31 ようやくわかる真実
カイドとハルーサ、マトレイドたちは、ドリアンから情報室の隣の部屋を新しく与えられた。情報室分室と札がかけられた部屋は二間続きで作られていて、元は情報室のほぼ物置になっていたのを片付けたものだ。
奥の間が新しいカミノメ関連の資料室となるため、マトレイドの推薦でミルケラに書棚を作ってもらい、紙綴りを年代順に並べ替えていった。
そのため途中まで進んでいた歴代当主方の日記の確認が中断していたが、読むのをなんとか我慢して整理し並べ直した結果、読みたいと思う物はすぐに手に取れるようになった。
「さあ、これでまた読み放題だぁ!」
ハルーサが本当にうれしそうに宣言する。
「やっぱり初代様からいきたいよな」
実は初代当主のオートリアスとその妻アシルライトの日記は見つからなかった。
神姫の日記、いやせめて直筆の文字を見てみたかったが残されていないのか?ただ家令の記録は残されていて、ふたりともそれを読みたいと狙っている。どちらが先に読むか、どちらも譲らずに睨み合っているところにロイダルが帰還した。
「大工の面談もマドゥーンに任せることになったから、もう俺はドレイファス様の護衛に移ってもいいんじゃないかーい?」
と、とってもうれしそうにステップを踏みながら。
カイドにジトっと睨まれても鋼の心臓のロイダルはまったく平気だ。
「いやぁ、ほんっと、カイドもハルーサもすごいと思うよ!俺にはできないもんなっあんなの読み続けるなんて!いろいろ迷惑かけたが晴れて本当のお役御免ってことでよろしくっ」
口からは謝っているような言葉がすらすら出ているが、ほんのこれっぽっちもそんな気持ちはないのがまるわかり。ひどい無神経ぶりに見えるかもしれないが、実はそうではない。
もしそうなら情報室に所属できないし、市井に混じっての調査などできるわけがない。
空気を読めないふり、無神経なふりをしているだけで、まわりの人間の感情の落差を楽しんでいるのだ。
こう見えて仕事はできる。
ドリアンが、嫡男ドレイファスの護衛にする程度に腕も立つのだが。いま一つ人望に欠けるのはこういうところが原因だろうなと、カイドは呆れたような視線を向けた。
「ロイダル、護衛になっても控室はここだから。護衛にも調査にもつかないときは情報整理も仕事だと忘れるなよ」
カイドはロイダルに釘を刺してやった。
「ハルーサ、続きを読むか」
ロイダルを視界から締め出してさっきの続きを始める。どちらが初代家令の記録を読むか。
ああでもないこうでもないと二人で揉めていると、会話から弾き出されたロイダルが割り込んできた。
「なーあ?家令の記録何冊もあるんだったら、二人で分けろよ。いい年して、つまらんことで喧嘩するな」
そう言ってロイダルが、テーブルに置かれた数冊をそれぞれに振り分けてやる。
「さ、読め読め。いくらでも気が済むまでどぉーぞ読んでくれ」
ここまでやられてしまうとカイドたちも気が抜けて、椅子にストンと座り、押し付けられた記録をおとなしく読むしかない。
「おー、イイ子イイ子。茶、淹れてきてやるから仲よく読めよな」
カイドは茶化そうとするロイダルを無視し、目の前の文字に没頭し始める。
第一代当主の家令ジョノラの記録には、たぶんみんなが知りたかったいくつかの答えがあるはずだから。
『ジョノラ・モストラルズ』と署名された紙綴りを捲る。カイドが手にしたそれは、神姫アシルライトの輿入れ少し前から始まった。
『本日大神殿にご神託が下された。なんと!王家の神への寄進と真摯な敬愛に応えるため、神姫様御二柱が降臨され、我が王家の第一、第二王子に輿入れされることになった。
我が君オートリアス様!おめでとうございます!』
「なるほど、ご神託がおりたってことにしたのか。それにしても現実離れしているなあ。神様が娘をくれるなんて!いったいどうしてそうなったんだろうな。というか、どうやってその姫が来たかも知りたいよ。もしかしたら王家が威信を高めるために作り話をしたかもしれないじゃないか」
ロイダルはまったく信じていない。
王家がどうやってその嘘をまことしやかに知らしめたのかに注意が向いている。
『本日ご神託のとおり、神姫様が天界より降臨された。
それは目も眩むような、いや眩しすぎて目を開けることすら叶わぬほどの光の階段が天より繋がり、神姫様御二柱が降りていらしたのを微かに開けた我が瞼の隙間から確かに見ることができた。あまりの神々しさに涙が止まらない・・・
第一王子カイラルトア様は上位の姫ルミルティア様、我が君オートリアス様は下位の姫アシルライト様を娶られる。
婚姻と同時にカイラルトア様が立太子され、オートリアス様は降下し公爵家を興されることも決められた。我が君の立太子を目指してきた家臣として力不足を深く悔やむが、オートリアス様はルミルティア様よりアシルライト様が気に入っておられ、これでよかったのだと仰られた。嘆く家臣一同を慮っての御発言と理解するに、心根優しき我が君には王より公爵のほうが幸せかもしれぬ』
「なんと!神姫は二人いたのか。王妃に神姫を迎えられた?そんな話は聞いたことがないが・・・」
「だな。どういうことだろう?俺のも何かないかな」
「いやいや、ちょっと待てよ、こんなの本当に信じてるのか?」
ロイダルはふたりを諌めたが・・・
「あのなぁ。ドレイファス様がおかしな夢を何度も視ることも、当家ご嫡男だけに出たり消えたりする不思議スキルがあることもすべて事実だろ。頭が拒否しても信じるしかない。それにこの家令がわざわざ日記に嘘を書く必要があるのか?」
反対にカイドに問い詰められ、言い返すこともできないロイダルを捨ておき、二人は目を皿のようにして綴りの世界に入り込んでいく。
またカイドが新たな記述を見つけた。
『アシルライト様は神姫でありながら、天界からは下界と呼ばれるような我らの世界に馴染もうとしてくださっている。微笑んでくださるだけで、あまりの神々しさに倒れそうになるほどのお方なのに。オートリアス様とも仲睦まじく、心に沁みる美しい声でお幸せであられるとのお言葉を賜り、家臣一同泣いて喜んだ。
しかし、王太子妃ルミルティア様はアシルライト様とは違い馴染まれぬご様子。アシルライト様も日々姉姫様へ御心を寄せられているが、天界の誇り高き神姫様の心中を慮れば当然のことであり、アシルライト様が素晴らしすぎるのだ。我が君はアシルライト様を娶られ、大変な幸を神より賜られた。
・・・・・二年後の記述
素晴らしい!公爵家ご嫡男ミケエリアス様がご誕生され、公爵家は歓喜の大騒ぎになった。
同時期、王太子妃ルミルティア様も御懐妊され国中が幸福に満たされた。
・・・・・さらに七月後
王太子妃ルミルティア様、第一王子ご出産され、国中歓喜に包まれる。
・・・・・その一年後
アシル様がリボンヌ様とリリエル様を無事ご出産。
ミケエリアス様とリボンヌ様、リリエル様の誕生日は偶然にもとても近いので、ミケエリアスさまのご生誕にあわせて祝いの宴を設けてはどうだろう。すくすく成長されるミケエリアス様とおふたりの姫様誕生に公爵家の末永い幸せを心より願わずにはいられない』
「初代様は夫婦仲がよろしかったようだな。ご嫡男と双子の姫をもうけられたようだ」
『・・・・・三年後
公爵家の四人目のお子様、コイトゥルテス様無事ご誕生され神様に感謝!
アシル様、産後の肥立ちがよろしくないため療養に入られる。一日も早い回復を家臣全員で神殿にて祈願。上位家臣でと決めたのだが皆行きたがり、三部に分かれて行くこととなった』
「アシルライト様の回復祈願に、家臣全員で神殿祈願だと?奥方様がものすごく愛されていたことは間違いなさそうだ・・・・・」
みんなの驚きをロイダルが口にする。
もし今マーリアル様が健康を害されたら・・・自分たちは全員で祈願に行こうとまとまることができるのだろうか。マーリアル様はもちろん素晴らしい奥方様だが。やはり神姫であるアシルライト様は特別なお方だったのだろうな。
会うことはけっしてできない、はるか高みにある公爵家始祖に思いを馳せながら続きを読んでいたが、ある記述に視線が吸い付いた。
『ミケエリアス様、五歳の神殿記録』
「あ、あった!あった!あったぞっ!カミノメが」
ええっ?とハルーサとロイダルもカイドの指先に顔を寄せた。
『読み上げられた神殿記録をここに記す。
聖魔法
全知の神ミケルライトの加護
アシルライトの加護
スキル【神の眼】
アシル様とその父神様の加護を受けられていることがわかり、オートリアス様、アシル様と共に安堵。アシル様固有のスキル【神の眼】も継承された。但し下界では影響大きいことを懸念され、いずれ当主となるべき嫡男のみに継承させるとアシル様にて制限されたとのこと。すなわち【神の眼】を発現した者が未来の当主として神姫に選ばれた者。子々孫々発現した者はアシル様が大きな加護を与え、その一生を護られる者となる。
アシル様のお言葉によると、ルミルティア様はこの世界の隅々まで見ることができる【千里眼】を、アシル様は異世界を視ることができる【神の眼】を持ち、地上へ降りて来られたとのこと。
【千里眼】【神の眼】とも天界にあっても使わずにいると衰え、いずれ失われる。
【神の眼】は下界では視る物は選べないそうだ。視るべき物が視えるとアシル様は仰られていた。一度スキル発動により視たもの、それに関連するものなら、強く望めば夢見で知ることができるらしく、それを柔軟に受け入れられる者には留まり、発動を重ねるほど成長するが、【神の眼】で視たものを受け入れられない者からは失われるとの事。
【神の眼】に選ばれた者は公爵家当主としての誠実さや領地経営の現実的な力を求められながら、かつ自由な心、自由な発想力をも持ち続けねばならないと。アシル様の求められることはかなり難易度が高いと思われるが、不敬かと思いつそうお訊ねしたところ、神の子々孫々であるからより高みを求められるのは当たり前のことと返された。
次代、ミケエリアス様以降の家臣に念のためアシル様より聞いたことを書き記しておく。
【神の眼】を消失することがあっても、アシル様の護りが薄れることはなく、当主として選ばれた者であることが変わるわけではない。また【神の眼】を持たずに生まれたとしても一族子々孫々まで、愛の加護を与えられるとのこと』
「ということは、次期当主として最初から選ばれて誕生されたのがドレイファス様なのだな」カイドの口からこぼれ落ちた。
「あれ?まだ一枚続いてる!」とハルーサが一枚捲って、最後のページを暴いた。
『なんということだ!王太子妃殿下ルミルティア様が御隠れになられた!恐ろしいことに唯一の御子であられた第一王子殿下を伴われて逝ってしまわれた。最期まで王太子殿下と折り合わず、こちらの世界にも馴染むことができなかった故らしい。降りていらしてから一日足りとも御心の休まることなく、天界に戻られる日を待ち望まれていたとのこと。アシル様もお嘆きばかりで心痛』
三人、顔を見合わせた。
神姫と王子は病か何かで御隠れになられた?
文面から受ける印象は、そうではないようだが
今想像していることがもし本当だとしたら・・・
公爵家のアシルライト様が子孫にとってどれほど誇り高き始祖であっても、ルミルティア様自ら為された最期により王家の手前、神姫を声高に遺すことはできなかっただろう。
きっとアシルライト様が公爵家にもたらしたスキルや加護も、内々で護り、密かに語り継ぐしかなかったのだ。
これは例え長い時を経た今であっても、王家が失った血統やスキルを公爵家だけが面々と継承し続けていることは、パワーバランス的にも知られないほうがよい。
「ドリアン様に報告せねば!」
三人ともに大きく頷く。
カイドは即、公爵閣下に面会を申し込みに行った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




