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ある程度食べ終えたアーデルハイトを見て、アメリアはもう一方の机の椅子を引っ張り、アーデルハイトの横へと座る。そしてずい、と身を乗り出した。
「で、ここまでアーデルを誰が運んでくてたと思う?」
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。アメリアは表情がころころとよく変わる。顔に出すぎ、と副院長に怒られることもしょっちゅうだった。
確かに、とアーデルハイトはそこに考えが至らなかった、と思った。応接室の前で気を失ったのだ、ここまで誰かに運んでもらったわけだ。普通だったら担架を想像するのだが、この物言いだと違うのだろう。
「…デニス様とか…」
若くて男手というとそうなるだろう。勿論、もう一人の方も頭の中に浮かばなかったわけではないが、早々に選択肢から外した。もしそうだったとしたら、色々と面倒なことになりそうだ、と思ったからだ。
「違います〜。ジークハルト様でした〜」
が、その期待はすぐに打ち砕かれた。
高貴な貴族に運ばれた、この文言だけで背筋がゾワッとする。この世界には、貴族と平民の線引きが明確にある。貴族がしていいこと、してはいけないこと、平民がしていいこと、してはいけないこと、これらが決まっている。貴族ならしてもいいのに、平民ならしてはいけない。逆も然りで、平民ならしてもいいけれど、貴族だったらしてはいけないことがある。だからこその特権階級なのだが。
貴族はそう易々と困っているものに手を貸すべきではない、というのが貴族の中の慣例だ。そういった類のことは、慈善活動を通じてすればいい。そうでない時に闇雲に助けるべきではない、と。全ての人を助けられるわけではないのだから、と。そういう価値観を植え付けられ育ってきた筈なのに。
いや、この修道院に来ていることも、慈善活動の一貫だ。運んだことも、慈善活動の一環ということにしよう。
色々な考えで頭が一杯になり、アーデルハイトは無理矢理考えをまとめた。
「ねえねえ、本当にそういった感情はないの?」
「ないです」
ときっぱり言うものの、やはり答えに納得しなかったのか、でもなぁ、などとアメリアはぶつぶつ言っている。
「アーデルはそう思っていたとしたって、向こうはそうじゃないかもしれないでしょ?」
頭の中でアメリアがどんなことを想像しているかは分からないが、大変失礼なことを口にする。
「ジークハルト様がお優しいだけです。私でなくとも手を貸されたでしょう」
「そうかなぁ」
とはいえ、アーデルハイト自身、助けてくれた明確な理由に思い当たる節はある。
従妹だから、だ。
元貴族とはいえ親族が困っていたら、手を貸してくれるだろう。ただ、これを伝えてしまえば、一気にアーデルハイトの元の身分が露呈することになる。元だから周りの人は気にする必要は全くないのだが、貴族という言葉に、この世界の人達は敏感だ。貴族自身も平民も。
アーデルハイトは院長の平等に接します、という言葉を守ること以上に、大事にしたいことがあった。修道院の仲間たちとの間に変な壁を作らないことだ。
この生活が肌に馴染み、アーデルハイトの新たな居場所となっているからこそ、失いたくなかった。
その時、こんこんと再び扉を叩く音がする。
はい、と言って立とうとするアーデルハイトを制して、アメリアが立ち上がり扉を開けた。そこに立っていたのは、副院長だった。
アーデルハイトは慌てて立ち上がり、副院長の前に行って頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、」
「いいのよ」
そう言う院長の声色は優しかった。
「体調が悪いのに気付けなくて、こちらこそ申し訳なかったわ」
「そんな…」
そこまでは副院長の仕事では無いのに、とアーデルハイトは申し訳なさに首を振った。
「それで、貴方宛に届いたのだけれど」
そう言って差し出されたのは、オレンジと黄色の花でアレンジされた花束だった。あまり自分では選ばないし、選ばれない色味の花だった。今まで貰った花々は瞳の色に合わせた青色が多かった。
「え…?」
「差出人は分からないの。ただ、貴方にってリューリングの花屋から直接」
アーデルハイトはその花束を受け取った。ほんのり甘くていい香りが鼻を掠める。
「アメリアもあまりここで油を売ってないで、そろそろ持ち場に戻りなさい。ああ、その前に花瓶を準備してあげなさい」
そう言い残して、副院長は部屋から出て行った。アーデルハイトは受け取った花束をぼうっと眺めていた。
アメリアはその花束を覗き込みながら、アーデルハイトに聞く。
「心当たりは?」
「いいえ、ありません…」
何か贈り物をする時は、相手や贈り主自身を連想するものを贈るのが習わしだ。オレンジや黄色を連想する知り合いはいない。アーデルハイトを連想する上でも、やはりオレンジや黄色は出てこない。
「…うーん、オレンジと黄色ってアーデルっぽくはないわよねえ…」
過去のことを一切知らないアメリアもそう言う程だ、やはりそういった印象はアーデルハイトには無いのだろう。
「…あ」
花束をじっくりとまじまじ眺めていたアメリアが、声を漏らした。
「何かあるわ、取ってもいいかしら?」
アーデルハイトがその言葉に頷くと、アーデルハイトが持っていた花束に手を入れて、紙切れを引っ張り出す。
「ほら、これ」
アーデルハイトはアメリアから渡されて、それを受け取る。メッセージカードのようだった。その紙に触れた瞬間、貴族からだ、とアーデルハイトは勘付く。触り心地で分かる質の高い紙だったからだ。メッセージカードほど厚みがあるわけではないが、滑らかな触り心地だった。
そしてそこには一言、お大事に、とだけ記されていた。差出人の名前もなければ、イニシャルもない。贈り主を特定するものは、何も無かった。
だが、アーデルハイトは、ジークハルトからだ、と察した。この筆跡は以前受け取った手紙と同じだった。
「なんて?」
「お大事に、と」
「そう…。他にはなし?」
アメリアにカードを見せる。それだけじゃ分からないわね…、と顎を指で触れながら、アメリアは考え込みぶつぶつ言う。
名前を記さなかったのは、アーデルハイトなら分かるということからか、周りへの配慮からか。
男性からの贈り物だなんて、修道女の間で一週間はその話題で持ち切りになるにちがいない。その配慮は正直、有難かった。
「…とはいえ、私の予想はジークハルト様ね。アーデルが倒れたことを知ってるのは、修道院以外の人だと、ジークハルト様とお付きの方しかいないから」
アメリアの発言に何と言うか迷った結果、アメリアの発言を否定しないことにした。嘘を吐くのは心苦しかったからだ。
「…私もそう思います」
わあ、と途端に顔を輝かせるアメリアは、やっぱり、と期待の眼差しでアーデルハイトを見る。
「きっと、ジークハルト様は、貴方が元気になるようにこの色のお花を選んだのね。だって、部屋が一気に明るくなったもの!素敵ね〜」
アメリアの口元が緩んだ表情から、彼女がどんなことを脳内で想像しているのか、アーデルハイトは簡単に察することができた。だからこそ、本当のことは伏せながら、少し釘を刺しておこう、と思った。
「実は、修道院に来る前に、ジークハルト様とは顔見知りだったのです。ですので、色々と気にかけていただいているのかと…」
アメリアの目は驚きに見開かれた。色々と聞きたいことはあるだろうが、ぐっと飲み込んで、アメリアは一言、そうだったのね、と頷いた。
「少し複雑な理由もあるので、このことは伏せておいていただけると…」
「もちろんよ。…その…、色々と騒ぎ立ててごめんなさい」
肩を落としながら言うアメリアに、アーデルハイトは慌てて首を横に振った。
「私も曖昧にしか答えていなかったですし…。逆に気になってしまいますよね、すみません」
「…ううん。じゃあ、私、花瓶持ってくるから!今日はゆっくり休んでね」
アメリアが、アーデルハイトをどこかの裕福な商家の娘位に思ってくれたことを願う。
オレンジと黄色の花は、元気を与える色だな、とアーデルハイトは思った。上品で落ち着いた色味の花を貰うことの方が圧倒的に多かった。今までにない色の贈り物に、自然と笑みが零れていた。




