35 顰蹙かいました
公爵家の執務室は、日当たりがよく、部屋の中が明るくなるよう作られている。
小春日和と言えるその日、軽い眠気を催しながらドリアンは考え事をしていた。
カイドがまとめてきた初代当主とその妻と、それに絡んだ王家の秘密がかなり衝撃的だった。
─誰までに広げるか。
侍女のメイベル以外のドレイファス付には知らせたほうがよいか。
一度皆を集めて、きちんと情報を共有しよう。
執事のマドゥーンを呼ぶと、なるべく早く時間を調整するよう伝えたが、タンジェントがソートルベから戻るのがいつになるかはっきりしないようだ。
タンジェントが戻るまでニ、三日。
もっと頭を整理しておこう。ドリアンは、嫡男を守りながら領地を発展させるためにできることを考え始めた。
まだ時間があると思っていたドリアンの期待を裏切るように、その夜タンジェントとモリエールが帰還した。
─コンコン!
「失礼いたします」
マドゥーンが執務室へ顔を出した。
「あの、タンジェントがモリエールと戻りました」
「え?早いな」
「はい、詳細は聞いておりませんが、明日モリエールだけもう一度ソートルベに向かうそうです」
「そうか?何かあったのかな」
「呼びますか?」
ドリアンは首を横に振り、明朝にとだけ言った。
その頃、タンジェントたちは馬車を作業小屋まで乗り入れて、せっせと荷物を下ろしていた。主にミルケラがだが。
「すっごいな、何このスピナル草!どれだけ入ってるんだ?」
敷布にパンパンに入った緑の山に驚いたが、次の敷布に気づいて捲ると
「うわっ!なんだよコレ!っぶわっかじゃねえか、豆ばっかり何こんなに買ってんだよ」
さや豆が枝ごと詰め込まれていた。
引っ張り出すと、奥にもう一つの包み・・・
「嘘だろ、今度はなんだよ、もう!
あ、トモテラだ!俺トモテラ好きなんだよ、これはうれしいなー」
最後のトモテラだけ、ミルケラの好意的な声が聞こえてきたが、概ね買い過ぎだ!という非難の声だった。
「アイルム、土が乾かないように水分足したいんだが、頼めないか?」
ミルケラのボヤきに外に出てきたアイルムが頷き、「ちょっと湿ればいいか?」というと、指先から細やかな水滴を飛ばす。
みるみる敷布がしっとりして、根元に張り付いていく。
「こんなもんかな?」
「おお、ありがとう」
「まさかと思うけど、これ全部買ってきたのか?」
アイルムの呆れた視線がタンジェントを射るが、
「だって、土付き根っこ付きだぞ!」と、ドヤ顔だ。
(こどもか?)
三人が一斉にタンジェントを見た。
厩舎に馬を戻して、明日また借りる手筈を整えたモリエールが小屋に戻ると、タンジェントが二日間の買物とヨルトラ・ソイラスが合流することを説明した。
「モリエールをそのまま置いてこようかと思ったんだが、そうすると誰かが馬車乗ってまた行かなくちゃならんだろ?早く植え替える準備したかったから、モリエールに無理させて悪いんだが、とんぼ返りしてもらうことにしたんだ」
「いや、師匠の迎えなんだから喜んで行かせてもらうよ」
モリエールは疲れも見せず、相変わらずニコニコしている。
「それで一部屋増設したいから、ミルケラに頼んでもいいかな?」
もちろん!とミルケラが親指をぐっと出してみせた。
「じゃあ、今夜は早く寝て、また明日頼むな」
翌朝も朝からよく晴れた。
モリエールはふかふかの布団でぐっすり眠れたようで、すっきりした顔で元気に出かけて行った。
残った三人の庭師は、まず根っこについていた土の鑑定から始める。
アイルムがそれを元に、作業小屋の横に積まれた様々な枯れ葉や土、時には虫の死骸などを荷車に放り込んでいく。
畑用にただ耕しただけの土地にそれを漉き込み、タンジェントがまた鑑定してと、調整を繰り返し、適性を高めるのだ。
スピナル草を植えるための一画を作り終えると、トモテラの一画を作り始める。最後がさや豆だ。
ただ、ペリルやサールフラワーのように、移植前提で採取したわけではないから、たくさん土がついているわけではない。根っこも切れたりしている。
土を作り、少し置いてから植えたいところではあるが、土の適性をある程度高めたらダメもとでそのまま植えてみることにしていた。
一本でも二本でも定着してくれたら。
季節を終えたとき、枯れるのか?枯れたあとがどうなるのかを知りたいと願いを込めながら、タンジェントはそっと根元に土を寄せた。
「あーっ!タンジーがいるーっ!」
こどもの甲高い声が畑に響き、ドレイファスが走ってきた。
ドーン!と、タンジェントは思わずよろめくほどの勢いでドレイファスが飛びついてくる。
「ドレイファス様、大きくなったんじゃないか?」
あまりの威力に頭のてっぺんから足のつま先まで見やるが、三日しか立っていないのだからそんな差もあるわけがない。
「おかえり。早かったな」
ルジーもいつもどおりだ。
「これを持ってくるのに、急いで帰ってきたんだ。ドレイファス様はちゃんと水やりしてくれてたかな?」
「うん。ちゃんとやってたよ。お水やってくるねっ」
パタパタと畑に走っていく後ろ姿は、やっぱり少し大きくなったような気がした。
そうだ!タンジェントはみやげを思い出して、ドレイファスが水やりをしている間に、紙包みを手に取って畑に戻ってくる。
「なんだ、それ」ルジーが目ざとく見つけて聞いてきたので、チラッと見せてやった。
「なんだ、それ?」
わからなかったらしい。
「終わったよー!」
ほめてほめてとしっぽを振りながら金色のこいぬが、いや、ドレイファスが走ってきた。
もちろん、いつものように頭をぽんぽんして、三日ぶりの柔らかい金髪をこっそり楽しむタンジェントだ。
「ドレイファス様、これみやげだ」
「だから、それ何だよ?」
ニヤっと笑うと、乾燥スライムさと教えてやった。
「乾燥スライム?」
「そう、スライム小屋の実験にどうかと思ってな」
ドレイファスが大きく目を見開いて、やりたーい!と叫んだ。
紙包みを開いて、カッチカチに乾いて固くなったスライムを取り出して見せる。
ミルケラたちにも聞こえたようで、戻ってきてみんなで日に透かしたり叩いてみたりと一通りやって。少し考え込んだミルケラが何か思いついたようだ。
「これ、濡れたらどうなるんだ?」
「うん、一度乾いたらこのままらしい」
そっか!と言うと、もう一度スライムを日に透かして見直すと言った。
「これ、ピーラーかナイフで削れないかな?平らに」
「平らにしてどうするんだ?」
「うん、なんていえばいいかな、石ガラスみたいに平らにして木枠に嵌めて繋げたら、前に言ってた小屋みたいにできるんじゃないかと思って」
「ミ、ミルケラ!おまえ天才かも!」
ルジーがミルケラの手を握ってぶんぶん振った。
スライム小屋は、ルジーがドレイファスから聞いた物の中でも謎が深いものの一つだった。だが、ミルケラの話を聞いて初めて、イメージが出来た。
この、すっきりとした爽快感ときたら!
「そんなたいしたもんじゃないけどな。これ見て思いついたんだ!」
「ちなみに、乾燥スライムは洗って干せば作れるんだそうだ」
「じゃあ、自家生産も可能ってことか!いいなそれ!」
大人たちが盛り上がっているとき、ドレイファスは畑の端に植えられたトモテラに気づいて、そっと一つの実をもいだ。
青くさいが、少し酸味を感じさせるおいしそうな香りがして、我慢できずに服の端で擦ってこっそり齧りつく。
プシャっと弾け、口元から水滴が溢れて頬にも広がったが気にしない。口いっぱいに瑞々しい果汁が広がった。
「あ!これおいしい!」
うっかり小さく呟いたそれをタンジェントに聞きつけられ、あ!ドレイファス様つまみ食いしてるぞ!と追いかけられたが。
初めて生で食べたトモテラが、ドレイファスは大好きになった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。一日1話20〜21時くらいの更新に変える予定です。よろしくお願い致します。




