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30 ドレイファス団

 執務室を辞した庭師たちは、作業小屋に戻ると同時に、公爵はすごい!公爵家の使用人になれてよかったと叫んだ。

 特にモリエールがあっという間に凄まじく傾倒したのには驚いたが、タンジェントが皆をはいはいと押し止める。


「ドリアン様は、確かに優しい。高位貴族としては破格だろうな。しかし、この屋敷のすべての者に対してあれほど細やかなわけじゃない。俺たちがドレイファス団だからだと覚えておいてほしい」


「ドレイファス団?」


「ドレイファス様付きを、裏でそう呼んでいるらしい」


「なあ、庭師なのになぜドレイファス様付きなんだ?」アイルムが突っ込む。


─今話すほうがいいだろうか─

とタンジェントは一瞬迷い、頭にソイラスが浮かんだ。

もし、ソイラスに来てもらえるならみんなにはそのときに話したい。もう少しだけ待とう。

今は、話して差し支えないことを話しておこうと決めた。



「ペリルを植えて畑にしよう!というのは、ドレイファス様の思いつきだ」


えええっ?と三人が叫んだ。


「ドレイファス様が発端だが、それをこどもの戯言と片付けなかったドリアン様が形にできないか考えられ、俺たちが動くことになった。ペリルやサールフラワーの他にも株や茎が入手できるものは増やせないか試したい。

その辺は、ドレイファス様に影響された俺が勝手にやり始めたんだが、ドリアン様はどんどんやれと仰ってくださる。但し、手を広げればいずれ手が足りなくなるから、今から共に育つ者を得よと指示され、君らが来たわけだ」


「では本当にドレイファス様に従う?」

「そうだ。不満か?」

「いや。予想を遥かに超えていただけだ」


アイルムは肩をすくめた。


「俺はドレイファス様付きになってから、自分の未熟さを痛感したが、そのおかげで自力で考え、学び、成長できるようになった。今、何をやるんでも楽しくてしかたないんだ」


 タンジェントは本当にうれしそうに言った。


「俺はまだなにもやれてないけど、生活を整えてもらえて、学ぶ余裕ができた!前は毎日食べるだけで精一杯だったから。いろいろ憶えることができるようになって、本当に楽しいんだ。絶対辞めたくないからもっと頑張りたい!それにドレイファス様、めちゃくちゃかわいいしな」


 ミルケラも、公爵家の庭師になれた幸運を決して手放さないと固く決意している。


「ドリアン様が、大切なご嫡男の支えに私を付けてくださるのは大変な光栄だ。ドレイファス様にお仕えすることで、ドリアン様にも貢献したい」


 モリエールはドリアン愛一色で、ドリアンの望みならドレイファスに仕えよう!くらいな感じだ。


 アイルムは、そうなのか・・・と考え込んでいた。


「アイルム、やはり何か不満が?」

「違う違う、驚きすぎただけ。だって五歳だろう?」

「ん、そうだ。おいおいドレイファス様の閃きについてみんなにも知ってもらうつもりだ。でも一度に言われたらパンクするからな。少しづつ進めよう」

タンジェントは、我ながらいい言い訳ができたとニヤリとした。


「そういえばロイダルを待たせていたのを忘れていた!歓迎会は情報室の面々も揃ったときにやるから、今夜はゆっくりしてくれ」



─コンコン!


 情報室分室の扉を叩くと、待ちわびたロイダルが顔を出した。

「遅いー!」

「いや、俺はこの数日ずっとロイダルに待たされていたけどな」


 嫌味の一つ二つ言っても許されるとタンジェントは思っている。ロイダルも疚しいことがあるのか、おとなしくなった。


「それで、アサルティのソイラスは?」

「ヨルトラ・ソイラスは今、兄のトールサ・ソイラス子爵が領主のソートルベ領で療養中だ。アサルティ伯爵に言われなき罪をかけられて足を斬られたが、杖をついて歩く練習をされている」


モリエールから聞いたとおりだった。


「ソイラス家についても調べたんだろう?」


「もちろん。特筆するような危険性はないな。裕福というほどじゃないが、貧しいわけでもない。王家派でロンザ侯爵家が後見しているが、政治的野心はなさそうな、貴族にしては純朴な子爵だった」


「後見がロンザ侯爵家ならよさそうだな。ドリアン様の従兄妹の・・・」

「エステローザ様の嫁ぎ先」

「そう、それだ!」


「なあ、ヨルトラ・ソイラスって相当変わった男らしいぞ」


ロイダルが含み笑いしながら続ける。


「本来は兄の補佐にしたかったらしいが、なんかめちゃくちゃ夢見がちで、社交もあまり得意じゃなかったそうだ。本人が料理人か庭師になりたいって言うんで、先代子爵も諦めたらしい。


でも、ドレイファス様には合うかもしれないよな、そういうほうが」


 自分もそういう集まりの一人のくせに、ロイダルはクスクスと笑っていた。


「聞く限り、変わり者ではあっても性格は温厚。先代アサルティ伯爵には才能ある庭師と評価されていたそうだ」




 話を終えたタンジェントは執務室に戻り、まだ待機していたマドゥーンに公爵の面会予約を依頼したところ、ドリアンが顔を出した。


「仕事が片付いたところだから、今でもいいが」


 そう執務室へ誘われる。

ロイダルの調査結果を渡すと、すぐ目を通し、読み終えて顔を上げたドリアンは不思議な表情をしていた。


「タンジーは、このヨルトラ・ソイラスをどうしたいんだ?」

「できれば、ここに迎えたいです。庭師は増えましたが皆若い者ばかりで、柔軟な経験者が必要です」


「ヨルトラ・ソイラスかあ・・・」


 ドリアンが、とても嫌そうな声を出した。


「ドリアン様は本人をご存知なのですか?」


「彼はアサルティの前はハヌリアにいてな。遊びに行ったときなど、かなり変わった庭だったので驚いて・・・庭師の名を聞いたほどだ」


「ハヌリア伯爵家!エステローザ様のご実家ですね?」


「うむ、あの家もどうかと思うが面白がって何でも好きなようにやらせていた。アサルティの先代はそれを見て、前衛的な芸術とか言って引き抜いたのだよ。


しかし、私は自分の屋敷の庭園があんなふうになるのは・・・好ましくないというか、絶対にいやだ」


 ドリアンが好き嫌いを口にするのは珍しい。

よほどだったんだな、とマドゥーンは苦笑を浮かべた。


「ご心配には及びません。モリエールに土の鑑定をするよう言っていたそうなので、庭園ではなく、畑の改良などに助言をもらえないかと考えています」


 ドリアンは、まだ胡乱げな目をしている。


「本当です、なんなら神殿契約で庭園には携わらないとしてもらいます」


「いや、そこまでしたら経験ある庭師に無礼だろうからしなくてもよいが。タンジーがもし言葉を違えたら」


「俺の手で庭をぶっ壊します!あっ、わ、私の手でデス」


 ぷっ!とドリアンが笑い、まあよいかと言ってくれた。新館の庭には絶対入れるなよ!と念を押されたが。



 作業小屋に戻ると、モリエールを呼び出した。すでに眠っていたのか、美しい顔が寝ぼけて緩んでいる。


─人間離れした顔だと思ったが、人間らしさもあるんだな─


 ちょっとほっとしながら、淹れたばかりの茶を勧めると本題を切り出した。


「寝ていたところを悪かったな。しかし、良ければ明日にでも動きたいことがあって」


「いいよ、ちょっと転がったら予想以上に布団がふかふかしていて寝てしまった」


布団を気に入ったらしい。


「ヨルトラ・ソイラスについてだ」

モリエールはパッと反応し、目を見開いた。

「師匠がなんだ?どうかされたのか?」


「違うよ。実はここにお誘いできないかと思って、うちの情報室で調べてもらったんだ」


モリエールの瞳が期待に見開かれる。


「ドリアン様とも相談してきた。ドリアン様との感性では庭作りは許容できないとのこと。だが、畑なら可」


 でも足が、と言いかけたモリエールを止める。


「足はなんとかなるだろう。庭ではなく主に畑作りの助言をしてほしいと考えているんだ。モリエール、君この前土の鑑定するよう言われてるって話してたよな。ということはソイラスは鑑定持ち、ついでにモリエールもってことだよな」


 モリエールは言っていなかったことを暴かれて居心地悪そうに頷いたが、タンジェントは気にする素振りもない。


「見たと思うが、俺も毎日土や茎を鑑定して回っていて、畑が広くなったらとても一人ではやりきれなくなる。ハサミや穴掘り棒を歩きながら使ったりはできなくても、ゆっくり移動しながら畑の状態を鑑定したり、俺たちに助言を与えてくれたりは杖をついていてもできると思わないか?」


 今度こそモリエールの瞳は希望の光で煌めいた。


「あっ、来てくれるって返事もらえなきゃ、どうにもならん。明日面会依頼の手紙を出すから、予定が決まったら俺と一緒にソートルベ領に行ってくれないか」


「もちろんだ!むしろぜひ同行させてくれ」


 モリエールが、ガッとタンジェントの手を握り、ブンブンと振り回した。

そうだ!とモリエールが部屋へ行ったかと思うと、酒瓶とグラスを手に戻ってきた。


「すっかり目が覚めた。少し付き合わないか」

「喜んで」


 ソートルベ行きが良いものになるよう、二人は祈りを込めて乾杯をした。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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