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33 旅の途中

 公爵家情報室の男たちが色めきたっていた頃。


 太陽に燦々と照らされた畑では、庭師たちが手分けして地道な作業に没頭していた。


 実は最初に植えたサールフラワーは半分以上枯れてしまったのだが、懲りずに山に入っては土の成分になっている枯れ葉や玉土などを持ち帰り、土の適性を高めて、また植えるを繰り返しているところだ。。

 土に様々なものを混ぜた直後より、日数をおいて鑑定した土のほうが適性が高くなるようだと気づいた。実際、土の準備が整ってから植えたほうが定着しやすいようなので、今は土についての検証を重ねている。


 そしてペリルだが、伸びた茎で株分けしたものは、今せっせと葉とさらに長い茎を新たに伸ばしている。大きめの実があった株ごと植えた列は、移植のあとにつけた実も少し大きめだった。


 まだタンジェントが一人だったときにドレイファスとやったスリスリぽんぽん。花を擦り合わせたもの、擦らなかったものともオーガンジーの袋をかけて何も触れないようにして様子を見た。スリスリぽんぽんした花はもれなく実をつけたが、擦らなかった花はそのまま萎れた。

 この結果はまだだれとも話していない。一度やってみた結果に過ぎないということもあるが、それでもタンジェントには閃いたことがあった。それを今度は仲間たちと検証したい、そのタイミングを待っていた。


 庭師の男たちは毎晩茶を片手に、その日の畑の様子や気づいたことを共有し、喧々轟々話し合う。いい年の大人たちが茶で?と言われそうだが、それが初めて経験する楽しさで、みんないつも夢中だ。今では疑問に思うことは、話してみれば誰かがヒントを与えてくれる。

 仕事の話が楽しすぎて、夜、町に飲みに行く時間がもったいないとさえ感じるほどで。四人の庭師たちは、人生最高の環境で最高に楽しく仕事ができることに感謝する日々だ。


 その仲間に迎えたいと、タンジェントが待ち望んだ庭師から漸く手紙が届いた。中を確認すると畑にいるモリエールを呼ぶ。


「手が空いたらちょっと来てくれ」

自分の白すぎる肌が嫌だと言いながら、麦わら帽子の下に、目だけ出すよう顔に布を巻き不審者のようなモリエールが、緑の中からピョコっと現れた。


「なんだ?」

「ソイラス様から返事が来たぞ」


 パァっと明るい目になって、ペリルを飛び越えて走ってくる。


「なんて?」

「来週なら会ってくださるそうだ」

「会ってくださるのか!」


 二人で肘を突きあい、よしっと!叫ぶ。

それに気づいたアイルムたちも戻ってきた。


「来週ソイラス様に会いに、俺とモリエールで出かけるよ」

「ああ、返事きたのか!」


 毎晩のいろいろな話の中で、モリエールから耳にタコができそうなほど師匠ソイラスの話を聞かされて、温度差はありながらもみんな会ってみたいと思うようになっていた。

来てもらえるなら歓迎されるだろう。

 その夜は、茶と、モリエールが出してきたワインで一段と盛り上がったのだった。




 タンジェントたちがソートルベ領に出発するまでの三日間で、旅支度はもちろんだが、ペリルの小さな蕾のいくつかにオーガンジーの袋をかけた。戻ったらみんなで試したいことがあるから触らないで待っていてくれるように頼んで。

 みんな、いま聞きたいと目をキラキラさせて躙りよってきたので、話したい誘惑にかられたがなんとか踏みとどまった。

 ソイラスがもし来てくれたら、ソイラスがまだ知らないことならそれを一緒にやりたいと、タンジェントは考えていたのだ。


 出発前日の夕方、ドレイファスが畑に来たときに四日ほど留守にすると伝えると、頬を染めてぎゅっと足に抱きつく。


「たった四日だから。ミルケラたちが留守番してるから仲よく水やりして。お土産買ってきますから」


と頭をぽんぽんと撫でても機嫌は直らずに、ベソをかきながらルジーに抱かれて屋敷へ戻っていった。


「あんなに懐かれたらかわいくてたまらんな。しかしまあ、タンジェントの親戚のこどもと話しているような口振りには驚かされるよ!」


 アイルムが笑いながら愚痴る。三人ともだいぶ慣れたが、庭師の中ではタンジェントが一番好かれているのは間違いない。


「ルジーがな、いつもあんな感じなんだよ。うつっちまったな」



 翌朝早く、公爵家の使用人用馬車と馬を借りたタンジェントとモリエールは出発したのだが。

 そのあと水やりに来たドレイファスが、珍しく大泣きして大人たちを大いに困らせた。

 泣き止まない小さな主を慰めようと、ミルケラがドレイファスを抱き上げて身体強化をかけた。何をするのかと思ったら、キャッキャッ歓声をあげるまで畑の畝を尋常でない速さで駆け回り、積み上げられた枯れ葉の山にドボンと飛び込んで、枯れ葉の中でゴロゴロとふざける。

 ふたりで枯れ葉の山から体も顔も葉っぱまみれで出てきたとき、あまりの姿にみんなで笑い転げた。


 ミルケラが、ドレイファスの庭師大好き順位2位に確定した日、みんなお腹が痛くなるほど笑って、寂しさを紛らわせることに成功した!



 さて。

 旅路を急ぐタンジェントとモリエールは、御者を代わりながらサクサクと進んでいた。

 ソートルベまでは馬を飛ばせば半日ほど。

しかし、今回はソイラスが一緒に来ると即決してくれた場合を考え、一応馬車にした。馬を休ませつつ馬車で移動すると、日の出とともに出発しても夕方頃の到着となるだろう。その日は宿に泊まり、翌日訪問しようと考えている。


「そういえばモリエールはこっちの冒険者ギルドに移動の手続きはしたか?」

「もちろんだ、来てすぐに行ってきたよ」


 庭師見習いのときは、ほとんど俸給がない。

衣食住のうち、食住は住み込みなら賄えるが、現金がなければ作業服や靴も買えなくなってしまう。

 見習いの主な仕事は片付けと荷物運び。そのため師匠は見習いを雇うと、まず冒険者ギルドに登録させて共にパーティーを組む。山や森に採取にいくときは、薬草採取やパーティーランクに合わせた魔物討伐などの依頼を受けるのだ。見習いは当然弱いが、魔物討伐は師匠が手伝い、報酬や素材の代金は見習いに与えてくれるのが一般的。

 そうして俸給の不足分を補い、一人でも採取ができるように仕事を覚えながらレベルアップしていく。一人前の庭師になる頃には、Dランク以上になっていることが多い。

 タンジェントとモリエールも現在Cランク+の冒険者なので、街道を走る程度なら大抵のことには対応できた。


 昼を途中の宿場で簡単に済ませると、馬の様子を確認する。人間は準備万端だが、馬にはもう少し休みが必要のようで。

 宿場の馬房に預けて、ふたりで町をぶらつくと野菜を売る屋台があり、覗いたモリエールが手招きする。


 根にゴロッと土がついたままのスピナル草がたくさん積まれていた!

普通は根を切って葉っぱを洗い、紐でまとめて売られているのだが、屋台のまわりは土だらけだ。


「これスピナル草だろう?なぜ土とか根っこつきなんだ?」


 モリエールが訊ねると、人の良さそうな年かさの女はモリエールが文句を言ったと思ったようだ。


「ああ、なにしろこの量だしねえ、いちいち土とか根っこ取るのは面倒でね。根っこ取って洗う手間を省いているから、その分安めに売ってるんで大目に見てくれよ」


 それを聞いたタンジェントはニヤっと笑う。


「いや、別に怒ってるわけじゃない。うちは大家族なんだがみんなスピナル草が大好物でね。土がついていようが安くしてもらえるなら大歓迎さ。馬車を取ってきたいんだが、まだここにいるかな?」



 嘘八百だが、たくさん買うのを怪しまれないようにとモリエールは咄嗟に思いついた言い訳をする。


「ああ、まだこんなに残ってちゃ帰るに帰れないよ」


 うんざりしたように肩をすくめる。

モリエールは、タンジェントにすぐ馬車を取りに行くよう言い、背中をポンと叩いた。


(あの根っこの土を分析して、適性をあわせたらスピナル草ももっと育って増えたりするだろうかやってみたい)


 タンジェントの頭の中は、スピナル草でいっぱいになった。モリエールもそのつもりだろう。

 急いで宿に戻ると馬を繋ぎ、馬車で屋台に向かう。 


 屋台に積まれたスピナル草を全部買うと言うと女はびっくりしたが、モリエールが、うちは兄弟が九人いるのであっという間に食べてしまうと思うよとミルケラを引き合いに嘘を重ねた。


 待っていた間、女と世間話をしていたモリエールが他の野菜もあるか聞き出している。

 美しい顔のモリエールに、頬を赤らめた女は名残惜しそうに

「あるよ。なんなら畑を見ていくかい」

と、信じられないようなことを言ってくれた!


(おおおお!本当にか!)


 興奮を悟られないよう自分の表情に注意するが、タンジェントの心臓は興奮でバクバクし始めていた。


 女が荷車に荷物を片すのを手伝い、馬車で後ろについて走ると、そこには赤い実をつけるトモテラが群生していた。

 トモテラはタンジェントの好物なのだ!

モリエールはタンジェントが浮かれてボロを出さないよう袖を引っ張り、すっと前に出た。


「奥さん、トモテラは一個づつもいで売ってくれるのかな?」


「まあ、そうしてもいいし、そろそろ季節も終わるから、実をつけたまま一本まるごと抜いていってくれてもいいよ」


 表情を変えずに口角だけを上げたモリエールは一層美しい顔を浮かべる。


「大家族みんなで食べられるようたくさんほしいから、まとめて何本か抜いて譲ってもらえるかな?」


(なぜだろう?モリエールがなんだか黒く見えるな・・・)


 タンジェントはしかし、モリエールの微笑みおかげで大量のスピナル草と数本のトモテラを土付きで手に入れたのだ。それを一粒の土も落とすことがないように荷台に敷いた敷布の上にそっと置く。


 とりあえずここを離れ、どこか人目につかないところで土が乾いて風に飛ばされてしまわないよう処理をしなければ!とタンジェントは焦りを覚えた。

 が、それを横目にモリエールは一際麗しい笑みを浮かべて女の手を握り、

「あなたのおかげで、今宵私の家族は大好物のトモテラとスピナル草が食べ放題だ。出会いに感謝いたします」


 嘘八百をまるで本心から思っているように告げ、女の顔を真っ赤に染めていた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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