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ルーカスから聞いた話がアーデルハイトの頭の中を占めていた。来年の今頃にはもう、ルーカスは孤児院を出て、働き始める。その事実が信じられなかった。
孤児院の子達だけではなく、この国の子どもたちがせめて十五歳、前世でいう中学を卒業するまで、働かなくて済むような世の中にはならないだろうか、そんな大層なことを考えてしまう。前世の常識が通じないことは分かってはいるのだが。
「この話つまんない」
「こら、レオ。またそういうことを言うな」
静かな遊戯室でいきなり声をあげるレオと、それを窘めるルーカス。読書感想文を短くてもいいから書いてみる、そんな授業だ。それぞれが気になる本を図書室から借りてきて読み進めていた。
レオが選んだ本は騎士道物語だった。基本男児向けの本といえば騎士道物語になるのだが。
「レオ、こちらに来なさい」
アーデルハイトはレオと他の子どもたちを引き離す。他の子たちは集中して本を読み続けられるように、レオは本音を言えるように。
ただ、その言われようでレオはまたどうせ叱られると思ったのか、明らさまに不貞腐れた態度だった。アーデルハイトはそんな事しないのに、と苦笑した。
「どんなところがつまらないと思ったのかしら?」
アーデルハイトは、他の四人から離れた所にある椅子にレオを座らせた。
「だって…、大体いつも同じ話じゃん。忠義尽くして、命かけて戦って守って。何がそんなに面白いんだか」
「そうねえ。それが騎士道物語だけれど」
「主人を守るために死んじゃう話もあった。そんなに主人って偉いのかよ」
主従関係が故の忠義と信念に、格好いい憧れると思う人もいれば、レオみたいにその主題そのものに嫌悪感を抱く人もいる。
「ああいう話を読ませて、王様や偉い人には絶対に従って当たり前って思わせんだろ」
アーデルハイトは、レオの考えに舌を巻いた。
なんて賢い。この世界のこの時代ではかなり先進的な考えを持っているのではないだろうか。ただ、レオは現実主義故に、この王国やイレーネ教の根底にある、自己犠牲的な考え方に馴染めずにいるのかもしれない。だからこそ初日にここを出たいと言ったのか、アーデルハイトはそう思った。
「そうよね。小さい頃からああいう本をずっと読んでいると、そう思ってしまう人も多いかもしれないわね」
「…え…」
否定されると、そんなことを言うなと怒られると思っていたのだろう、吃驚した表情で、アーデルハイトのことを見上げてくる。いつもは反抗的な表情のせいでませて見えるのに、この時ばかりは歳相応に見えた。
「だからこそ、学ぶの。知識は自分を守る武器になるわ」
アーデルハイトには、このままレオが修道院から外の世界へと出ていったとして、王国の在り方に反発する勢力に与する未来が見えていた。義賊といえば聞こえはいいかもしれないが、片方から見れば治安の悪い輩であることには変わりない。
いつか、現実の世界にもあったように、絶対王政を崩す市民革命や、貴族だけではなく市民が参加する議会政治を行う時代がやって来るのだろう。だが、果たしてレオが生きているこの時代にその潮流はやって来るのだろうか。
その思想故に悪に付け込まれやすい。外の世界に出てその道へと進まないためにも、自分を守る術として知識は絶対に必要だ。
「どんな所がレオにとってつまらないと思うのか、感想を書いてみてもいいと思うし、それこそ、どうして騎士道物語が人気なのか考えても面白いかもしれないわね。レオが好きなように書いたらいいわ」
「…そんなのもいいの?」
そう言うレオにアーデルハイトは初日を思い出して、クスリと笑った。
「ええ、もちろんよ。私は凄く読みたいわ、レオがどんな風に考えているのか」
レオは黙ってアーデルハイトの言葉を聞いていた。
はみ出しもの扱いをずっとされていた。子供が好きだとされるものは、レオにとっては全てつまらないものだった。幼児の頃から、積み木も、お絵描きも、読み聞かせられる騎士道物語や童話も、何が面白いのか分からなかった。
自分にとってつまらないものを、面白い楽しいと言うルーカスやエルザが気に食わなかった。特にルーカスは自分が毛嫌いしている騎士道物語の主人公を崇拝している。何もかも面白くなかった。
「もう少し教えてほしいのだけれど、レオは命をかけて主人を守ることが嫌いなのかしら?どうして?」
「…だって、死んじまったら、もう何にもなんねえじゃん」
絞り出すような声だった。
アーデルハイトはどきっとした。その声色にもそうだし、自分のことを言われたのかとも思ったのだ。
「そうね。…生きてこそね」
アーデルハイトは、レオが騎士道物語で何が一番気に入らないのかが、分かった気がした。
「じゃあ、騎士道物語がレオにとって気に入らない理由を考えて書いてみましょう。きっと面白い感想文ができるわ。知らない言葉は私がたくさん教えてあげるから」
ただ書き上げた感想文は、暫くの間はアーデルハイトの私室の引き出しの中に仕舞い込むことになるかもしれないな、と思った。
レオの思想を現実主義だ、と受け入れられるのも、アーデルハイトが前世の記憶を取り戻したが故だ。裏を返せばアーデルハイトにしか受け入れられない。
「…分かった。やってみる」
レオが前向きになって、自分の席へと戻っていく。
アーデルハイトはレオの後ろに続いて、子どもたちの所へ戻った。
本を読む子どもたちの、この言葉教えてに答えながら、啓蒙思想家というのは、レオみたいな人だったのかもしれない、と思った。
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8月1日から毎日投稿をしてきましたが、今週からは不定期投稿になります。週二日程度(火曜と土曜※変更の可能性あり)を予定しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




