表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら修道院送りになってました  作者: 桐浜このみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/13

3

 

  案内された自室は相部屋だった。ただし、今は人数の都合上、相手となる人がいないらしく、一人で使用するようだった。

  寝台と机と椅子、それから棚がそれぞれ二つずつ、対になるように設置されていた。簡素だが、清潔感がある。机に鞄を置いたアーデルハイトは、棚の上に置かれている置物に目をやった。この国の国教であるイレーネ教を象徴するイレーネの花を模したものだった。


  イレーネ教は、北方の国の首都が聖地の、この大陸中で広く信仰されている宗教だ。

  この世界の全てを創り出し、慈愛の母として人々を見守る女神イレーネ。世界創造がなった時、彼女は喜びで涙を流した。その涙で咲いたとされる花がイレーネの花と呼ばれ、この宗教の象徴となっている。最古のイレーネの花畑がある場所が聖地であり、多くの信者が巡礼へと向かうという。

  イレーネの花は白い花弁が六枚あり、柱頭とやくは金色に近い黄色をしている。このため、白と金色はイレーネ教を表す色になっており、様々なモチーフで使われている。


  アーデルハイトは改めて、自分の十八年間の人生を顧みた。公爵家の三番目に生まれ、上二人は男ということもあり、末っ子の女の子として屋敷中から大事に可愛がられて育てられた。厳格な公爵家の当主である父親も娘には弱かった。

  ただ一人、ここヴァルトハイム領の公爵家の娘であった母親は、アーデルハイトに厳しかった。王都に住む公爵家として、どこへ出しても恥じることの無い完璧な令嬢へなるべく教育した。八歳の時、第一王子であるエドワルド王子との婚約が正式にまとまってからは、王妃教育も始まった。様々な礼儀作法や文化、王国や各貴族の成り立ち、歴史を学んだ。もちろん、このイレーネ教のことも。

  母親の教育熱のおかげで、品行方正な知識にも富んだ完璧な公爵令嬢が誕生したのだった。その見た目も相まって、近付き難い高嶺の花のような存在に、アーデルハイトはなったのだった。


(本当によく頑張ったわ。今思えば、アーデルハイトの母親はお受験ママね)


  その目論見は達成しかける所までいっていたのだ。第一王子がこのまま王太子へなることはほぼ既定路線だったわけだし、そうすれば王太子妃に、ゆくゆくは王妃になっていただろうから。


「さて、ここでは貴方のことをアーデルとお呼びしても?」


  マティアス院長に話しかけられはっと現実へと引き戻される。


「ええ、勿論ですわ」


  アーデルハイトは微笑んで返事をした。アーデルハイトという名前はあまりにも貴族然としているので、名前だけで元貴族と分かってしまう。愛称で呼ばれるのは寧ろ歓迎だった。


「貴方の身分に関しては、皆に伏せましょう。知っているのは、私と副院長のハンナだけ。平等に接させていただきます。神の前では誰しも皆平等ですから」


  こくりと頷いた。これからはもう、ただのアーデルだ。何のしがらみもない。


「さて、少し遅いですが、お夕食にしなさい。皆は取り終わった後ですから、お一人でとなりますが」


  そんな、とそう言いかけて急に空腹を覚えた。確かに昼前に、宿で作ってもらった軽食を食べたきりだった。


「…では、ありがたくいただきます」

「食堂へと案内しましょう。ああ、鍵はこれです」


  そう言って院長はポケットから長い紐の付いた鍵を取りだし、アーデルハイトに渡した。各個室も鍵が掛けられるようになっているらしい。貴族学院の寮を思い出した。あちらでは、高位貴族ということもあり、豪奢な誂えの個室だったが、鍵には同じく長い紐が付いていた。随分と立派な修道院だ。


「あの、マティアス修道院長」


  ふと気付いて部屋を先に出た院長を呼び止める。何でしょう、と院長は足を止めこちらを振り返る。


「私、この格好で修道院内を歩いても良いものでしょうか…。着替えは…」

「ああ、それならまだ大丈夫ですよ。明日、ハンナから渡すことにしましょう。それに、ここには修道女以外にも様々な方が暮らしているのです。修道服以外をお召の方もいらっしゃいますから、お気になさらず」


  では行きましょう、と優しく声をかける院長の後に続きアーデルハイトも外に出た。扉を閉めて鍵をかける。その長い紐を首にかけ、襟元から服の中にしまい込んだ。貴族学院時代の癖だった。


  自室から食堂へは二階分階段を降りた所にあった。つまり、修道院の入口のある一階に配置されている。広く大きな長方形の空間に、長い机が配置され、丸椅子が所狭しと並んでいる。その数ざっと三十といったところだろうか。

  壁面には、イレーネ教の神話のモチーフが描かれている。世界創造の涙を流される場面だ。それ以外にもイレーネの花の刺繍が飾られている。これは修道女たちの手仕事であろうか。


  アーデルハイトは周りを見渡した。確かに遅い時間だからであろう、人は誰もいない。ランプが優しく灯っているだけだ。そもそも修道女の朝は恐ろしく早いはずだ。この時間だと、就寝し始める人も少なくないのではなかろうか。


「アーデル、今夕食を持ってこさせるので、もう少しお待ちなさい」

「そんな、わざわざ…」


  いいのです、と院長はアーデルハイトの言葉を制した後で、ただ、と言葉を続けた。


「食べ終わったら台所で食器を洗い、水切りかごに置いてください」

「かしこまりました。必ずそのように」

「では、私はこれで。お休みなさい、良い夢を」


  そう言って院長は去っていった。かつんかつん、とタイルを歩く靴音が、この食堂に響いた。


  本当に、かなり立派な修道院なのかもしれない。エーレン領にあった大修道院よりも遥かに。広い食堂、修道女たちの自室、目にしたものは多くはないが、どこも簡素な作りながらも清潔に保たれている。そしてその疑念は食事が運ばれてきた時に、確信に変わった。


「どうぞ」


  食事を運んできた修道女がアーデルハイトに声をかける。ランプの灯りの元だからか、瞳は黄色のようにも茶色のようにも見て取れる。同じくらいの年齢だろうか。


「ありがとうございます」


  軽く頭を下げてから手に持っていたお盆を受け取る。野菜がたっぷりと使われたチャウダーに、白身魚のソテー、パン、リンゴのコンフォート。前菜、主菜、デザートまで整っている。思わず目を丸くした。


(前世の社会人時代の夕食より遥かに豪華だ…)


「こんなにたくさんも、よろしいのでしょうか」

「ええ、皆さん、こちらを召し上がります。勿論、我々もこちらをいただいてます」

「そうですか…。では、有難くいただきますわ」


  女神のお恵みを、そう言って去ろうとした修道女が慌てて振り返った。


「そうでした!台所は向こうの扉を出てすぐ右手の部屋になります。片付けは恵みをいただいた者の務め。これがこの大修道院での規律になります。何卒ご容赦を」

「いえ、教えていただきありがとうございます」


  そして今度こそ、この場から去っていく。食堂にはアーデルハイト一人となった。丸椅子に腰掛け食事を前に手を組みお祈りをする。いただきます、の代わりのようなものだ。エーレン家では毎日そのように食事をしていたし、貴族学院でも同様だ。


(女神のお恵みに感謝を。…いただきます)


  心の中でつい唱えてしまうそれは、二十五年間そうしてきた前世の癖だろう。

  スプーンを手に取りチャウダーを口に運んだ。野菜の甘みが滲んで優しく温かい。


  食事の温かさが胸へじんわりと広がっていく。そして目頭が熱くなるのを感じた。アーデルハイトは一人でそっと涙を流した。食事をしてようやく実感したのだ、もう日本ではなくここが現実なのだ、と。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ