41 閑話 雨の日の庭師
その日は朝から雨が降っていた。
この季節は、圧倒的に晴れが多いのだが、地面に水分が吸い込まれ、空気がしっとりするのがよい感じだ。
こんな日は、作業小屋でのんびりするに限る。ミルケラだけ、なにかを削る音が部屋から聞こえてくるが、他の庭師たちはのんびりしているようだ。
タンジェントが食堂で茶を飲んでいると、カツカツと杖の音がしてヨルトラが出てきた。
「タンジェント、少し話しても?」
「もちろん」
「土の改良についてだが」
ヨルトラも鑑定持ちで、土の鑑定はしていたそうだ。しかし、タンジェントのような詳細情報までは見られなかったらしい。
土の成分、植物との適性。
他に、植物がその土地に根付き、育つ要因はあるのだろうか?
毎晩の情報共有にはヨルトラも参加するようになった。
ここで畑を作っていると知り、何からどのように作っていったかを聞いたあとは、25年も庭師をやってきてこんなに知らないことがあったとは!と悔しがった。
そのあとは、誰よりも貪欲に土を研究し、花や、葉や根まで、片っ端から記録して分析している。
ヨルトラが、ソートルベ領とフォンブランデイル領の違いをあげ、トモテラは根付いたのに同じソートルベから持ち帰ったさや豆の寝付きが悪い理由にならないかと聞いてきた。
「ソートルベは北部だから、ここより寒いんだ。植物には太陽が必要だということはわかっている。が、ただ日が当たればいいというんじゃなく、温度も関係あるんじゃないだろうか。それも記録してみようかと思ってな」
そう言って、ヨルトラが自分の紙綴りを見せてくれたのだが・・・
微に入り細に入り、信じられないほど詳細に記録が取られていた。
─またやってしまった。自惚れることなく、真摯に努力すると決めたのに。
こんな大先輩のヨルトラがここまでやっているのに。
タンジェントは、海より深く反省した。
その頃アイルムは、寝台でゴロゴロしていた。
朝食のあと、部屋に戻って窓から雨の降る様を眺めて過ごしている。こんなにのんびりしたのは、いつぶりだろう。
前の師匠の継承を諦めることになったとき、いまさら他の師匠のもとでイチからはきついと凹んだ。仕事のやる気も失せたが、実家に身を寄せることもできず困り果てていたのだが。
フォンブランデイル公爵家から庭師を探しているから面談に来ないかと手紙を貰ったあとは、なにもかもが変わってしまった。
良いほうに。
まず待遇だ。
個室を用意してくれ、ふっかふかの布団つきなんて普通ありえない。ぺったんこの布団もあればマシなほうで、前は寝台に藁を敷き詰め、コートをかけて寝ていたのだから。
俸給は前の師匠より高いうえ、定期的に休みもくれる。今日はたまたま雨で休みだが、前は雨でも休ませてもらえなかったので濡れながら仕事をしていた。
食事もうまい。
しかも三食無料で支給されている!
前は、俸給から引かれていたのだからありがたいったらない!
仲間はイイ奴らで、夢に燃えてる。
所謂普通の庭師としての仕事じゃないが、それ以上にやりがいがある。
「なんか、いい屋敷に仕えられて幸せだよなー俺」
ミルケラじゃないが、ここは絶対に辞めたくない。
自分はここの庭師のなかでは、良くも悪くも一番普通だ。特筆することはないが、やる気はある。
誰より学んで、フォンブランデイル公爵家の庭師といったらアイルムと言われるようになりたいな。
そう思ったら寝ているのが惜しくなった。
パッと布団を捲り、食堂へ向かう。
やられた!
タンジェントとヨルトラ師弟の三人が紙綴りに顔を寄せて話し合っている。おいていかれないよう、自分も仲間に入れてもらわなければ!
四人が、ヨルトラの記録に夢中になっているとき、ミルケラは水やり樽の作成に没頭していた。
形はわかった。
しかし、その形からドレイファスが見た機能に結びつかないのだ。
樽と、棒の先から雨のように落ちる水滴の間が繋がらない。
差し込んだ棒に何かある。
棒の先から水滴が降り注ぐ?
しかし、樽に差した棒は、栓にはなっても水は流さない。
何が足りない?
何をすれば?
・・・気づいたらうとうとしていた。
どうせ今日は休みなんだ。
少し休んで、また考えよう。
ミルケラは、寝台にころんと転がって寝息を立てた。
『メルにいー!』
それは幼い頃のミルケラだ。
グザヴィ男爵家六男のメルクルが、小刀を手に木を削り、イヌのおもちゃを作ってくれた。
『ミルにやるよ』
そうだ、メル兄はいつもおもちゃを作ってくれた。家族の中でももっとも手先が器用で、大工仕事はメル兄から教えてもらったんだっけ。
夢の中のメルクルは、さらに何かを削っている。
『ミル、これ知ってるかな?エレファンっていう魔物。鼻が長くて、この鼻から水をすごい圧力で吹き出して攻撃するんだよ』
大きな耳と信じられないほど長い鼻の、初めて見る魔物のおもちゃだった。
姿形が似たものかは、実物を知らないのでわからない。
それでも、珍しいものを兄が作ってくれたということがうれしかった。
「め・る・・にい・・」
パチッと目が覚めた。
「あー、すっげえ久しぶりにメル兄の夢みたわ」
メルクルは遠縁の辺境伯の騎士隊に入り、普段は軍務についている。
本当は剣を振るうより小刀やトンカチを振りたかったのだが、剣の才があり、辺境伯にたまたま目をつけられて連れて行かれた。
忙しいらしく、たまに便りがある程度。実家の男爵家に顔を出すこともない。
そういえば公爵家に来たことを知らせていなかったな。せっかくだから手紙でも書くか。
寝台から起き出すと、紙とペンで兄に便りをしたためた。
『拝啓
メルクル兄上様
お元気でいらっしゃいますか?
俺は元気で働いています。
この度、フォンブランデイル公爵家の使用人になりました。庭師で雇われましたが、大工のようなこともしています。
いつか休みのとき、フォンブランデイル領に遊びに来てください。待っています。元気で。
ミルケラ』
何年も会ってない兄に簡単すぎるだろうか?
しかし、じゃあ、なにをつけ足せばいいかな?
そうだ!
いつか休みのときじゃなくて、近いうちに一度会いたいと書いておこう!
そのほうがよりメル兄に会いたそうに見えるよな。
そのくらい軽い気持ち。
深く考えていたわけではない。
ただやさしい兄に会いたくなっただけだ。
ミルケラの七人の兄弟と一人の妹のうち、上から三人までは年が離れすぎて、あまり遊んでもらうなどの記憶がない。
長男は跡継ぎとして小さな領地をまわって歩き家にいなかったし、次男はその手伝い。三男は、近隣の高位貴族の文官見習いとなって独立。
四男が貴族学園にあがる年になったときは、末の妹が生まれて貧乏に拍車がかかり、学園ではなく庭師見習いに出されることに。ミルケラもこの四男のところで見習いをしていたが、上がつかえていて兄さえどうにもならない。
そんな時、公爵家の使用人の話を聞いた。
ミルケラはまだ見習い同然だったので、どんな仕事でもやれると思い、頼み込んで面談を受けさせてもらったのだ。
兄たちが仕送りしてくれたら、もう少し違ったかもしれないと、思わないでもないが。
じゃあ今自分が仕送りをするかというと、そこまでの余裕はない。
道具や作業服なども買いたいし貯金もしたい。
兄たちも、気持ちはあっても出来なかったのだろう。
そんな中でメルクルは、少しだが小遣いなどを送ってくれていた。自分に使うのを我慢してくれていたんだと今はわかる。
いろいろとわかるようになった。
メルクル兄が近くにいてくれたら、いろいろ相談できたのになぁと。
そんな気持ちで会いたいと書いた。
それだけだった。
ミルケラが手紙を持って部屋から出てくると、四人はテーブルを囲み、話しこんでいた。
「タンジェント!手紙を出したいんだが、どこに持っていけばいいか教えてくれ」
「領内なら屋敷の伝達係のオデルに渡せばいいが、領外に送るなら荷運び屋が町の中に店を構えているので、オデルに頼んで持って行ってもらうか、自分で行くかだ」
「へー。町、あまり行ったことないんだ。ちょっと行ってみたいな」
とモリエールが口を挟む。
「じゃ、馬車借りてみんなで行くか?」
厩舎に行くと、使用人用の馬車が二台あったので馬と大きい馬車を貸してもらった。
御者はタンジェントが。
他の四人は馬車の中に乗り込んだ。
町までは半刻もかからない。公爵領だけあって拓けて活気のある町だ。
まずは手紙を出す。
「急ぎかい?」
荷運び屋の若者に訊ねられたが、急いではいない。無事で着けば十分だと。
言われた料金を払い、馬車に戻るとタンジェントが町で一番の食堂で昼を食べようと誘ってきた。
金の鴨食堂という店に連れて行かれたが、確かにけっこう混んでいる。
五人とも日替わり定食を頼むと、あっという間に持ってきてくれたのだが。
固いブレッドに野菜とドードボアの煮物、葉物のサラダとスープ。公爵家の食事と構成が全く同じだ。
「気がついた?ここ、公爵家の厨房にいた人がやってるから料理や味が似てるんだよ」
なるほど!とみんなで納得。
スープだけは公爵家とは違い、サールフラワーの風味の濃い食べたことがないものだったが、これはこれで美味しかった。
公爵領は塩が安く流通していると聞いたが、確かにちょうどよい塩梅に使われていて、みんな満足の味だった。
「さて。町中をぶらついてから帰るか」
男五人で固まって歩くのは少し恥ずかしいので、モリエールはヨルトラと。あとはそれぞれに歩き、時間厳守で馬車に戻る約束で。
ミルケラは、実家に特産品でも贈りたいと食料品の店に向かった。
アイルムは酒店へ。
タンジェントは大好物のドライフルーツの店へ。
ヨルトラとモリエールは、茶葉の店へ向かった。杖をついてゆっくり歩くヨルトラはモリエールに支えられ、店に入る。
「師匠!お好きなグリーンティーがありますよ」
店の中でモリエールが甲斐甲斐しく動き回り、いくつかの茶葉をモリエールが選んで会計に並ぶと、数人の店員の若い娘がモリエールの担当をしたいと小さな声でもめ始めた。
私が、いえ私がと、前に出ようとするのでなかなか終わらない。
モリエールはこどもの頃から、この容姿で女性に追い回されてうんざりしている。
庭師の仕事はもちろん好きだが、庭師には女性がいないのが最高だった。女性は面倒くさいし怖い。貴族だが、嫡男ではないので独身でいても問題ないと思っている。
ただ前にいたアサルティ家と違い、公爵家の侍女たちは節度を弁えていて、仕事中に追い回したりもしない。今、とても気楽に過ごせるのが幸せだ。
女性に煩わされるのがとにかく我慢できないモリエールは、気づくとカウンターを指先でコツコツと叩いていた。眉は不機嫌に寄り、普通なら何あの男偉そうに!くらいに言われそうなものだが、それでもキャアキャア言われる。
「怪我人を立たせて待たせるとはっ!いい加減にしたまえ。早くしないと二度と来ん!そこの君っ」
と、一番奥にいた責任者らしき男性に声をかけた。その剣幕に驚いたのか、駆け寄って女性を下がらせて会計をしてくれた。
「モリエールは、もう少し我慢がきくとよいな。植物には気が長いのに」
店を出るとき、ギリッと女性たちをひと睨みしたモリエールを、ヨルトラが笑いながら嗜める。
(モリエール、嫁はいらないのだろうか・・・)
ヨルトラは妻と死別していてこどももいないので、弟子がこどものような存在だ。
(いつかモリエールの気持ちをほぐしてくれる女性に出会えるとよいのだが)
お互いを想いやる師弟の姿は、のちのちも公爵領で見ることができた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




