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40. 腹黒執事

 ドリアンを先頭に、男たちが庭へと向かって行く。


 作業小屋と畑のある裏庭へは、普通の使用人が足を踏み入れることはない。毎日出入りするのは、庭師とドレイファス、ときどきグレイザールくらいである。


 ドリアンの記憶にあった作業小屋より、いつの間にかかなり大きくなったログハウスの横に、半透明の小さな小屋が見えた。


 初めて見る不思議な物体に、庭師とルジー以外は目を瞬かせている。


「これがドレイファスが言うスライム小屋なのか?入ってみても?」


 ドリアンは今また自分にも見えたかもしれない、異世界を見ることなく力を失ったことを悔やんだ。これを己が目で見たかも知れないのにと。


 小屋の中に入ると、半透明ながら太陽の光も熱も、間違いなく小屋の中に伝えられている。暑いほどだが。

 どのように作ったのかをミルケラが説明する。けっして自分の目で見ることができないものを、ドレイファスの足りない言葉を己の想像力で補って作り上げてくれたミルケラは確かにすごい。石ガラスを使えば同じようなものが作れるだろうが、費用が凄まじく現実的ではない。試作すらも難しいだろう。

 タンジーがミルケラに任せたいというのも、この出来上がりを見たら当然と思えた。


 このスライム小屋に火の魔石をつけて中を暖めたら、冬でも作物ができる?水と暖かさが調整できれば、いままでならその季節まで待ち続けていた作物が作れてしまう?


 そう説明されたドリアンは背筋が冷たくなった。うれしいより、怖い。

やり尽くしたらどこまででも行ける気がするのだが、公爵家の一人勝ちを王家は決して許さないだろう。

 あえて、ほどほどにしなければいけないのだ。その加減が恐ろしく難しいと、ブルッと身を震わせた。


 タンジェントやルジーは、マトレイドより若い分勢いがあるが、それをわきまえているかというと、足りないこともあるだろう。それが命取りになることもあるから、折を見て一度進むことのリスクを知らしめておこうと決めた。


 考えをまとめて顔をあげたドリアンの目に、青々と広がる畑が飛び込んでくる。

やっていることはわかっていた。でも、庭に下りてきて目線の高さで畑を、ドレイファスとタンジェントたちが作り上げた畑を見るのは初めてだ。興味はあったのだが、気後れしてなんとなく来られなかった。

 まだまだ狭いが、人の手で一から作っていると思うと感慨深い。

 なぜ自分たちは野菜や果実を植えて育てると考えたことがなかったのだろう。作ってはいけないと決められていたわけではない。自然の中にできるものを頂くのだと信じ込んできた。

 畑を作ることで、自然の摂理を狂わせるようなことはあるのだろうか?


一度神殿で八卦でも・・・

神殿?なにかわすれ・・・!


 ハッとした。

そういえば神殿記録を取ったとき、調べると言っていた。それっきりだが、調べられると厄介になるかも。

しかし、調べるなというと藪蛇か?


 ドリアンの眉間に深い皺が生まれているのを見た執事から、どうなさいました?と声をかけられて引き戻される。


「神殿で神官が調べてくれると言っていたのを思い出した」

「私の知る限り、今日までなにも言ってきてはおりませんが」

「思い出して調べたら面倒では?」

「伝手があります。調べるようなら出世してもらいますので」


 マドゥーンは今出世させると言ったか?

聞き間違いかと思い、執事の顔を覗くと。


「忘れさせるには、もっと素晴らしいことを与えましょう。その方がお互い幸せですから」

 笑みを浮かべていた。


 ひゅっと冷たい風が頬を撫でる。

薄ら寒く感じて袖を擦ると、そろそろ戻りましょうと執事に促された。


「タンジー、ミルケラがやってくれるなら大工については任せる。これなら納得だ。私でも頼みたくなる出来だからな」

そう告げると、ミルケラが直立不動で答える。

「はいっ!お任せを」


 公爵たちが屋敷に戻ると庭も静かになった。




「はあ、なんか疲れたなあ」

アイルムが大きくため息をつく。

「ドレイファス様、どえらいスキル持ちだったんだな」

「まあ、そのおかげで、誰も見たことがない景色を見ることができるんだ。古き良きものや伝統にしがみつくのも間違いではないが、それを求めない私のような者には僥倖だ。

私は一度人生を諦めた。しかしどうだ!神のお導きのような出会いに恵まれた!私、ヨルトラ・ソイラスはこの名にかけて誓おう。残りの命をフォンブランデイル公爵家のために尽くすと。ドレイファス様のために」


 ヨルトラが、ひとり盛り上がって宣誓したので、四人は固まった。

気持ちはわかるが。

いま?ここで?


「ん?大袈裟だったか?ははは」


 ヨルトラに担がれたと気づいた若い庭師たちは笑う者、むしろ照れる者入り乱れ、しかし最後は大笑いで終えた。


 なんにせよ。

よい仲間が集まったのだ。

それだけは間違いない。

みんなこの仲間に満足していた。




 翌日からは、ヨルトラの知識を四人に共有しつつ、庭園と畑の手入れを。午後からはミルケラだけ抜けて穴掘り棒の改良と水やり樽に取り組み始めた。


 オーガンジーを被せたペリルの蕾は、一両日中に開きそうだ。それを楽しみにしつつ、枯れてしまったペリルを抜き取り、その土の状態を確認して記録をつける。

 サールフラワーも何度か枯れたが、ようやく根づいてきたようだ。


 ソートルベで入手したさや豆は難しそうだが。トモテラとスピナル草は、当初のダメかも?な雰囲気を蹴散らしたあと定着した。特にスピナル草はほとんど枯れもせず、元気に育っている。

 ここから先、収穫せずに置いておくとどうなるのだろう。それも知りたいので、ペリルやサールフラワーともすべての実や葉を取り尽くすことはせず、枯れて次の年の季節が来るまでを見守るつもりだ。


 自然の中では同じ場所に毎年群生するのだから、同じ場所で新たに生まれる理由がきっとある。それを解明したいと庭師たちは考えていた。




 午後、ミルケラだけ小屋に戻る。


 タンジェントが手を入れた穴掘り棒と、ドレイファスが描いた絵を見比べる。

今だってそんなに変わらない出来映えだ。

手を入れるとしたら、持ち手をもっと持ちやすいように削るか切るか。

 それと、強化をかければ安心して使えるかもしれないと考えて、すぐ行動に移す。

 ミルケラは強化スキルを持っている。主に自分に身体強化をかけ使うことが多いが、物にもスキルを使うことができるのは知っている。ただそれがいつまで効果があるのかわからないのだが。


 穴掘り棒はもともと杭のように先だけを尖らせた一本の棒だ。先を尖らせるだけでなく、角度をつけて薄くすることで土を掘り起こし易くしてある。所謂スコップに近い形をしている。

 タンジェントのろくろを借りて、持ち手を握りしめやすいように手の形に合わせて削ってみた。

 まだ粗削りだが、みんなの意見を聞いてから次の手を考えることにする。




 そして水やり樽・・・・・

これはタンジェントもまったく進めることができなかった物だ。

 もう一度、ドレイファス様に聞いてみるか。夕方の水やりにそろそろ来る頃だから。




 いつもより少し早い時間に、ドレイファスはグレイザールとその侍女リンラを伴ってやって来た。

 アイルムやモリエールが来てからは、いつもルジーにまかれていたのだが、今日が初めてのロイダルがついていた。

ルジーのようにはいかなかったようだ。


「すごい!いつの間にこんなに?」

リンラが呟く。

「グレイザール様はしばらくいらっしゃいませんでしたからね」

「ルジー様はいつでもグレイザール様をおいてけぼりにされるのですもの!」

淑女のはずが、口が尖っている。

「またときどき来てください。庭師増えたんですよ、紹介しましょう」


 グレイザールとリンラを連れ、ひとりづつ庭師を紹介して歩く。

 モリエールのところに来たとき、リンラが真っ赤になった。タンジェントはもちろんその変化に気づいたが、モリエールはなんの反応も見せず、淡々と自己紹介をしている。


(んー。モテすぎて何も感じないのか、唐変木なのか?ご令嬢がこんななんだから、もうちょっとなんとか言えっ)


 なぜかタンジェントのほうがもやもやしたが、リンラはそそくさとその先のミルケラの元に向かった。

「はあー」大きなため息をひとつついてから。


 ミルケラの隣には、さらに改良された穴掘り棒が転がっていて、本人は小さな樽に新しい穴を開けているところだ。


「あれ?もうそんな時間?」


 没頭して、畑の来客に気づかなかったらしい。


「ドレイファス様の弟君グレイザール様と専属侍女リンラ嬢だ」


 タンジェントが紹介すると、埃を払って立ち上がり、人懐こい笑顔を浮かべ、ミルケラ・グザヴィです!と挨拶をした。


「グレイザール様ですか。かわいいなあ!何歳ですか?」

「しゃんしゃい」


 金髪にアパタイトブルーの瞳を持つドレイファスとは違い、公爵によく似た黒髪黒目の容姿は三歳より大きく見え、利発そう。

しかしタンジェントは知っている。

一度泣けば、山をも揺るがす大音量で大人たちを翻弄することを。


 ミルケラはどうやらこどもが大好きらしい。グレイザールが来たときは彼に任せようと、そっと退却してドレイファスに合流した。


 ドレイファスは水やりを終えると、スライム小屋に入り込み、キャッキャッ言いながら床でゴロゴロと転がり始めた。

敷布を敷いてあるが、枯れ草がついたままなので、起き上がるとあちこちに草がぶら下がっている。このまま戻ったらメイベルが怒るに違いないが、ロイダルは気づかない・・・。


「ロイダル。メイベル嬢に雷落とされたくなければ、ドレイファス様についた草は落としておけよ」


 一応注意をしておいた。


 そろそろ屋敷に戻ろうかと言う頃、ミルケラが穴掘り棒と樽を持ってやって来た。


「ドレイファス様!これ見て」

「あー、穴掘り棒」と、小さな手をミルケラに伸ばすと、はい、と手渡された。

五歳には少し大きい気がするが、ふたりとも気にしていないようだ。


「どうかな?穴掘り棒はドレイファス様の見たのと同じ?」

「うーん。ちょっとちがう。ここ、もっとよこにびょーんっておおきかった」

「びょーん?」としゃがみこんだミルケラが、小石で地面に絵を描き始める。

こんな感じ?と聞きながら。

「そうっ、そんなのだった」


 ミルケラは、やった!という顔で上を向いた。


 そんなやりとりをリンラはじっと見つめている。

(こういう方、ルジー様だけかと思ったけど、他にもいらっしゃるのものなのね)


 さっきモリエールの美しい顔立ちに頬を染めたが、リンラはこどもが大好きなので、モリエールよりミルケラのほうがなんというか素敵に見える気がした。


 見られているとは気づかないミルケラ、ドレイファスから水やり樽についていろいろと聞いては、また地面に絵を描く。


「あー、なんかちょっと閃いたかも!」


 そういうと、ドレイファスの柔らかそうな金髪をぐりぐりと撫でて、またな!と作業小屋に戻って行った。


「ドレイファス様、そろそろ戻ろう」


 ロイダルが迎えに来る。

風も冷えてきた。

今日はこれでさようならだね。

ドレイファスが庭師たちに手を振って、屋敷へと戻って行った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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