32 変わり者の従兄弟
カイドはドリアンへ面会申請を出したあと、約束までの時間を利用して王城図書室へ馬を飛ばした。
王太子妃ルミルティアとその御子の王室記録を確認したかったから。
しかし、閲覧できる記録にはまるで消し去ったように痕跡さえなく、不自然なほどだった。
隠蔽したのだろう、が、しかたない。
そのあとカイドはさらに、貴族や市井に起きたスキャンダル様々を面白おかしくまとめた紙売りの商会を訪ねてみた。
もしかして、はるか昔の記録がないだろうかと駄目でもともとと聞いてみたのだが、やっぱり手がかりはない。だがひとつ、良い情報を聞くことができた。
大きな出来事や事件、スキャンダルを研究している貴族がいて、紙売りを発行する度にそこにも納めていると。膨大に遺されていた過去の紙売りも大金を積まれてまとめて全部売ったという。
そんな恥知らずな物好きがいるとは!
どこの貴族かと思ったら!
「ムルーニア・ヒルルナ子爵?」
嘘だろう?
恥知らずはカイドの従兄弟だった。
ムルーニア・ヒルルナに訪問の伝令鳥を、そしてマドゥーンにドリアンとの面会時間を変更してもらうための伝言鳥を飛ばすと、ヒルルナ子爵家へすっ飛んで行った。
カーンと鐘を鳴らすと、見慣れた従者が顔を見せる。
「カイド様!お久しぶりでございますね」
「おお!ジェートル、元気だったか?」
「はい、ありがとうございます。おかげさまで」
人の良さそうな笑顔で門扉を開け、迎え入れてくれた。
「ところでムルーニアに会えるだろうか?」
「はい、少しお待たせしますが。
伝令鳥を受け取られてから、アルシアに湯浴みと着替えをさせられておりますもので」
あっはは!とカイドは事情を察して笑い出した。
「まだろくに着替えもしないのか?くだらない研究に没頭しているそうだな」
「再三お諌めするのですが、誰にも迷惑かけていないと仰られて聞き入れてくださらないのですよ。迷惑かけられているのですがね」
どう聞いても主の恥・・・だが、幼い頃からよく知るカイドだから、奇譚なくぶちまけているようだ。
そんなことを話していると、廊下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「カイド、来るならもっと前に連絡よこせ」
風呂に入れられたのが気に入らないらしく、挨拶より文句が先だ。変わり者だけあって、マナーなんて一昨日来いとでも言わんばかりの態度だが、喧嘩しても仕方ないので軽く受け流す。
「うん、悪かったな」
「で。急に来て、なんの用だ?」
ムルーニアは社交には顔を出さないので、貴族に友人はほとんどいない。というか友人はいないと言うのが正解だ。たぶん一日中紙売りの虫で外にもろくに出ないはず。身内でもあり、カイドの警戒は他の人間に対してよりは低いと言えるが。
そうは言っても迂闊な一言で何がどう転ぶかわからない。ムルーニアが余計な興味を持たないよう、ここに来るまでに、ムルーニアの資料を見せてもらうために辻褄が合う筋書きを考えてきた。
「今、公爵家の歴史について編纂作業をしているのだが、ただ纏めても面白くないなと気づいてな。公爵家の歴史と、そのときにあった世の中の出来事を織り込むと、世相もわかってよりよい歴史綴りになるのではないかと思ったんだ」
面倒くさそうな顔をしていたムルーニアだが、急に興味が出たようで顔を上げた。
「王城図書室にも行ってみたのだが、きれいごとの羅列しかなくて。紙売りの商会で、なんと我が従兄弟であるムルーニア・ヒルルナ子爵なら詳しいと教えてもらったんだ」
「おお、そうだったのか。一公爵家の歴史編纂なんてつまらんことやってると思っていたが。
王城図書室なんか、量はあるが揃えた内容はお貴族様向けのまさにおまえが言うようなきれいに取り繕ったものばかりさ。
その点俺が集めた資料は、もっと生々しくて、市井から貴族まで本当の生活感を感じられるんだよ。
よし、資料室を見せよう」
お互いの思惑はズレていながら、同時に顔を見合わせてニヤッと笑った。
しかしムルーニアの資料室は酷い有様だった。
ジェートルが迷惑だというのは、風呂に入らず本人が汚いというだけではなさそうだ。
本当に酷いの一言。
凄まじい量の紙が、まったく整理されずに積み上げられていて、きれい好きなカイドは気を失いそうなほどだ。整理されていたら宝の山かもしれないのだが。
想像以上にだらしないムルーニアに怒りが込み上げたが、それより今は目的のものをここからどうにか探さねばならない。
カイドは気分が悪くなって軽く嘔吐いたが、なんとかその場を凌ぎ、躙り寄った窓を開けて空気を入れ替えた。
(はあ、風が、気持ちいい・・・。これならなんとかやれそうだ)
それからのカイドの苦闘は、どんな罰だと言わんばかりのものだった。
紙のあいだに何かの食べカスが挟まっているなんていうのはかわいいものだ。カイドは素手を止めて乗馬用の薄い布手袋をはめ、一枚一枚斜め読みしながら整理していった。
ムルーニアは、すでに新しく届いた紙売りに夢中だ。
研究していると聞いたが、あの様子では書かれた内容を記録も整理も分析もしていないのだろう。要するに研究と言って紙売りをコレクションし、思う存分読みふけっているだけだ。
そりゃあ、使用人たちの怒りも当然だと呆れた視線をムルーニアに向けた。
しかし、このコレクションはとても役に立ちそうだ。貴族が金にあかせて集めた紙売りコレクションは、紙が劣化した相当古いものが多々あり、カイドは探していたもののいくつかを見つけることができた。
古文書に小躍りするカイドには、このとてつもなく古い紙売り・・・たぶん、貴族の間で読まれていたものだろうちょっと良い紙で書かれたそれを、このようにぞんざいに扱うムルーニアに腹を立てていた。
カイドならきれいに保管して、内容も整理して記録ができるのに。そう思ったら指がムズムズしてきたが、今はやるべきことがある。
(そのうちにムルーニアがもっと興味を持ちそうなものを見つけ出して、なんとかこれを戴こう!)
そう思いつくと、無意識に笑いが浮かぶ。
そういえばムルーニアには婚約者もいない。
容姿は実は悪くない。伸ばしっぱなしのボサボサの銀髪と汚らしい無精髭、何日も着替えないため着崩れてヨレた服をなんとかしさえすれば、背もスラリと高く、美しい緑の瞳を持つ。
カイドより五歳下だからニ十八歳。カイドの叔父である先代子爵が立ち上げた商会が大きくなり、優秀な使用人たちの手により維持・運営されているので先代が亡くなった今はその利益だけを受け取り、腹ただしいことにムルーニアの懐はポカポカだ。領地経営もほぼ任せっきり。
当主のくせに仕事どころか社交もしないのだから、婚約者が見つからないのも無理はない。
カイドと同い年の姉はとうに嫁ぎ、男の子がニ人いる。もしもこのままならその次男を養子にして子爵家を継がせることになるだろう。が。
(婚約者か。ムルーニアでも良いという令嬢・・・。それが問題だが、もしいたらきっと屋敷中きれいに・・・それこそ全部捨てさせられるかもしれない)
カイドは、自分が悪い顔をしているとは気づかず、ニヤニヤと笑った。
(こういう相談は・・・やっぱりルジーがよさそうだな)
ムルーニアの屋敷を辞するとき、カイドの手には幾時代かの様々なゴシップのメモがあった。
(ムルーニアについては、姉のツィルルアに相談してみよう!)
未来に、この資料室に積まれた宝物を我が手にすることを想像し、軽い身のこなしで待たせていた馬に飛び乗った。
カイドは公爵家に戻ると、まずドリアンに渡す予定のまとめ書きに紙売りが書いていたいくつかの噂を挿入した。
噂は所詮噂に過ぎないが、すべてが出鱈目とは限らない。真実と合致するらしい部分もいくつか見つけていた。
ルミルティアの出来事で市井に流されたのは、生んだ王子の体が弱く、お生まれになってすぐ夭逝されたため、お嘆きの深かったルミルティアがあとを追ったという噂だ。
ふたりが亡くなったのは間違いないが、その真実が噂と違うのは間違いない。今となっては真相は闇の中だが。
ドリアンは少し俯き、瞳だけを動かしてカイドが渡した資料を読みふける。一度読み終えたが、また最初から読み始める。その間数分、カイドは音を立てずにドリアンから声をかけられるのを待ち続けた。
背後のマドゥーンも、じっと見つめている。
カイドが綴った資料をパサっと閉じたドリアンが、ようやく顔を上げた。
「ここに書かれたことは?本当に?」
「初代当主様の家令が記録していました」
「そうか・・・。
ルミルティア様が為してしまったことは表沙汰にせず、時系列を誤魔化しながら、ただ悲しみのあまり王子を追って共に身罷られたとだけ発表したのだな。そうするしかなかっただろうと慮る。
なればこそ。
もとより我が公爵家が王家より目立つことはけっしてあってはならない。有ろうことか臣下である公爵家が、王家が継承できなかった神の血統だなんて許さないだろう。アシルライト様の加護がなければ、どこかの段階で取り潰されていてもおかしくなかった。
この経緯を知っていたら、メイザー様のカミノメによる功績は秘匿するしかない。本人が危険ということもあるが。
ルミルティア様とアシルライト様について完全なる隠蔽を付されたということだな、時代とともに完全に忘れられるように。
だが、王家に秘かに受け継いで公爵家に目を配る者がいるとしたら・・・。
ドレイファスのスキルで領地が繁栄することがあるとき、過去のメイザー様と同じように完璧な目くらましが必要になる。
側近、学園に通うようになった場合の学生護衛の育成が急務だ。ロイダルに調査を急ぐよう言伝ててくれ」
いつともお読みいただき、ありがとうございます。




