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42 採取に行こう

うららかな春の日。

株で植え替えたペリルの畑は漸くシーズン真っ盛りとなった。


 森のペリルは少し前から最盛期だが、移植したせいなのか、こちらは少しズレているようだ。

 タンジェントがオーガンジーの袋を被せていた花がようやく開き、庭師たちは集まって、ドレイファスの言うところのスリスリぽんぽんを行うことにした。


 それはヨルトラも初めて見るという。

花の中心の細いひげのようなそれを、他の花のそれと擦り合わせて、黄色い細かい粉が他の花に移るとたぶん終了だろうとタンジェントは考えている。

 そう皆に話すとヨルトラが、トロンビーが足にあの粉をつけて花の周りを飛んでいたが、他の花にその粉が移っていったのを見たと言い出した。


「もしかして、トロンビーや蝶って、私たちがやったことを自然にやってるってこと?」


「あの粉が他の花に移ることで実がなる?それを仲立ちするのが虫たちってこと?」


 おおお!そうかもしれないぞ!と庭師たちは盛り上がった。


 可能性があるなら、これからしばらくはそれを気にして観察しようということになる。

みんな観察は大好物だ。

比較のため、花に粉がつかないように、咲く寸前に袋を被せたものもいくつか用意して、じっくりと観察を重ねた。


 数日経ち、花が萎れてくる頃。

粉がつかないよう袋を被せたペリルは、やはりただ萎れ、粉がつけられたペリルは、萎れた花の根元から小さな白い実が膨らみ始めた。


 庭師たちは、自分が立てた予測どおりの結果に歓びの声をあげ、実が赤く色づくのを毎日楽しみに待ち続けることにした。


 ドレイファスも水やりが終わると、ベリルが膨らむのをひとしきり観察する。


 そして、長い茎から根を張らせたペリルも順調だ。ドレイファスはどちらかというと株植えしたものより、茎から植えたペリルに興味が強い。ただの茎からどうして根が増やせるのか、葉が出てくるのか。庭師たちも知らなかったことではあるが、毎日の成長が楽しくてしかたないらしい。


「早くペリル食べたいねっ!タンジーにもあげるからねっ」


 碧い瞳をキラキラさせて、ドレイファスが葉っぱの下に隠れている白い実を確認する。虫に食べられたり、傷んだりしていないか。その仕草はまるで庭師のようだ。


 ヨルトラはまるでドレイファスのおじいちゃんのように、ベンチで一緒に座ってはアレは何コレは何と、問われるままに教えている。

 グレイザールの相手も、ヨルトラかミルケラがしていることが多い。


 当初ヨルトラは神経質と思われていたが、実はこども好きなただの爺だというのが最近の評判だ。

 アサルティ伯爵家にいた頃は、尖った芸術家風だったらしいが、かわいい主に牙を抜かれたともっぱらの噂らしい。


 ドレイファスがもうひとつ気に入っていたトモテラは、なんとか立ったまますべて枯れた。これは季節が終わったからと考えている。

 ソートルベの畑から抜いたときから着いていた、いくつかの実の残骸を残して、枯れたままにして、来年トモテラの季節がまた来るまで観察するのだ。

 あるとき萎れ始めた実が弾けていて、中身が飛び出していた。畑が汁や中の粒粒で汚れていたが、それらもあえてそのままにしている。どれかひとつの現象でも来年に繋がるものがあるのか?考えるとわくわくする。

 夜になるとみんなで、ああなるこうなると様々な予想を繰り広げるのも楽しくてしかたない。


 サールフラワーは、当初の苦戦はどこへやら!土の改良を何度か行ったあとは、非常にうまくいくようになった。採取地と似た土でありながら、ほんの僅かな違いが大きな影響を与えることもわかった。

育てやすいので、来年に備えてサールフラワーの一画は畑を拡張している。今は土の準備などを始めたところ。


 スピナル草もサールフラワーのように根付いたようで、こちらは本当にありがたい存在。実は根付いただけでなく、新たな葉が続々と生えるほどの繁殖力なのだ。これも来年に向けて畑の拡張を準備中。


 最後のさや豆だけは、残念ながら本当にムリみたいだ。トモテラのように立つこともなく倒れてしまっている。

一種類でも多く経過を見てみたいので、枯れてゆく様も観察し続けるが。




【神の眼】の調査は一段落ついたそうで、あとはカイドとハルーサの二人が担当することになり、マトレイドとロイダルは本格的にルジーと交代で護衛につくことになった。


 とは言え、お出かけすることがない五歳児の護衛はやることもそう多くなく、よく懐いているということで護衛はたいていルジーが。

 マトレイドは新館ができたあとの警備計画の作成、ロイダルはこちらに残す使用人と、公爵家騎士団からこちらの警備に選ぶ者の調査をしている。


 みんなそれぞれに忙しくしているが、アイルムだけはなんとなく手持ち無沙汰だった。もちろん、植物の手入れや観察には余念がない。

 でもミルケラのように物作りを任されるとか、モリエールのようにヨルトラの補佐とか、そういうプラスアルファが自分にはないとひとりモヤモヤしていた。




 ある日ヨルトラがポツっと言った。


「畑には認められない広さの群生地から、他の種類の植物を採取してペリルみたいに試してみたいな」


 モリエールが、自分がと手をあげようとしたが、アイルムはこれだ!と身を乗り出した。


「モリエールはヨルトラの補佐なんだから、俺が探しに行くよ!」


 モリエールとタンジェントはCプラスの冒険者だが、アイルムはBランクなのだ。強い上に行動範囲も広い。


(採取を俺がやればよかったんだ!)


 来た時は、新しいことに取り組むことで余裕がなく、そこまで思いつかなかった。

 国が畑と認めたところは持ち主の農会しか収穫はできないが、狭い群生地は誰でも自分が食べる程度の収穫ができる。

 地域の管理人が乱獲には目を光らせているが、旅人の食料調達であっても無料で分けて貰えるのだ。


 ヨルトラと相談していると、タンジェントが今回は同行すると言ってきた。


「どこに小さい群生地があるか、知らんだろ?道案内ついでに教えてやるから覚えて、あとは自力で開拓してくれ」




 採取初日の朝。

厩舎で小さな馬車と馬を借りる。

荷車でいいと思っていたが、タンジェントから、旅人が荷物も持たずに植物だけ刈って歩いてたら怪しまれると言われ、幌がついて中に荷物をしまい込める馬車になった。

 それからタンジェントは、大きな敷布を何枚も馬車に積み込む。採った植物の根や土が交ざらないように、それぞれを敷布で包んで持ち帰るのだと。


 公爵家特製穴掘り棒は、まだ外に持ち出すことができないので、長ナイフと小刀、パッと見には今の穴掘り棒と変わらないように見えるが、ミルケラが使いやすいようにとカモフラージュの細工を施してくれたものを道具入れに突っ込む。


 準備が整った頃、タンジェントは厨房からブレッドと焼いた肉をもらって、荷物の上にそっとのせた。


「さあ行くか!」


 御者台にふたりで並び、馬を走らせる。

そういえばここに来てから庭師の誰かとふたりでというのは初めてだ!と気づく。

アイルムは急に気まずくなり、ごまかすように話しかけた。


「タンジェントは、どうして公爵家で働くことになったんだ?」

「うん、父が公爵家の文官なんだ。花にしか興味がない末子にゃ文官は無理だと思ったらしくて、同僚の庭師に弟子入りさせてくれたんだ」

「それはお父上に感謝だな。こんないい奉公先、そうはない。ここしか知らないとわからないだろうけど、本当に羨ましいよ」


実感の込められたアイルムの言葉に


「そうみたいだな。みんなの話を聞くほどに恵まれているとわかったよ」

「うん、よかったわかってもらえて。ミルケラじゃないが、俺は絶対にここを辞めたくない」


 タンジェントは、アイルムはクールだと思っていたので、その言葉は意外だった。


「前のところを辞めることになったとき、一から他の師匠の下でやり直しかと思ったら、イヤでたまらなかった。しかし継げる爵位もないから実家に戻りようもない。そんなときにここに来られて本当にうれしかったんだ。

なんならドレイファス様の側近庭師になって、成長を見守りたいな。そしたらずっとここで働けるだろ」


タンジェントは、恐ろしく打算的なことをいうアイルムに吹き出した。


「俺の知る限り、ドリアン様や奥方のマーリアル様は、使用人を簡単にやめさせるような人ではないよ。普通に働いていれば問題ない。でも裏切ったらヤバいだろなー、アレは」


なんかそんな感じだなーと二人で笑う。


「あれ、そういえばマーリアル様にはお会いしたっけ?」

「いや、まだだ」


あ!と言葉を漏らして


「そっか。今ご懐妊されてて、なかなかおりていらっしゃらないからな。すごく美しくて、ドレイファス様は奥方様そっくりなんだ」

「なるほど、ドレイファス様かわいいもんな」

「な。あれはかわいい。性格もいい。あのまま育ってほしいが、公爵家の嫡男としてはやさしすぎるのがちょっと心配かな」

「まあ、ドリアン様も相当優しいと思うし。それでも公爵で、財務大臣補佐を務められるんだから、いずれはことを成されるよドレイファス様も」


ふたりは頷き、タンジェントは馬を走らせた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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