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「良かったじゃないですか、貴族っぽくない人で」
修道院からの帰り道、馬車の中でデニスが無遠慮にジークハルトに言う。
振り返ってみても佇まいやら表情の作り方やらは、貴族でしかなかった、とジークハルトは思う。
「第一王子との婚約が破棄された令嬢っていうから、どんな人かと思いましたけど。真面目な人だったじゃないですか」
「…そうだな」
言葉少なく返事する。ジークハルトは寡黙だが、一方のデニスは多弁で饒舌だ。流石に他に人がいる時は、デニスも言葉は少なくなるし、ジークハルトは言葉が多くなるが、二人しかいない時はお互いに気にすることなく、楽なようにしている。
窓枠に肘をつけ、手の甲に顎を乗せながら、ジークハルトは外の景色を眺めた。
リューリング大修道院から、ヴァルトハイムの屋敷までは馬車で一時間弱といったところだった。距離があるわけではないのだが、途中雑多な城下町や市場を通るため、馬車はゆっくりと進む。人を避けながら進むので歩いた方が早いのではないか、と思うくらいだ。
修道院は木々に囲まれた高台にあり、そこからリューリングの城下町を一望できる。馬車も例外ではなく、修道院からの帰りは眺望がいい。
「それにしても、なんで婚約破棄に…。破棄されるような人には思えなかったですけどねえ」
「…何か事情があったのだろう」
当たり障りのない返ししかできない程度には、公爵家の嫡男であるジークハルトですら、婚約が破棄になった理由を知らなかった。寧ろジークハルトだから、が正しいかもしれないが。
ヴァルトハイム家は領民と共に領地に暮らしているが故に、王都にいることがあまりない。代官に領地を治めさせ、自分たちは王都で悠々自適に暮らす、そのような貴族も勿論この王国にはいるが、領民のための領地運営に努めているのだ。
一年間の中で合計してひと月も王都にはいないかもしれない。必要最低限の社交と商人との取引の為に王都へ向かう。入ってくる情報もあまり多くはない。
また、貴族学院内で起こったことは、なかなか外に出てこない。生徒たちは寮生活のため、両親含め学院の外に起こったことを伝えるためには、手紙が第一の手段になることが多い。初めの頃は逐一報告をしていた生徒も、学院内の生活が充実してくると、筆を取る手が億劫になってくるものだ。
勿論、貴族社会の縮図である貴族学院内の情報を、喉から手が出るほど欲しがっている家もあるだろう。社交界は情報戦なのだから。
どちらにせよ、ジークハルトは何があったかは知らないし、当事者である本人においそれと聞けるような内容でもない。
「何だか勿体ない気もしますけどね。ゆくゆくは王妃なんて、似合う気がするんだけどなあ」
最後の方はデニスの独り言のようだったが、ジークハルトは心の中で同意した。
六年前に会った時ですら、まだ十二であったにも関わらず、洗練された高潔さを感じ取ったものだ。
一朝一夕の努力では身につかない気品や教養があった。それは公爵令嬢としてあるべき姿であるために、第一王子の隣に立つために、磨かれたものであっただろう。
その目的を失った彼女の失意は、どれほどのものであっただろうか。推し測ることも難しい。
ただ、孤児院で見た彼女は、決して失意に暮れている訳ではなく、むしろ活力に満ちていた。
髪を切る、という行動も想像の斜め上を行っていた。あの思い切りのよさはどこから来たのか。
そうだった、とデニスが話を切出す。
「公爵がジーク様に伝えたい話があるとか。今回の件の報告の際にお伝えするそうです」
「父上が?…分かった」
ジークハルトは頭の中で、今抱えている自分の担当を数えた。
リューリング大修道院全般、城下町の治安維持、騎士団の管理、プラール山発掘の指揮、商会との取引。
勿論、それぞれに現場の監督や補佐が付くが、最終的な判断はジークハルトが担っている。今回のように、視察として現場に行くこともあるし、お忍びで様子を見て回ることもある。ジークハルトの毎日は忙しなく進んでいく。
貴族学院を十八で卒業してから、もう少しで丸三年が経つ。息をつく暇もなく領地運営に関わり、領民の話に耳を傾け続る生活。その地道な行動が実を結び、それなりに実績を出してきたジークハルトは、周りから最近だと別のことを期待されることが増えてきた。結婚だ。
貴族学院での大恋愛の末結ばれた両親は、ジークハルトにも自身が好いた相手と結婚してほしいという思いがあり、敢えて縁談を進めてこなかった。きっと年頃になれば、惚れた腫れたの話の一つや二つ聞くであろうと思っていた。公爵家として勿論、身分や家柄が理由で受け入れられないこともあるだろうが、それでも息子の見る目を信頼していた。
両親の誤算は、ジークハルトが恋愛に一切の興味を示さなかったことだ。いずれ公爵家を継ぐものとして、結婚は必要なものではあると思っている。ただ、そんなことを考える暇がなかったのだ。
内心、候補者を適当に見繕ってくれたら、その中から選ぶのに、とすら思い始めている。
小さくため息をついた。




