目から見ると、小隊長は先程と同程度に戦っているように見えたからだ。つまり、ジークハルトが言ったように手加減しているようには見えなかった。
同時にジークハルトが追い込まれているようにも見えなかった。寧ろ押している位の勢いだった。
二人の動きは速いので刀がどんな軌跡を描いているのかは目で追うことができない。
「ね、言ったでしょ。ジーク様は強いですよ、って」
デニスが茶目っ気たっぷりに言う。その様子にアーデルハイトはくすくすとつい笑ってしまい、口元を慌てて左手で隠した。
「本当に、お強いんですね」
そう話している瞬間だった。ジークハルトの一瞬の隙を突いて、小隊長が間合いを詰めて刀を振り下ろす。
アーデルハイトは、あっ、と声が漏れ思わず両手で口を覆った。
ジークハルトは剣でその斬撃を受け止める。腕にびりびりとした衝撃が走った。
「ジークハルト様、何に気を取られました?」
「何のことです」
互いにしか聞こえない音量で軽く言葉を交わし、体でぐっと剣を押し込み、小隊長の剣を跳ね返した。
「あー、惜しかったですねえ」
一連のやり取りを見ていたデニスが呟いた。
「デニス様はどちらのお味方なのです?」
「いやいや、もちろんジーク様ですよ。ただ、今の隙で決めきれなかったら、もう…」
デニスの言葉通り、ものの数十秒後にはジークハルトの勝利が決まっていた。
大きな拍手が沸き起こる。握手する二人を歓声が包み込んだ。
アーデルハイトはレオの様子を伺った。きちんと真面目に拍手をしていた。しょうがなく手を叩くような嫌々な投げやりな様子でもなかった。きっとこの戦いはレオの中に種を蒔いてくれた。レオの考え方の軸に大きな影響を与えてくれるはずだ。
全ての権力者がただ護られているだけではない。全ての権力者が、横柄で傲慢なわけではない。権力者が統べるこの王国が悪な訳ではない。いつか種から芽が出てその事に気付けるだろう。
「領主様すげー!」
と子供から大きな声が飛んだ。
「領主ではまだないのですが…」
そんなジークハルトの真面目な返答にどっと笑いが起こった。




