21
丸一日自室でゆっくりと休んだアーデルハイトは、すっかり回復し、次の日からまた修道院の仕事へと精を出していた。
体調を崩したあの日、時間はたっぷりとあったので、体調と相談しつつ机に向かって、騎士の日の具体的な催しを考えた。
文字が読めない子でも孤児院の子でも楽しめる、文字を使った遊戯として、近い言葉で言うところのカルタを提案しようと考えた。
何人集まるかは分からないが、子ども達を三つのチームに分け、アーデルハイトが担当している五人もそれぞれに振り分ける。
カードの大きさに切った紙に言葉を書き、カルタのように机の上に並べる。三つのチームのうち、どのチームがカードをたくさん取ることができるか、を競う遊戯だ。
ただ、それだと文字が読めない子どもたちが置いてけぼりになってしまうので、ルールを作る。文字が読める子どもたちは、手を使って指してはいけない。言葉だけで指示を出す。ただしそのカードを取れるのは文字の読めない子供だけ、というものだ。
これなら、文字が読めない子どもでも自ら参加出来るだろう。
ジークハルトはまた二週間後に来る、とこの前の打ち合わせの時に言っていた。その時に、院長は勿論、ジークハルトからも快い返事を貰う必要がある。
何はともあれ、リューリングの街の子どもたちにもこの催し物について知ってもらわねばならない。アーデルハイトは子どもたちと共に手書きで宣伝の紙を作ることにした。
一日ぶりなだけなのに、暫く来ていなかったように感じる孤児院へ入る。それだけ、この孤児院と修道院との往復の生活が、アーデルハイトの一部になっていたのだろう。
遊戯室の扉を開けて中へ入れば、子どもたちがわっと迎え入れてくれる。
「アーデル先生!もう大丈夫?」
「ビックリしちゃった!」
アーデルハイトの腰に飛び付きながら、姉妹のリーゼとグレーテは見上げてくる。
「ええ、もう大丈夫よ」
アーデルハイトは優しく微笑んで、二人の頭を撫でた。二人はアーデルハイトの腕を引っ張って、いつもの机へと誘導する。
「…良かった」
ポツリと小さな声でエルザが言った。普段は言葉が少ないエルザのその言葉にじんわりと胸が温かくなる。
「先生、お姫様みたいだったよ!」
妹のグレーテが身を乗り出しながら言う。
アーデルハイトは何のことだが分からずに、小首を傾げた。
「えーと、どういうことかしら…?」
「お兄さんが、先生のこと抱っこしてた!お姫様抱っこ!」
アーデルハイトは笑顔のまま固まった。理解が追いつかない。
つまりは、ジークハルトが自分を運んでいる所を、アメリアだけではなく子どもたちにも見られたということか。
アーデルハイトは恥ずかしさのあまり、顔を両の手で覆ってしまいたくなった。
「お兄さん、すっごく格好良かったの!王子様みたいだった!あっ、もしかして先生の恋人?」
今度はリーゼが瞳を輝かせながら言う。やはり、王子様やら恋愛やらに憧れだす年齢なのだろうか。
小学生の頃の修学旅行や宿泊学習でも、お布団に入ってから、恋バナで盛り上がったものだった。それはどこの世界でも変わらないのかもしれない。
「先生の恋人ではないわ。私に恋人はいないし」
「…そうなの?先生の好きな人のお話したかったのにー!」
女子たちが、というかリーゼ、グレーテ姉妹がきゃっきゃきゃっきゃする横で、男子たちはその様子を遠巻きに見ていた。この話題に全く興味がないだろう。
「ところで、皆にお知らせがあるのだけれど」
話題を変えようとアーデルハイトは切り出した。子どもたちは切り替えて、ぱっと静かになる。
「七月の最終日土曜日に、この修道院に騎士様をお呼びして催し物を開催することになったわ」
そう伝えると、ルーカスが顔を輝かせた。ただ他の四人は反応が薄い。特にレオはしらーっとした冷めた表情をしている。
あとでまた、少し話さないと、とアーデルハイトはレオをちらりと一瞥して思った。
「実際に騎士様にここで模擬戦をしてもらったり、色々と騎士様にインタビューしたり、それから、いつも授業でしているみたいなお遊戯も考えてるわ」
普段から文字を使った遊戯が大好きなリーゼとグレーテは、やったあ、と声を上げた。
「この催し物は、リューリングの街の子どもたちにも参加してもらおうと思ってるの。そこで、みんなにお願いがあるんだけど」
アーデルハイトはそこで言葉を区切った。遊戯室にいつも置いてある紙を、右手の親指と人差し指で掴みやすい分だけ取った。
「皆でこの催し物の広告を作りたいの」
アーデルハイトがそう言うと、子どもたちはきょとん、とした顔をした。アーデルハイトが子どもたちの様子を伺っていると、ルーカスがおずおず、といった感じで聞いてくる。
「その、広告というのは…?」
「お知らせといった方が分かりやすいかしら。リューリングの街のお店や施設に置いてもらって、色んな人に知ってもらうためのものよ。気になる人や、子どもがいる人に持って帰ってもらうの」
「どんなことを書いたらいいんですか?」
「それを今から皆で決めましょう!参加したいな、と思わせるお知らせを、一緒に作るの」
レオ以外は、楽しそう、やってみたい、という表情だ。アーデルハイトは胸を撫で下ろした。レオがこういう態度なのは分かりきったことだったから、それ以外の子たちが前向きで安堵した。
「だったら、」
そう言いながらルーカスは顎に手を添えて思案に耽る。その姿が少し大人びて見えた。
「文字だけではなくて、絵もあった方が分かりやすいかもしれないね」
ルーカスの言葉に同意したのはリーゼだった。
「確かに!字が読める人ばかりじゃないもんね!」
子どもよりは大人の方が識字率は高いとはいえ、全員が全員、字が読めるわけではない。また平民と一括りにいっても、職業や育ちによって差はかなりある。
「エルザはね、絵がとっても上手なんだよ」
グレーテは優しい表情をしながら、ね、と同意を求めるようにエルザを覗き込んだ。一番年下だが、よく周りを見ている。
「絵を描くのも…好き」
「そうだったのね、知らなかったわ。では、エルザが絵を描きましょう」
アーデルハイトはそこで言葉を切って周りを見渡した。
「他にはどんなことを書いたらいいかしら?」
「いつと、どこは絶対に必要だと思います」
ルーカスが模範的な回答をする。レオを除いたほかの三人もうんうん、と頷いている。
「あとは、何をするか、と、どんな人が参加できるのかもあった方がいいよ!」
リーゼがはきはきと答える。考えることが楽しくて仕方がない、という表情だ。
「そうね。では、そのことを一枚の紙にまとめて書いてみましょうか」
アーデルハイトは子どもたちと草案を一緒に書き始める。大分子どもたちも字を書くのに慣れてきたのか、カクカクしていない自然な字になって来ていた。
「日付が大きい方がいいと思う…」
エルザがおずおずと言葉を発した。アーデルハイトは、そのことが嬉しかった。エルザが自分から皆に意見を言う姿など、初めて見たからだ。
「たしかに!そうだね!」
一番年下のグレーテが大きな声で同意する。その様子を見ていると、ルーカスと目が合った。きっと年長者でずっとこの子たちの面倒を見てきた彼も同じことを思っているのだろう。
「みんなで考えながら何かを作るのって、すっごく楽しいね」
リーゼが明るい笑顔で言う。自分達で考えたものが、実際の形になっていくのが堪らなく嬉しいのだろう。アーデルハイトにもその気持ちはよく理解できた。
「では、エルザが絵を描くとして、他のみんなはそれぞれ空いている所に字を書きましょう。エルザが描き終わるのを待っていると、どうしても時間がかかってしまうから、絵を描く場所を開けて、字を書きましょうね」
「あのね、あたしは、エルザのお手伝いしたい!」
グレーテもどうやら絵を描きたいらしい。エルザをちらりと見るとこくん、と頷いたので、お手伝いを任せることにした。
「二人は、目立つように大きな字で書いてちょうだい」
そう言うとルーカスとリーゼはこくりと頷いた。
(さて…)
アーデルハイトはさっきからこの輪の中に入らず、ぼーっと外の景色を見ているレオの所へ向かった。
「騎士様が来るのが気に食わないのかしら?」
「…別に」
レオは不貞腐れて機嫌が悪い。大嫌いな騎士道物語のその精神を体現した人達が来るわけだ。レオにしてみれば面白いわけがない。
「…あんたも結局…」
独り言にも似た声の低さで、アーデルハイトは全てを聞き取れたわけではなかったが、なんとなく察することができた。
「騎士様を讃えようとか、そういった目的では無いのよ。現実の騎士という仕事を知ってもらうためのものよ」
それでもどこか納得のいっていない表情だ。騎士というものを心底嫌っているのだろう。どういうきっかけなのかは分からないが、レオの中でこの問題は根深そうだった。
(あんたも結局、そっち側なんだろ、ね。別にこっちもそっちもないけれど…)
「レオも…ルーカスも、私は現実を知った方がいいと思うの」
ルーカスという言葉にレオがぴくりと反応してこちらを見上げてくる。
「だって、騎士道物語と現実は、当たり前だけれど違うわ。物語は史実を元にしていたとしても、想像上のことであり、理想よ」
意外にも熱くなることなく、アーデルハイトの言葉に耳を傾けている。もっと壁を作っているとアーデルハイトは勝手に想像していた。
もしかしたら、ルーカスを心配する気持ちもあったのかもしれない。詳細は分からないが、ルーカスは長い期間皆の兄貴分だったのだろう。レオなりに、ルーカスを思っているのかもしれない。
「でも現実は…、そうではないことが多いものよ。それを知った上で、分かった上で、ルーカスには選択してもらいたい、私はそう思っているわ」
知らないで選択してしまう危うさを知っているから。知った上で覚悟した上で選択する大切さを痛感しているから。
「レオ、あなたが騎士道物語を嫌いでも構わないわ。ただ、騎士は現実に生きている人なのよ。何も知らないまま決め付けで、好き嫌いを判断するような人に、私はなってほしくないの」
じっとレオの茶色の瞳を見つめながらそう伝えると、レオはゆっくりと、頷いた。その様子にアーデルハイトの口元は安堵で緩み、柔和な笑みが浮かぶ。
「…きっと当日、レオも楽しめるはずよ」
「それは別に…」
そっぽを向きながら呟かれたそれは、レオらしい返答だった。
「さて、みんなと合流しましょう」
レオを立たせて、背中を押すような気持ちでぽんと肩を叩く。まだまだ反発することもあるだろう、でもその度にこうやって膝を付き合わせて声を掛け続ければきっと理解してもらえる、アーデルハイトはそうはっきりと思った。




