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34 旅の目的

 タンジェントとモリエールは、小川のそばの木陰に馬車を止め、被せていた敷布をそっと捲った。

 根元の土に触れるとまだしっとりしているが、敷布を被せてあっても移動時間が長くなれば乾いて、隙間風で飛ばされてしまうだろう。

そうならないように、手を打ちたいが。


「どうしたもんだろう?水をかけたら土は流れてしまうしな」

「濡らした布を根元に巻いたらどうだ?」

「それ、いいかも!」


 小川に布を浸けて絞り、根元に緩く巻きつける。これから乾燥を防ぎ、土に湿り気を与えることもできる。


「モリエール!素晴らしいアイデアだな!」


 この荷物を手に入れたのが帰り道ならよかったが、帰りに店がなかったら本末転倒だ。

早くソイラスに会い、早く公爵邸に戻り、早く植えられるように。

馬を走らせるふたりの手にも力が入った。


 日が落ちるほんの少し前、ふたりはようやくソートルベの町に着いた。

 馬車と馬を預けることができる宿を見つけると、野菜の根元を包む布にもう一度水分を足し、馬車の窓から覗かれてもわかりにくいように敷布の上にゴザも被せる。


「じゃあ、まずドレイファス様への土産でも探しに行くか!」


(えっ?まずやることがみやげ探し?)


 びっくりして、どれだけ主好きなんだよといったモリエールの呟きは、タンジェントには聞こえなかったようだ。


 屋台や土産物屋を覗いて歩くが、ピンとくるものはなかなか見つからなかった。腹も空いてきたので諦めようと思い始めたとき。


「これは?」


 タンジェントが手に取るのを見た店員が、「スライムの干物だよ」と教えてくれた。


 持ち上げて夕日に透かすと石ガラスほどではないが、太陽の熱や明るさは伝わってくる。


「ただ干しただけでこうなるのか?」

「そうさ?討伐されたスライムを洗って、外に吊るしとくんだ」

「これ、どうするんだ?」


モリエールが不思議そうに口を挟む。


「テイムされた魔物の餌だよ」


なるほど!と庭師ふたりは納得した。


「なあ、これ水に濡れたらどうなるんだ?」

「ん?このままさ。水分が抜けたスライムは濡れたからって元に戻れないからな」


 タンジェントはまだスライムを透かして空を見ている。


「カチカチになったら、このままなのか?」

「まあ、試したことないが数年は日持ちはするよ。売れずに在庫になっても少しも変わらんからな」


 そういうと自虐的に笑ってみせた。


「水に触れてもこのまま大丈夫なんだよな?」

店員は頷き、買うなら一個5ロブだよと言った。

(安い!そりゃそうか、魔物の餌だもんな)

「今、何個あるかな」

「50個くらい?」

「買った!」


 経緯を見守っていたモリエールが、ええっ?買うのか?と声を上げたが、タンジェントはこれをドレイファスへのみやげにしようと決めていた。


 紙に包んだスライムを受け取り、笑みを浮かべたタンジェントに、

「マジか?まさかおまえこれ食うんじゃないだろうな?」

とモリエールが真面目な顔で問い質してくるので店員も吹き出してしまう。

「ち、違うに決まってるだろう!なんで俺がスライム食うんだよ、アホかっつうの!でもドレイファス様なら絶対喜んでくれるんだよ」


 タンジェントは、フンっと鼻息荒く吐き、紙包みを脇に挟んで歩き出す。

「飯行かないのか?」

弾かれたようにモリエールもタンジェントを追いかけた。


 何を食べるか迷いながら歩くうち、結局宿に戻ってしまい、ふたりは宿の名物料理だというローストしたドードボアを選んだ。

 美味しかったですとにっこりしたその口で「名物ってほどでもなかったな」と呟いたモリエールに、こいついろいろ黒いなと改めて思ったタンジェントである・・・。


 宿の寝具は、作業小屋の部屋のものより硬くて久しぶりに寝苦しい夜になった。その分早くに目が覚めたので散歩に出る、と言えば聞こえはよいが、せっかく他領に来ているのだからと朝市を覗きに行く。


 ふたりそれぞれで歩き回っていると、モリエールがなにかをみつけたらしく手を振っている。タンジェントが追いつくと、また野菜の屋台だった。

 こんもりと並べられているのは、莢豆だ。莢の中に何粒かの豆が入っていて、普通は莢だけ紙包みに入れられ売られているが、ここでは枝に莢がついたまま。ここでも土つきの根っこがそのまま残されていた。


 公爵領では、洗われてきれいに処理された野菜がほとんどだが、他領では意外とそうでもないようだ。次にいつ出会えるかわからないのだからと、根っこ付の莢豆も買って帰ることにした。


 馬車の中は、昨日買った野菜がたんまり詰め込まれて、ソイラスが一緒に行くと言われてもかなり狭そうだ。


「さすがに買い過ぎじゃないか?これみやげじゃないよな」


 モリエールがタンジェントをからかう。

馬車を覗いて、流石に反省したらしい。


「次に何か買おうとしてたら絶対止めてくれ」


もはや他人任せのタンジェントだ。


「おまえ、そういう性格だったんだな」

モリエールが笑って、タンジェントの背中を軽く叩く。

「さあ、行くか」




 目指すソイラス子爵家は、ソートルベの町の外れにあった。


 なかなかに歴史を感じさせる石造りの垣に守られた城は公爵家には及ばないが、爵位から考えるとかなり立派な物と言える。

 門扉の鐘を鳴らすと使用人が出てきたので、名乗るとすぐ通された。


 入ってすぐの間を応接にしており、そこで待たされる。侍女が茶を持ってきてくれたが、初めての香りだ。


「この茶はなんだかわかるか?」


 モリエールは首を傾げる。

スパイシーな、嗅ぐとスッキリするような香りだった。


 コツコツと固い物が当たる音が聞こえ、扉が開く。杖をついた、巻毛の銀髪を伸ばした壮年の男が入ってきた。


「モリエール!」

「師匠!」


 ガシッと抱き合う。

それからしばらくの間、ふたりはタンジェントの存在を忘れて近況を語り合った。

 仲の良い師弟関係だと見て取れたが、ずっと待っていても仕方ないので、タンジェントがゴホンと咳き込んでみせると。


 ん?とソイラスが振り返り、やっともう一人の訪問者に気づいた。


「あ、悪い!師匠、紹介します」


やっとな。

やっとだよ。


 ちょっと拗ねたタンジェントだったが、ソイラスの人懐こい笑顔と、握手に伸ばされた手に負けて、タンジェント・モイヤーと自己紹介をした。


 モリエールから話を聞き興味を持ったことや、ハサミや斧を持っての庭師の仕事というよりは、経験の浅い自分たち四人にアドバイスをしてもらいたいことを伝えた。

足が悪くても大丈夫であること、待遇などを伝えていくとソイラスは目を丸くする。


「杖がないとろくに歩けない、採取も植え替えもできないのに庭師として雇いたいと?」

「はい、そのとおりです。庭園の造成は公爵の趣味の問題で、たぶんお願いできませんが、それ以外でお力添えをお願いしたい」

「ははは、はっきりいうな」

「いかがでしょうか?」


 ソイラスは少し俯き、考え込んだ。

モリエールは、タンジェントから畑などについては口を挟まないよう言われていたので、途中からはおとなしく話を聞いている。


「希望の条件があれば仰ってください。検討致します。ただ一つだけ、お約束願いたいことがあります」


「いや、こちらとしては条件が良すぎてむしろ怖いくらいだ」


感触は良いようだ。


「それで約束とは?」


「神殿契約をお願いしたい」


 緑の目が一瞬大きく開かれたが、すぐにっこりした。


「なんだ、そんなことか。問題ないよ。アサルティでも神殿契約していたら、疑われて斬られることもなかったかもしれんな。なんなら今から神殿に行くか?」

「いえ、公爵領内の神殿でお願いします」


 モリエールが片手を上げ、ソイラスの注意を引く。


「じゃあ師匠、来てくださるんですか?」

「もちろんだ!兄上の好意で置いてもらっているが、このままここにいられるわけでもないし、仕事を探したいと思っていたんだ。

こんな私に、こんないい条件を出してくださるなんて二度とないだろうからね。ぜひお願いしたい!」

「よしっ、やった!」


 モリエールとタンジェントは、肘を突っついたあと肩を抱き合った。


「いつ、来ます?明日一緒に来ます?」


 モリエールが食いつき気味に畳みかけると、笑い出したソイラスが、少しくらいは支度もしたいぞと手を上げて遮った。


「まずは世話になった兄上に話を通してからだ。今、領内を回られていて明後日戻ることになっているから、それまでに荷物をまとめておき、話が済み次第出発するのはどうだ?」


もちろん、否はない。


「ソイラス様は馬でいらっしゃいますか?」

タンジェントが訊ねると、

「ソイラス様とか敬語はやめてくれ。ただの同僚・・・どころか雇ってもらえるのはタンジェント様のおかげなのだろう?」


 ソイラスはクスクス笑いながら、わざとタンジェントを様付けで呼んだ。


「ヨルトラと。モリエールもそれでよいぞ」

「そんな、俺はぜっっったい師匠としか呼びません」

「じゃ、俺はヨルトラと呼ばせてもらう。俺のことはタンジェントと」


「ああ、それで馬で?」

「そうだな、荷物が私の馬では厳しいかもしれん」

「では、俺たちは一度公爵領に戻るが、すぐモリエールを馬車で迎えにやるというのはどうだ?」


 モリエールは、パッとうれしそうに笑った。


「すぐ出発すれば今夜には公爵家に戻れる。一晩休んで明日またとんぼ返りすれば、荷物をまとめるのも手伝えるんじゃないか?」


 喜んだモリエールがタンジェント~と抱きついて、それを見たソイラスが大きな声で朗らかに笑い転げた。


 笑いがおさまると、三人はゆっくりと外に。

ヨルトラが見守る中、公爵家の庭師二人は帰途についた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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