25
「プラール山脈のエメラルドは、深い緑が特徴なんです。他の産地では、もう少し明るいことが多いのですが…」
馬車の中で大貴族の息子にも物怖じせずに、堂々と宝石の説明をする商人の娘にデニスは感服した。知識も深く、このプラール山で採れる鉱石を大切にしたいという思いが、ひしひしと伝わってきた。
ジークハルトを狙って近付いて来る数多の女性をその近くで見ているからこそ、デニスは女性に対する警戒心は人一倍に強い。しかもジークハルト本人は、その下心に気付いているのか気付いていないのか、表情を一つも変えずにいるからか、勝手に勘違いしていく女性も多いのだ。その面倒事に、たった三年間で何度関わったことか、とデニスは遠い目をした。
ジークハルト本人は、結婚そのものに興味関心は無さそうだ、と思っていたのだが、ここ数ヶ月で考えを改めなければ、とデニスは感じていた。
("元"が付かなければ、最高のお相手だったんでしょうがねえ…)
デニスはぼんやりと、一昨日のことを、そして昨日のことを思い出す。本当に親族に対する気持ち、だけなのかどうなのか。ジークハルトのことだ、無意識にああいった行動に出ているのかもしれない。
「いやあ、本当に美しいんですよ!まるでジークハルト様の瞳のようです!」
会長の豪快な大きな声で、デニスははっと意識を馬車の中へと戻した。会長は会長でジークハルトのご機嫌取りに必死だ。
手袋をしたクララの手のひらの上に置かれたエメラルドは、深い緑色でなるほどたしかに、よく見る瞳と同じ色合いだ。カットされてもなお存在感を誇るそのエメラルドを襟止めのブローチにあしらったらジークハルトによく映えそうだ。
「こちらのエメラルドは、内包物も少なく透明度も高いので、一級品に分類されます。まだあまり広い範囲を採掘しているわけではありませんが、こう言った原石が多く採掘されています。プラール山は間違いなくエメラルドの一大産地になるかと思います。それもどこの産地よりも最高品質なエメラルドの鉱山に」
腕を組みジークハルトは少し考え込む。深い緑の瞳は、同じく深い緑をした宝石を映していた。
「なるほど…。であれば尚更、供給量を絞り希少価値を上げたいところです。プラール産のエメラルドが最高級品だと認知させ、長く供給し続けられるように」
ジークハルトの言葉に、いやいや、と反論するのは会長のルッツ・ベルナーだ。
「まだ採掘が始まったばかりとはいえ、これだけ素晴らしい鉱石がもう沢山採掘されているんですよ!?わざわざ絞らなくても、すぐに枯渇してしまうことはないでしょう。それよりも今は、ホルツ村の発展のためにも、どんどんと売り出して行くべきです!」
ベルナー会長は一代で富を築き、それを元手に更に事業を拡大していきたいのだろう。楽観視している訳では無いだろうが、それなりの量を採掘して行っても娘の代、孫の代、その次の代あたり迄であれば、枯渇することがないと見込んでいるのだろう。どんどん採掘して儲かりたいと思っているわけだ。
デニスはちらりと横目でジークハルトの表情を伺う。相変わらずの涼しげな表情だ。
「ベルナー嬢、これだけの大きさのエメラルドが一般的ですか」
「いいえ。やはりもっと小さいものの方が圧倒的に多いです。小さくても、色合いはこの地の特有の深い緑のものが多いですが」
「では会長、こうするとしましょう。供給量を絞るのは、大きく内包物も少ない一級品のもの。こちらは希少価値を高め、貴族向けとしましょう。小さいものは特に制限は設けませんが…、環境が破壊されない程度に」
幾人もの商人と渡り歩いてきたジークハルトにとっては、感情を露わにするベルナー会長を説き伏せることなど造作もないことだった。
「…かしこまりました」
「一級品をどういった定義付けにするかは、あとで考えましょう。また、販売はもう少し待っていただけますか、売り出し方を考えます」
貴族向けと言っていたから、社交界での話題作りになるのだろうが、とデニスは考える。現公爵もジークハルト本人も王都や領内での社交界に積極的に参加するような性格ではない。その分と言っていいのか、公爵夫人はかなり社交的だ。きっと公爵夫人に様々頼むのだろう。
がたり、と馬車が大きく揺れた。クララの掌の上にあったエメラルドが馬車の中に転がる。道が舗装されておらず、大きな石か何かに車輪が乗り上げたのだろう。
デニスは、ジークハルトを守るために咄嗟に伸ばした右腕を、今度は自分の足元に転がったエメラルドを拾うために伸ばした。
「…この道も整備する必要がありますね。後ほど、必要なものを洗い出しましょう。公爵家も支援は惜しみません」
手に取ったエメラルドはひんやりと冷たい。陽の光に照らすと、きらりと光った。
「いや〜、本当に綺麗ですね。女性が貰ったら喜びそうだ」
デニスはクララの掌の上にエメラルドを戻しながら呟いた。渡す女性は、残念ながらデニスにもいないわけだが。仕事人間の主に付き従い早三年、長いこと恋愛というものからは遠ざかっている。
「リッケン様もご入用の際には是非、うちをご贔屓に!」
「いつになるかは分からないですけどねえ…」
ベルナー会長が前のめりで言ってくるのに対し、デニスは苦笑いで応じた。




