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ジークハルトとデニスを乗せた馬車の前後を守るように、前に三人、後ろに四人の計七人が馬で護送していく。
最初の内は整備された街道を走っていた馬車も、徐々に穀倉地帯を走るようになり、夕方頃になると、周囲は木で覆われた土路をかけていた。
「あと一時間程のはずです」
外の景色を見ていたデニスがジークハルトに伝える。書類仕事を進めていたジークハルトは、その言葉に顔を上げ、同じように外を見やる。
さすがのジークハルトも馬車の中では、あの集中力は発揮できないようで、デニスの言葉がきちんと耳に届いたようだった。
両の眉頭を右手の親指と人差し指で押さえながら、ジークハルトは、ふう、と小さな溜息をついた。
揺れる馬車内、しかも陽も傾いてきた中で小さな文字を読むのは、ジークハルトも中々に堪えた。一旦ここまでにしよう、とジークハルトは書類を鞄の中にしまった。
それを見たデニスが、懐から手帳を取り出した。
「ジーク様、本日この後の予定をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「…ああ、頼む」
では、と手帳に書かれた行程を読み上げる。
「本日はホルツ村にて一泊。その際に、プラール山の採掘を指揮しているベルナー商会の方が、歓迎の宴を催してくださるそうです」
「…そうか」
今回の鉱脈発見の件で初めて関わりを持った商会だった。今まで見てきた資料の中に、確かに名前はあったが、ヴァルトハイム領の南部に住むジークハルトにはあまり馴染みのない商会であった。
「北方ではそれなりに力のある商会みたいですよ。主に木材を取り扱ってきたみたいてす」
「なるほど。まあ、この土地だからな」
ヴァルトハイム家は元々広大な穀倉地帯と深い森林からなる領土を治めており、それを活かした農業や林業で栄えてきた。ただそこに新たな産業の可能性が生まれたのだった。
「そうですね。まさかベルナー商会側も、こんなに短期間で鉱脈に当たるとは思っていなかったでしょうが」
高くそびえ立つ山脈であるプラール山脈は、北の国との自然の国境となっている。踏破したものは誰もおらず、外敵から身を守る自然の要塞のようであった。
その山脈から、鉱脈が露出したのである。山頂付近は年中雪で覆われており、麓であっても、南部と比べるとかなり涼しい。その険しさ故に手付かずの山であったが、一月に地震を理由にする雪崩が起き、その雪が無くなった所に、遠目からでも望遠鏡を使えば分かるほどの鉱脈が露出したのである。
いち早くその情報を察知したベルナー商会によって、採掘が進められていた。
「いやーでも、折角なら宝石よりも鉄鉱石や石炭の方が、良かったですよねえ」
「…いや、そうとも限らない。そういった資源が出てくれば、余計な火種になることもある」
「そうかもしれないですけど…」
確かに鉄や燃料になる資源は、多くの資金を得る機会にはなるだろう。だが、ヴァルトハイム領は農業と林業で十分に豊かだ。他の貴族との王家との均衡を保つ上では、そういった資源が露出しなくて良かった、とジークハルトは正直心の中で思っていた。
「この辺りも景色が変わるかもしれないな」
「そうですね。この辺りの道も舗装されるでしょうし、家も建ったり、それこそ新たな村が出来たり」
ジークハルトは窓の外を眺め、木々で覆われている薄暗くなった周囲の景色を視界に入れる。
ヴァルトハイムの領内は、王都に近い南側の方が栄えているが、もしかしたらこの数年の間にこの辺りの土地一帯も、第二の街のようになっていくかもしれない。
「ようこそおいでくださいました」
そう言ってジークハルトたちを案内するのはホルツ村の村長だ。村の食堂を貸切にして、ジークハルトたちを歓迎する宴と交流会を催した。都合のつく村人たちが集められ、その数凡そ五十人。それなりの広さがあるはずの食堂が窮屈に感じられた。
「こんな辺鄙な場所に遠路はるばる、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、このような歓迎の宴まで準備していただき、感謝します」
「さあさ、どうぞおかけください」
村長はジークハルトを上座へと促し、椅子を引く。ジークハルトはその椅子へ腰掛け、その左隣にデニスも座った。
テーブルの上に置かれていたグラスに葡萄酒が注がれる。ジークハルトがそれを手に持つと、右隣に座った村長が乾杯と合図をして、その場にいる村人たちも、杯を掲げ一斉に飲み始める。
杯を口元へ運び、グラスに口を付ける。葡萄酒の芳醇な香りが鼻へと抜けた。
杯を置くやいなや、料理が運ばれてくる。北方で採れるじゃがいもをじっくりと焼いたものだった。
「お口に合うかは分かりませんが…。この辺りのものを使っておりますので」
「地のものをいただけるのは嬉しいことです」
隣から村長が声をかけられて、ジークハルトはそう答える。右手に持ったナイフで1口大に切り、左手のフォークで口元に運ぶ。食事の所作は明らかに村長たちとは一線を画していた。
「ジークハルト様、紹介しますな」
横に座った村長がジークハルトの目の前に立った男性を手で示す。
「ベルナー商会のルッツ・ベルナー会長です。今回の採掘の指揮を執っていらっしゃいます」
ジークハルトは立ち上がり、左隣に座っていたデニスも同じく立ち上がった。
「ジークハルト・フォン・ヴァルトハイムです。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「ルッツ・ベルナーです。お初にお目にかかります」
二人のやり取りを見ながら、デニスは、ベルナー会長は領都の商人たちと比べれば随分と素朴だ、と思った。恰幅が良く豪快な印象を受けるが、やはり村の商人、と言ったところか。
おかけください、と言われジークハルトが座ったのを確認し、デニスも同様に椅子に座る。
両の手を揉みながら、ベルナー会長はジークハルトに話しかける。
「プラール山脈から、まさかエメラルドが採掘されるとは、驚いたものです。この何も無いで有名な村から宝石が出てくるとは!」
「ええ、私も驚いております」
芝居がかった会長の言葉を、ジークハルトはあの貴族の表情で流しながら、葡萄酒が入ったグラスに口を付ける。
「実は娘がおりましてな、これが大変宝石に詳しくて…、是非ジークハルト様にご紹介出来ればと思いましてな。周りからは村一番の美少女、なんて言われてましてな…。ささ」
そう言いながら壁の近くにいた娘を手招きする。デニスはまたこれか、と内心思ったが、表情には出さないよう努めた。適齢期にも関わらず婚約者がいない公爵家の嫡男。それ故に、もしかしたら、と淡い希望を抱く年頃の娘たち。貴族でないと、その土俵にすら立てないというのに。それを知ってか知らずか会長は娘の両肩に手を置き、ジークハルトの前に突き出す。
目の前に現れた少女は、たしかに村一番の美少女なのだろう。可憐で可愛らしい印象を受ける。前日に領内一番、国の中でも五本の指に入るような美女を目にしていなければ、より美しいと思っていたかもしれない。
「我が娘、クララです。さあ、挨拶しなさい」
「クララと申します。父の仕事を手伝っておりまして、明日も同行させていただきますので、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げるその少女は柔らかな栗毛の髪を三つ編みに下ろし、頬にはあどけなさの残る少女だった。
「ほらクララ、ジークハルト様のグラスに葡萄酒を注ぎなさい」
すみませんね気が利かなくて、などと言っている会長にデニスは辟易とするが、ちらりとジークハルトの顔を見ても変わらない表情だった。いつも通りの涼しげで何を考えているか分からない表情だ。
とぽとぽと葡萄酒が注がれ、ジークハルトが礼を伝え終えると、クララは今度はデニスのグラスに注ぎに来る。デニスはすっと、グラスの上に手をかざす。
「まだ減っておりませんので」
デニスは申し訳なさそうな表情を作り、葡萄酒を断った。侍従としての立場もあるので、なるべく飲まないで済むのなら飲まないようにしているだけなのだが。
「ジークハルト様、プラール山脈から採れるエメラルドは、本当に一級品なのです。是非明日、楽しみにしていてください」
そう言い残し、クララは二人の元を去る。父親である会長は、あわよくば娘が次期公爵夫人になることを狙っているようだが、当の本人はそれにはあまり興味のない様子だ。デニスとしては、淡い期待を抱いて涙する女性が一人減り、安心する。
「…宝石に関しては、私よりも娘の方が詳しいくらいでして。プラール山脈に鉱脈が見つかったと聞いた日には、各所から本を取り寄せ…。この村の一大名物にする、と息巻いております。明日も同行させますので、詳しい話は馬車の中でさせていただきます」
「心強いです。頼りにしています」
ジークハルトがそう言うと、会長は村長の右隣の席へと座った。
そこからも挨拶続きで、二人が解放されたのは、宴が始まってから三時間は過ぎた後だった。
「…流石に疲れたな」
ジークハルトがぽつりと言いながら、首元を緩める。お酒を飲んだせいもあるのだろう、いつものような丁寧さは少し欠けた様子で髪をかきあげ、長椅子に腰かける。
「大分飲まされてましたもんねえ」
そう言いながらデニスは水が入ったコップをジークハルトに渡す。ありがとうと受け取り、ジークハルトはそのコップを一気に煽った。
慣らされていたこともあり、ジークハルトは多少のアルコールには耐性はある。十杯も十五杯も飲まされて、顔色ひとつ変えないのは、耐性があるおかげと同じくらい、遺伝的要因も大きいだろう。
「明日もあるんですから、早めに休んでくださいよ」
ここから仕事をすることのないように、と言外に言い添えて、デニスはジークハルトの部屋を後にした。




