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七月最終土曜は、カラッと晴れ渡っていた。
ここの夏は、日本の夏とは違う。降水量があまりないので湿度も低く乾燥している。イタリアやスペインあたりの地中海性気候のようだ。
アーデルハイトはよし、と気合いを入れて教会の入口へと向かう。十一時頃にジークハルトたちが来ることになっている。彼らを迎え入れて、応接室で最終的な確認を行う。その後昼食を召し上がっていただいて、リューリングの街の子供たちを案内したら、いよいよ開始だ。頭の中では何度も予行演習をしている。きっと上手くいく、そう自分に言い聞かせていた。
「気合いが入っていますね」
アーデルハイトは後ろを振り返り、そして礼をする。同じように迎えに来た院長だった。
「きちんと本日、滞りなく終えられるように…と」
「大丈夫ですよ。一生懸命準備していたのですから。それに、ジークハルト様や騎士の皆さんもいらっしゃるのです」
院長の表情は柔らかくそれを見ているだけで、アーデルハイトは安心感が込み上げて来るのを感じた。
「…貴方から、この企画を聞いた時、私は嬉しかったのですよ」
院長が真っ直ぐ前を見据えたまま隣に立つアーデルハイトに向かって言葉を綴る。
「婚約破棄でここに来たあなたが、子どもたちの為に出来ることをしたい、と…。過去ではなく前を向いていることが、嬉しかった」
「…院長…。勿体ないお言葉です…」
「だから、そんなに肩に力を入れずとも大丈夫ですよ。今日はきっと上手くいきますから」
婚約破棄からこのリューリング大修道に来ることになってから、早二ヶ月。馬車の中で前世の自分を思い出したこともあり、長い時間悲観にくれていた訳では無いが、院長に掛けられた言葉は、じんわりと胸へと広がっていった。
馬の蹄の音が遠くからしてくる。ジークハルト達を乗せた馬車だろう。ヴァルトハイム家を表す深緑の馬車が爽やかな空の青色の中を走ってくる様は、さながら絵画のようだ。
目の前で馬車が止まり、院長とアーデルハイトは頭を下げて馬車とその後ろで馬に乗った騎士たちを出迎える。
「本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞ一日よろしくお願いいたします」
アーデルハイトの隣で院長が頭を上げて真っ直ぐジークハルトを見つめて言った。
「丁寧な出迎え、感謝します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「厩戸はこちらになりますので、騎士の皆様方はどうぞこちらへ。アーデル、ジークハルト様たちを応接室へ」
はい、と頷いてアーデルハイトはジークハルトとデニスに視線を向ける。
「では、ご案内します」
教会の脇を通って中庭へ向かっていく。
デニスは花がなくなり、緑だらけになった中庭を見渡した。
「あれ、イレーネの花摘はもう終わったんですね」
「ええ、丁度先週です。八月の中旬には新茶が楽しめるかと」
「なるほど〜。では次の視察の時が楽しみだ」
「茶会をしに来ているわけではないんだがな」
デニスの発言にジークハルトは苦言を呈する。
「楽しみのひとつだってことじゃないですか」
花を摘んでしまったから、心が軽くなるあの癒しの香りを嗅ぐことはできない。しかし、デニスの軽口にアーデルハイトは、ふっと力が抜けるのを感じた。
修道院の重い扉を開き、応接室へと歩みを進める。カツン、カツン、と三人の足音が玄関ホールに響く。
応接室の扉を開いたが、まだ院長も騎士たちも誰も来ていなかった。
「どうぞおかけください」
アーデルハイトが手でソファを示す。ジークハルトが座ったのを見て、アーデルハイトは改めて、頭を下げた。
「先日は子どもたちが大変失礼いたしました」
あの後、普段は温厚な院長にみっちりと叱られたレオは、随分としおらしくはなった。事の重さを身をもって知ったのだろう。叱られる前に気付いてくれれば、とも思うが。
「いいえ、特に何も気にしていませんから。アーデルハイトも、もうその様にするのはやめてください」
「…ありがとうございます」
なんとなくですけど、といつものようにジークハルトの後ろに控えているデニスが口を開いた。
「あの子、アーデル嬢がジーク様にぺこぺこしているのが気に食わないような感じでしたね。勿論、貴族とか偉い人が嫌いっていうのはあるんでしょうけど」
デニスは、腕を組んで右斜め上を見ていた。きっと一月前のことを思い出しているのだろう。
「賢い子ではあるのですが…、どうしても権力や貴族といった上流階級といったものが受け付けないみたいで…。何かきっかけがあったのかもしれませんが、私自身は何も知らず…」
「誰にでも一つや二つ、嫌いなものや受け入れられないものはあるでしょう」
柔らかな声色でジークハルトは言う。
「それがただ、我々のような存在であっただけで。それに、こうったことは初めてではありません。よくある些細なことですから」
アーデルハイトは彼の器の大きさに改めて感服した。こう言えてしまう貴族が今後、この領を治めていくことに酷く安心感を覚える。
アーデルハイトは貴族学院に入る前まで、公爵家で貴族としてあるべき教育を受け、大事に育てられてきた。片や貴族学院を出た後、実務として様々な場所に視察に行っているジークハルトは、人々と接する機会も多く、否が応でもそういった声が耳に入ってくるのだろう。
「…私は、」
アーデルハイトが口を開いた時、応接室の扉がコンコンと叩かれ、院長と三人の騎士たちが入ってくる。
アーデルハイトは、その後に続ける言葉も忘れ、気持ちを切り替え打ち合わせに臨んだ。




