18
ああ、なんという悪夢なのだろう。
婚約を破棄されるなんて。
あれだけ努力を重ねて将来の王妃になるために備えてきたのに。
婚約者である第一王子と子爵令嬢が想いを寄せ合っていることは知っていた。だが、エドワルドの気持ちが自分に向いていないことは、アーデルハイトにとって大きな問題ではなかった。悲しい、寂しい、という気持ちが皆無だった訳ではない。ただそれ以上に、王家に嫁ぐことになった以上、側妃という存在は受け入れなければならないものだと思っていた。王家の園の頂点に立ち管理する立場になるのだろうと。
そこに愛はなかったとしても、良きパートナーにはなれるだろうと思っていた。たくさん学を身に付け、王を支える存在を、伝統を大切にしつつも同時に新しさを取り入れ、国を良い方へと導けるような王妃を、アーデルハイトはただひたすらに目指していただけだった。
だけだったから、王族の一員としても望まれなくなってしまったのだろうか。品行方正、それは面白みのない、という言葉と意味を同じくするように思えてならない。
第一王子の婚約者の姿としてあるまじきものだ、とアーデルハイトは大勢の生徒の前で糾弾された。
第一王子の心を奪った子爵令嬢に嫉妬した公爵令嬢が、侮蔑的な態度で子爵令嬢を虐げた、という話がまことしやかに囁かれていた。
アーデルハイトがしたことといえば、子爵令嬢本人に、人の目がある所では、あまり二人きりにならないように、と忠告しただけだった。当の本人も、それを理解し受け入れていたように見えた。
二人の中で話が終わればよかったのだ。ただ、そうはならなかった。誰かがその場面を目撃し、面白おかしく脚色した噂を流布したのだろう。もしくは、噂に尾ひれがどんどんとくっついていき、驚愕するような噂になってしまったのだろう。
下級貴族の子爵令嬢と運命の恋に落ち結ばれる王子。
文字で見ると、なんとも素敵な恋物語だろう。誰もが応援したくなる。
傷一つなく面白みのない完璧な公爵令嬢の疵瑕は、あっという間に話のタネとなり広がっていった。
それでもさほどアーデルハイトは気にしていなかった。王家とエーレン家との関係は建国当初まで遡れる程親密であったし、何より家格の差がある。宰相職を歴任しているエーレン家を、王家が切ることはないだろうと踏んでいたのだ。
エドワルド王子とも会話の数自体は少なくなっていたが、お互いに情があると思っていた。
それなのに、なぜ。
やっていないことまでアーデルハイトのせいにされ、弁明をすることも許されず、いきなり宣告された婚約破棄。
一瞬にして描いていた未来が奪われ、何も理解出来なかった。
第一王子エドワルドと子爵令嬢リリア・フォン・リンデンの恋愛模様は、純粋なものであった。ただ、その事実を知った古参貴族に反感を持つ他家の者に、この事実を良いように使われたのだ。上手くエーレン家の娘との婚約を解消させ、エーレン家の権威を失墜させる。あわよくば、新興貴族の一派を王権の近くに侍らせて、少しでも厚遇されるように、そういった画策が周りの者たちによって練られ、実行に移されたのだろう。
エーレン家などの大貴族ばかりが厚遇される現状に反感を抱いている彼らが、婚約破棄へと追い込んだのである。
「…なんで…」
掠れたアーデルハイトの声が、誰もいない修道院の自室に響いた。
なんで、の声は切実であった。
何故、婚約破棄をされなければならなかったのか。
何故、弁明することすら許されなかったのか。
何故、修道院送りにならなければならなかったのか。
何故、家族はアーデルハイトを冷たく突き放したのか。
何故、何故、何故…。
ああ、なんという悪夢を見ているのだろう。
ただの過去ではないか。
アーデルハイトの中の誰かがそう言う。
これは、夢か、そう思ったアーデルハイトは、瞼をゆっくりと開いた。




